187◇黒の英雄、説得ス
まるで、エルマーを直接知っているかのような――。
「けれど、わたくしの記憶よりもお若い。お聞きしてもよろしいですか、その刀を何処で?」
記憶、と言った。まさか本当に、当時を生きた者とでも?
戸惑いながら、答える。
「…………本人から」
その答えに、シュカと呼ばれていた女性が目を見開く。
「……そう、ですか。場所は」
「現在、ギボルネと呼ばれている北の地の、悪領で」
「……っ。あの御方以外に、」
「セツナなら、今も生きてる」
「――――」
一歩、彼女がよろめくように下がる。
「おい、シュカ! どうなっている!」
どうやら、少女の方はエルマーを直接は知らないらしい。
いや、この女性が直接知っているようであることの方が驚きだった。
女性は唖然としていた顔を、ゆっくりと笑みのそれに戻す。
「……あぁ、ごめんなさい、トウマ。あなたを放ったらかしにして、寂しかったのよね」
「何を馬鹿なことを。説明しろ! 何故ダルトラの者などとッ」
「拗ねないで。拗ねた顔も可愛いけれど、貴方の機嫌を損ねてしまったのだと思うと、わたくしはとても悲しくなってしまうのです」
「……ただ訊いているだけだ。嘆かず答えろ」
「この御方は、わたくし達の敵ではありません。敵にはなりえない。あの御方と同一ではなくとも、あの御方と同質ではあるのだから。そうでしょう? えぇと、貴方様のことは……なんとお呼びすればよろしいでしょうか」
シュカは、エルマーと幸助が同じ人間で、違う存在ということまで分かっているようだった。
「……クロだ。こいつは」
「いえ、そちらは仰られずとも」
彼女は傘を閉じ、竜の背で片膝をつく。
「クロ様、トワ様。千年の時を越え見えたこと、わたくしカムラ=シュカ、望外の喜びにごさいます」
トワが驚いた様子で「なんで……」と呟いている。
女性はくすりと微笑んだ。
「あの御方は、トワ様、貴方様を探す為に世界を回っておられたのです。どれだけ貴方様のお話を伺ったことか。想像していたよりも余程、可憐であられる」
セツナの時点でわかっていたことだが、エルマーはトワのことを周囲に聞かせていたらしい。
「それに、お二人ともよく似ていらっしゃいますから」
「シュカ! 結局何も分かっていないぞ!」
「大丈夫よ、トウマ。わたくしは貴方を愛していますからね」
「そんなことは聞いていない! それに貴様の愛は紙切れより薄いだろうが!」
「酷いことを言わないで? わたくしはただ、仲間の皆のことを等しく平等に愛しているだけなのですから。あぁ、でも、貴方は他の皆よりも、もっと大好きよ?」
「……。誤魔化すな! 侵入者に膝をつくとは何事か!」
「主を前にして膝を屈することの一体どこに、不思議がありましょう」
「主!? 主だと!? 待て、貴様……いや、い、意味が分からん!? その男が彼の大英雄エルマー・エルド=アマリリスというわけでもあるまい」
「いえ、概ねその通りよ。補足は必要だけれど。さすがわたくしのトウマね。可愛くて優しいだけでなく、こんなにも賢い。あとで抱きしめてあげますからね」
「貴様のものになった覚えは――いや、待て! エルマー!? エルマー様だと! このおとっ、この御方――いや、この男が!?」
侵入者に対する警戒か、エルマーに対する敬意かで揺れ動き、結局は自分の警戒心を信じたようだ。
それはそれで、国を守るものとしては正しい姿勢だろう。
「なにはともあれ、都までご案内いたします。いいわよね、トウマ?」
「……………………貴様が、それで問題無いと言うのであれば、ひとまずは退こう」
「わたくしのことを信じてくれるのね。その気持ちがとても嬉しいわ。わたくしも、貴方のことを心から信用していますよ」
「……無駄口はいい。こちらに戻ってこい」
