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復讐完遂者の人生二周目異世界譚【Web版】  作者: 御鷹穂積
【第一部・英雄到達篇】苦雨凄風、力となりて
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2◇復讐者、転生ス




 神経にまで纏わり付くような、血臭に包まれていた筈だ。

 世界に置き去りにされたような、廃ビルで膝をついていた筈だ。

 絶望を煮詰めたような、暗闇の中で溺れていた筈だ。

 だというのに。

 そこは、空気が澄んでいた。

 そこは、神秘的でさえあった。

 そこは、ほの明るかった。

 瞬き程の刹那であったと思う。

 幸助はそれ程の時間しか視界を遮断していない。

 ナイフは確かに、自身の命を断つ一撃を成功させた。

 その寸前、妙な声を聞いたような気はするが……。

 とはいえ、幻聴が現実の説明になるわけもない。

 そして、幻覚を見る程自分はいかれていないという自負が、幸助にはある。

 だからといって、目の前の現実を正確に把握する手段を持ち合わせているでもなかった。

 ひとまず判断を保留にして、情報の収集に努める。

 幸助はどんな時でも冷静になれるよう生きてきた。

 焦燥や混乱は、時間を無駄にするだけで自分に利さない。

 であれば、可能な限り不要と切り捨てるべき。

 そのスタイルに基づく思考・行動によって幸助は目的を達した。

 よってこの状況、信じがたい幻覚症状に襲われている最中でも、理性を手放すことはない。

 ざっと見渡してみた限りだと、古代の神殿のような趣きである。

 跡地といった方が実態に即しているかもしれない。

 十数もの石柱が立ち並び天井を支えているが、幾本は折れているし、そうでなくても亀裂の走ったものが多い。

 天井も一部崩落しており、安全性という点で大いに疑問があった。

 森、あるいは林の中にでも建っているのだろう、周囲の景色は緑で満ちている。

 石床の罅を埋めるように根が張っていたりするあたり、使われなくなって久しいことが窺えた。

 気候は、現実が冬だったのに比べると多少温かい。

 それも日本の冬と比べればというだけで、相当する季節を上げるなら秋寄りだ。

 つまり、別に温暖ではない。

 振り向くと、眼前に祭壇があった。

 石を積み上げて作られたもので、確か石積壇というのだったか。

 ナイフを手にしたまま立ち上がり、何か載っていないか確かめる。

 石版があったが、文字が掠れて読めない。

 ただなんとなく、現実に存在する言語ではないように思った。

 そういった知識があるわけではないので、勘に過ぎないが。

 目に映る範囲の情報収集が済んでも、特に何かが得られたわけではなかった。

 ただ、新たな疑問が生まれる。

 自分は何故、そのまま自殺しないのか。

 元々そのつもりだったのだから、場所が廃ビルだろうが謎の神殿だろうが変わらない筈だ。

 だというのに実際は、再度自殺を試みずに此処がどんな場所か確かめたりなんかしている。

 何故か。

 考えつく理由は、一つ。

 あの幻聴だ。


『勿体無いのではないか?』 


 そう言われた。

 自殺するのは勿体無い、ということだろう。

 現実では生きる理由なんて、もう無かった。

 だから死のうとした。

 もしこの光景が現実なら、それはどんな意味を持つのだろうか。

 現実で生きたくないなら、ここで生きてみろ。

 そうは受け取れないだろうか。

 だったら、なんだ?

