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復讐完遂者の人生二周目異世界譚【Web版】  作者: 御鷹穂積
【第四部・群雄一拠篇】十と五振りの劔、極東にて
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189◇黒の英雄、一閃ス

 



 幸助は考える。

 彼女の高速移動と不可視の抜刀術は『雷』属性による加速だろう。

 当然ながら、ただ速くなればそれだけで強いというわけではない。

 補助輪が無ければ自転車に乗れない幼子に、速いからといって車を与える愚か者はいないだろう。

 速度だけあっても無意味。制御しきれぬ速さで動けたとて、自滅以外の道は無い。

 つまり、彼女の動きはセンスではなく――単なる鍛錬によるもの。

 血の滲むような、なんて表現ですら生ぬるいだろう研鑽の果てに手に入れた技術なのだ。

 次に驚異的なのは、彼女の刃だろう。

 見えない為に詳細が不明なのも厄介だ。

 何よりも、『黒』を裂いてみせた。

 『併呑』さえ出来なかった。

 魔封石は魔力の発露を阻害するが、魔力そのものを消しはしない。

 では他に――いや。

 魔法攻撃の威力を減衰する対魔法素材。

 あれならば可能だろうか。

 しかし、それにしたところで『併呑』結果がゼロということは有り得ない。

 つまり、幸助の知識にはない未知の何かということになる。

 彼女は言った。愚策だ、と。

 【黒纏】は意味を成さない、と。

 虚言を弄するタイプではないだろう。

 そこまで考えをまとめるのに掛かったのは、一瞬未満。

 幸助もまた、『雷』属性による加速を行っていた。

 あそこまでの絶技だ。破られぬ限りはわざわざ別の手を講じはしないだろう。

 チャンスは一度。

 全方位に『黒』を放つ。

「……愚かな」

 『黒』き奔流が裂ける。

 幸助の正面。

 彼女が地を蹴り、距離が消し飛んだ。

 そして、幸助は【黒纏】を解除する。

「――――ッ」

 僅かに。達人だからこそ、一瞬よりも短い肉体の遅延が、致命的なものとなる。

 追い詰められた時、人が頼るのは合理性ではなく経験だ。

 これまで自分を支えた力や技に縋る気持ちを捨てられない。

 それが通じないと分かっていても、他の手を思いつかない。

 だが、幸助は迷わず『黒』を捨ててみせた。

 自分を英雄たらしめる力の根源であるそれを、躊躇いなく。

 それは人の性質からは離れた選択。

 妙技を極める彼女だからこそ、歴戦の猛者であろう彼女だからこそ、そのイレギュラーに目を瞠るのは当然と言えた。

 だが、幸助は分かっている。

 あるいはシュカが敵であったなら、驚きもしなかったかもしれない。

 思考を止めない黒野幸助は、追い詰められたところで袋小路には入り込まない。合理的に判断を下す。

 通じないなら、要らない。

 たった一つの手にこだわる愚は犯さない。

 それがたとえ自分を何千年支えた力だろうと、みっともなく縋りなどしない。

 手段は手段でしかないからだ。

 五年間、幸助が重要視していたのは復讐の達成だけ。

 それ以外の全ては、どうでもいいことだ。

 だから、その判断こそが黒野幸助の性質に起因したものであり。例外などでは決して無い。

 しかし、トウマにはそうは映らなかった。

 互いが英雄規格、互いが全力で加速していたからこその、針の穴程生じた隙を、幸助は逃さない。

 曲刀を一閃。

「この、程度でッ!」

 彼女の刃が見える。

 抜刀術は不完全な形で行われたが、幸助の刃を受け止めた。

 あぁ、確かに――一振り目は。

「一刀で二閃が叶わないなら、二刀でやりゃあいい」

 左手で抜いていた不壊の宝剣が、彼女の首に添えられている。

「くっ、まだ」

「いや、終わりだ」

 地面から『黒』が噴き上がり、刃の形となって彼女を囲んだ。

「――――っ。こ、れは。……最初、から」

「そっちから来てくれるから、楽だったよ」

 『黒』を全方位に放ち、対処させることで彼女の位置を掴み。【黒纏】を解除することで隙を生み。その隙を二刀で衝く。

