190◇黒の英雄、当惑ス
ヘケロメタンの都は、強烈にあるものを想起させるものだった。
「わ……時代劇のセットみたい」
上空を飛びながら、トワが呟く。
瓦屋根の木造建築がずらりと並び、都市の中央付近に城が建っている。
「貴殿が何をするにしても、まずはカグヤ様に逢ってもらう」
彼女は領主で、シュカと同じくエルマーを直接知る者だという。
城門前で降りるよう指示されたので、従う。
門兵が血相を変えて駆け寄り、トウマとシュカに説明を求めた。
最終的に二人いた内の一人が城へ駆け込み、そこから更にしばらく待たされる。
やがて門兵戻ってくると、トウマがこちらを見て頷く。
「ついてこい。……トワ様、どうか足許にお気をつけて」
「俺は?」
「トウマはまだ負けたことが悔しいのです。許してあげてくださいね、クロ様」
「シュカ! 余計なことを言うな」
トウマは不機嫌そうにそう言ったが、幸助はむしろ好感を持った。
彼女は負けを負けと素直に認める心と、その上で悔しさを感じる健全さを持っている。
いや、だからこそあそこまでの境地に至ることが出来たと考えるべきか。
「そういえば、あの一瞬で二回斬るやつ、どうやるんだ?」
「……逆に清々しいな、貴殿は。教えると思うてか?」
「まぁ、普通そうだよな」
今までの仲間の方が特異だったのだ。
『暁の英雄』ライクがダルトラ英雄の力を得た幸助を見て驚愕していたように、自分が長い時間を掛けて積み上げた経験や能力を、他者に譲渡あるいは継承させることが出来る者は稀だろう。
それこそ、自分がそれをしたいと思う者でない限りは。
「これは言い訳ではないが、貴殿の剣が不壊の性質を持ってさえいなければ、最初の一撃で決まっていたのだぞ」
「あぁ、普通の剣くらいなら斬れただろうな。でも、不壊の宝剣を持ってなかったら違う戦い方をしただろうから、その仮定は無意味だな……」
「……分かっている。言ってみただけだ」
「余程悔しかったのですね、トウマ。よいことです。貴方はまだ成長出来ますよ」
「何故貴様はそうも上から目線なのだ! そう言ったからには責任を持って稽古に付き合え!」
「もちろん。可愛いシュカの為ですもの」
くい、とトワが幸助の袖を引っ張る。
「この二人、すごく仲いいね」
「あぁ、そうだな」
「あらあらまぁまぁ、トワ様ったら。聞いた? トウマ。わたくし達、仲良しですって。ふふ、嬉しいわ。他の人にもそう映る程、貴方と親しく出来て」
城内に入る。
土足厳禁らしく、靴を脱いだ。
「…………そうか」
「トウマは? 嬉しくないかしら? それとも、迷惑に思っている?」
「……貴様、分かっていて聞いているだろう」
「分かっていても、時に言葉が欲しくなるものよ。それこそ、分からないとは言わせない」
「共にいて不愉快なものを側には置かない。……これでいいだろう」
「あら、あら、あら。聞きまして? ねぇ、クロ様、トワ様、今の――」
「えぇい! 少しは黙って歩けないのか!」
「退屈は苦手なの。分かるでしょう。嫌じゃないのなら、お話しして欲しいわ。ところでトワ様、先程から何か気になっているご様子ですね?」
「うぇっ」
いきなり声を掛けられ、声を裏返してしまうトワ。
「あ、い、いえ……すごく仲が良さそうだなと」
先程と言っていることはほとんど同じ。だが、意味合いは違う。
友人より、距離がもう少し近いのではないかと思っているのだろう。
「つまり、同性同士の恋人だと? うふふ、ねぇトウマ。わたくし達、恋人なのかしら」
「明確に否定させていただく」
「……悲しいわ。わたくし、貴方に本気なのに」
「嘘を吐かすな。貴様の瞳に映るのは、わたしが現れる以前よりエルマー様ただお一人だろう。わたしがそこまでのうつけ者と思うてか」
その時ばかりは、トウマの声質が硬く、冷えたものになる。
「……ごめんなさい、トウマ。怒ったわよね。でもどうか、嫌いにならないで」
「……貴様はそのすぐ不安になる癖をどうにかしろ。何年生きている」
「それは『生』をどう捉えるかによって変わると思うけれど」
今度は、トウマが申し訳なさそうにする番だった。
「……済まない。失言だった……許せ……とは言えないな」
「いいえ、いいえ。いいのよトウマ。貴方が謝罪してまで仲直りしたいと思ってくれていることがわかったから、わたくしはそれだけ救われる思いだわ。頬に口づけをしてもいい?」
「断る」
「……悲しいわ」
そのような会話を聞いている内に、ある襖の前で止まる。
「この先に領主であるカグヤ様がおられる。くれぐれも失礼の無いように――」
バサッ! っと勢い良く襖が開かれた。
「こうすけさま!」
少女、いや童女か。エコナよりほんの少しだけ大きな子供が駆け出し、幸助の腰に抱きついた。
腹に顔を沈め、すーはーすーはー深呼吸し始める。
「え、は?」
幸助は戸惑った。
月明かりを帯びたような白い長髪。子供特有の柔らかくぷっくりした肌。
「……あら、カグヤ様がこんなにもお喜びになられるのは、いつ以来かしら」
「すんすん、すーはーすーはー。うむっ、こうすけさまの匂いにございますね!」
巨乳だった。
見た目は幼女なのに。
「……いや、こんなんアリなのか?」
「……貴殿、わたしの一刀二閃を喰らった時よりも驚いてはいないか?」
「ちょっと待ちなさい。トウマ? 貴方、まさかこうすけ様に斬り掛かったの」
「……………………………………まぁ、そういうこともあったような気がしないでもない――いえ、はい、斬りました。処分はいかようにも」
「切腹ね」
「いやいやいや! 重すぎるだろ!」
幸助は反射的に叫んでいたが、カグヤは不思議そうに首を傾げ、シュカがクスクスと笑う。
「カグヤ様。この御方はこうすけさまではあっても、エルマー様ではありませんから」
「あ、そうでした! 申し訳ありません! 今のは冗談です」
「……あ、あぁ、そうだよな。済まない、勘違いをして」
「いえ! 自分を斬った相手すら思いやるその海のように深き御心がお変わりないようで、カグヤは安心いたしました! ところで、こうすけさまの裾を握っているそこの女は何者で?」
どうやら、門兵はトワのことまでは伝えていなかったようだ。余程急いでいたのか。
「あぁ、トワだよ」
「――――――――え」
カグヤが幸助から離れ、ガチガチと歯を鳴らしながら顔面蒼白になる。
「…………トウマ」
「はっ」
「カグヤの首を刎ねて頂戴。あのトワ様のことを、あろうことかそこの女などと表してしまった罪、この命を以って贖う他ないのだから」
「……これも冗談か」
カグヤが祈るように手を組み、涙を流す。
「いいえ、こうすけさま。再会と同時にお別れを告げるご無礼をお許しください」
「いやいやいや! 大げさだな!?」
「トウマ、早く斬って」
「やめろよ!?」
彼女がそれを諦めてくれるまで、五分程掛かった。