 関係ない。

 一度死ぬと決めた奴が、環境が変わったのでやっぱやめますなんて、軟弱な選択が許されるわけがない。

 幸助は再びナイフを首にあてがう。

「【砕け散れと命ずる[ヴォルカー・ウォン]】」

 そして首を掻き切ろうとした瞬間、その刀身が粒子と化した。

「――――ッ!?」

 幸助を驚かせたのは、その現象よりも、声だった。

 入り口とでも言えばいいか、低い段差の階段が連なった場所から、何者かが現れる。

「いやー、自殺に迷いが無いねーきみ。でもやめとこうか」

 それは、少女だった。

 透き通るような白銀の毛髪が、清流のように腰まで流れている。

 優しく陽光を含み、それから柔らかく反射させるような美しい輝きだ。

 黒曜石を思わせる瞳は人懐っこい猫のように垂れ下がり、豊頬は楽しそうに緩んでいた。

 薄紅色の唇で弧を描き、細腕をポケットに入れた状態で近づいてくる。

 無理やり現代風に表現するなら、丈の短いワンピースということになるだろう。

 腰に黒い布が巻かれ、その上からエプロンらしきものを掛けている。

 歳の頃は十五、六程度に見えるが、そうとは思えぬ豊満な胸をしていた。

 イメージだけで言えば、ゲームなどのフィクションで酒場の看板娘でもやっていそうな出で立ちだ。

「酒場の看板娘みたい、とか思ったでしょ。正解。酒場で看板娘をしておりま~す」

 軽い調子で喋る少女は、幸助から数メートル程距離を開けて立ち止まる。

「あたしはシロ。そう呼ばれてる美女だよ。キミは?」

 幸助は柄だけになったナイフを投げ捨て、少女を睨みつけた。

「訊きたいことがある」

 少女は尋ねるように首を傾げた。

「きみの名前は?」

「ここは現実か?」

「きみの名前は?」

「ここは何処だ? 国の名前は?」

「きみの名前は?」

「俺はさっきまで、まったく別の場所にいた。これは、どういうことだ」

「きみの名前は?」

 少女はNPCさながらに同じセリフを繰り返した。

 幸助は舌打ちを一つ漏らし、応じる。

「黒野幸助。これでいいか、なら俺の質問に答えろ」

「ふむ。クロ。当面はそう名乗るといいよ。この世界では日本人名は一般的じゃないしね」

 日本人名、ということは、日本人という概念自体は少なくとも目の前の少女に備わっているらしい。

 しかし一般的ではないと言っていることから、日本自体は存在しないか、あっても極端に知名度が低いと思われる。

 なにせ、名乗ることすら推奨されないのだから。

「あれ、きみ、日本人であってるよね。たまーに日本人的特徴備えてるのに、“ヤマト人”とか“ワノクニビト”とかいう人がいてねー、大体は日本人なんだけど。もちろん、日本人以外も来るよ、まぁ全部まとめて来訪者で一括りにしてるけど、きみもそれってわけ」

「つまり、ここは地球じゃないのか」

 自分で口にして、その荒唐無稽さに驚く。

「理解が早くて助かるけど、ちょっと気持ち悪いなぁ。もっと驚いてくれた方が、可愛げがあるよ?」

 昔そんなマンガを読んだことがある。

 現実では冴えない学生だった少年が、ある日異界への門を潜ると特別な力に開花し、個性豊かな仲間たちとの冒険へ赴くといった話だ。

 幼い頃、夢中になって読んだ。

 あの時の胸の高鳴りは記憶に久しい。

 とても遠く、我が事ではないようだ。

 自分は今、あの時のマンガの主人公と同じ状況にいるのか。

 日本から異世界へ。

 つまりそういうこと、なのか。

 受け入れがたいことこの上ないが。

「俺が来訪者だとして、何故お前がその自殺を止める」

 これが現実と仮定しても、全てをすぐに受け入れられるわけではない。

 何か妙な役目でも押し付けられるのではないかという危惧もある。

 そんなことをする義理は無い。

 物語的にどうだろうと、幸助には幸助の考えと生き方がある。

 何者かの意思に唯々諾々と従うつもりは毛頭無い。

 なにかしらの手段を見つけて、自殺するだけだ。

 少女は唇の形を可愛らしく変えて、頬に人差し指を当てながら、語り出す。

「案内人だからだね。何の説明も無くゲームが始まると、皆困るでしょ? ルール説明だったり世界観説明だったりが無いと、とても不親切だ。だから、あたしがその親切心なの。もちろん、生きた人間だよ。っていうか、元来訪者。きみとは違う世界から、此処に来たの。把握出来た?」

「答えになってない」

「だね。答えになってない。うん、自殺ね、自殺を止める理由。あたしはさ、事故死から此処に転生したんだけど、そういう人は哀れみの言葉を聞くのね。でも、自殺をする人間の場合は、こう言われるらしいんだ」

 少女は、意地の悪い笑みを幸助へ向ける。

「勿体無い、ってさ。きみの自殺を止める理由は、それに尽きるよ。

 ねぇクロ。話を聞いてみない?

 この世界は、きっと楽しいよ?

 少なくとも、きみのもといた世界よりは、ずっとね」

 誘うようなその声は、どこか悪魔の囁きを思わせた。




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