 それさえも彼女は脱することの出来るものと判断するだろう。 

 実際、出来た筈だ。

 刃を振る時間一瞬さえあれば。

 その一瞬はあった。

 だが設置された『黒』の罠が発動したことによって、その一瞬の行使が死を招くと彼女は理解したのだ。

「……分かっているのか、我が刃はあらゆる魔法使いをして必滅を免れぬ死神の鎌に等しい」

「魔力を断つ素材を刃に使ってるんじゃないかとは思ったよ。そんなもんあるか分からないが、そういうもんだと判断すれば話が早かった」

「理解してなお、防御を捨てたと!? そんなもの、命を投げ打つようなものだ!」

「違うね。だってお前相手に防御を捨てた奴なんていなかったろ?」

「当たり前だ。貴殿は何を……っ、いや、待て。虚を突く為だけに、命を晒したと」

「んで、上手くいった」

 悪戯を成功させた子供みたいに笑う幸助。

 それを見て、トウマがぽかんとした顔になってしまう。

「そう、か……もし上手く行かなくとも、わたしの立ち位置に罠は設置されていた。そうすれば、わたしは回避行動を執らざるを得ず、端から二刀を繰り出すつもりでいた貴殿に致死の一撃を入れることは叶わなかった」

 もし全てが上手く行かなくても、どうにか死を回避すれば再生することが出来る。

 【黒纏】解除、二刀流、罠の設置。それらの手を失うことになったが、死は免れる。

「……そうか。愚かなのはわたしの方だったか」

「……そこまでは言わないけどな。お前の敗因があるとしたら、それは――強すぎたこと」

 自負があっただろう。気負いも。

 もしかすると、シュカの手前自分が攻めて勝ちたかったという考えもあったかもしれない。

 彼女より幸助が強かった、というわけではない。

 今回の勝負で、幸助が彼女を上回ったというだけ。

 果たして、これを彼女が認めるかどうか……。

「降参だ。負けを認める」

 小さく笑みさえ浮かべて、トウマは敗北を受け入れた。

 刃を引き、『黒』を解除する。

 互いに納刀を済ませると、トウマはシュカの方を向いて、斜め下に視線を逸らす。

「大見得を切っておいて……情けないところを見せた。失望したか?」

 シュカはそれこそ努力した子供を褒める母親のように柔和な笑みを浮かべ、首を横に振る。

「まさか。貴方自身がクロ様を見極め、認める為に必要なことだったのよね? ちゃんと分かっていますよ。それにトウマ、貴方の極めた技は、気高い魂は、ただ一度の敗北で傷がつく程やわじゃあないわ。わたくしはそう思っています」

 トウマは「そうか……ならいい」とぼそっと呟き、トワの許に膝をついた。

「トワ様、お待たせしてしまい大変申し訳ありませんでした。これより、都へとご案内いたします」

「え、俺は?」

「早くトワ様のお乗りになられる竜を出せ。……いえ、トワ様、よろしければ我がリュプノスにご搭乗なされますか。これで中々賢く、乗り心地もよいのですよ」

 切り替えが早い。

 これも美点ととるべきか。とるべきだろう。とっておこう。

 幸助は納得するように頷いて、竜を出した。




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◇書籍版(GCノベルズより1~4巻)
◇書籍版特設サイト◇
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◇ライドコミックスより1~4巻◇
◇コミックライド作品ページ◇
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↓他連載作です。よろしければどうぞ↓ ◇朝のこない世界で兄妹が最強と太陽奪還を目指す話(オーバーラップ文庫にて書籍化予定)◇
たとえ夜を明かすのに幾億の剣戟が必要だとしても
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◇勇者パーティを追い出された黒魔導士が魔王軍に入る話(GAノベルにて書籍化&コミカライズ)◇
難攻不落の魔王城へようこそ


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