「あぁ、可愛いトウマ」
「黙れ! 寂しがってなどいない!」
そんなことがあり、ひとまず幸助とトワはグリフィンに先導される形で進んでいく。
そのまま都に案内されるのかと思いきや、人里の手前、検問らしきものが設置されている場所に差し掛かったあたりでトウマという少女に言われる。
「降りろ」
「もう、トウマったら。言ったでしょう、この御方は」
「分かっている。理解もした。だが、であればこそ、問わねばならぬことがあるだろう」
剣呑な雰囲気のまま、幸助は逆らわずに竜を下降させる。
「申し訳ありません、クロ様、トワ様。ですがどうか、彼女を悪く思わないでください。彼女はとても可愛くて、優しくて、賢くて、けれど少し、頑固なだけなんです」
「ええい、シュカ! やめろ! 貴様はわたしの母か!」
「お母さんって呼んでもいいんですよ? 幾らでも甘やかしてあげます」
「要らん!」
「酷い。わたくしは不要ということですか?」
「ばっ、そうは言ってないだろうが! わたしはだな、ただ――」
少し慌てた様子のトウマを、シュカが微笑ましげに眺めている。
それに気付いたトウマは、僅かに顔を赤くした。冗談だと気付いたようだ。
「貴様のそういうところが、わたしは気に食わんのだ!」
「わたくしは、素直なトウマが大好きですよ?」
「……。もういい。ともかく、今は下がれ」
「トウマ」
「邪魔立て無用」
トウマが向かい合うように進み出る。
幸助もトワを下がらせた。
「貴殿に問う。エルマー様であるというのは真か」
「正確じゃない。だが、エルマーも俺も、黒野幸助だ」
「……並行世界のエルマー様であると?」
「そういう理解でいいと思う」
「その黒きゴーストシミターは何処で手に入れた」
「エルマー本人から」
「そのエルマー様は何処に?」
「俺が殺した」
空気が張り詰める。
「……エルマー様は、狂気に取り憑かれていたという。お救いする為に殺めたのか」
なるほど、シュカの言うように頭の回転は悪くないようだ。
「あいつを救ったのは、俺じゃない。セツナだ」
「……そのセツナ殿は何処にいる」
「アークスバオナに捕らえられた」
「――――ッ。つまり、こういうことか。貴殿はエルマー様の力の一切を受け継ぎ、セツナ様を従えたものの、彼女を奪われ、迫る敗戦を回避しようと我らの許へ訪れたと。かつてエルマー様の許に集った者達の力を借りようというのか。エルマー様のお姿で」
「……そうだな」
「我らが力を貸すとお思いか?」
「それはお前らが決めることだろ。俺達は頼みに来ただけだ」
「御免被る」
「そう言うと思った」
シュカのような存在の方が稀なのだ。あまりに都合がよすぎる。
トウマの反応こそが正常。
「セツナ殿に関する情報を吐け。同胞は救う」
迷わず、トウマはそう言った。
優しいというのも、本当のようだ。
逆に言えば、それだけヘケロメタンの恨みは伝わっているということ。
「ありがとう。でも、セツナを救えても、連合が滅んだら次にヘケロメタンも滅ぶぞ」
「…………それは、外の人類を許す理由にはならない」
トウマが、柄に手を掛けた。
「ハッキリと言っておく。貴殿らに、末世を嘆く資格は無い。我ら一同、道義と引き換えに築いた安寧、その存続に手を貸すつもりは毛頭無い。貴殿らが辿る滅びの道それすなわち、彼の英雄を闇に葬り去った罪と知れ」
「そうかもな。でも、手を貸してほしい」
「話を聞いていたのか!」
「連合には、亜人もいる。魔物を解放する術もある。過去の人類を許せないのだとしても、許さないことで仲間が滅ぶことも受け入れるなら、それはエルマーとセツナを封じた奴らと、一体何が違うんだ」
「――――貴様」
「自分の恨みの為に、自分が大切だと思うものを捨てるってことだろ」
「救えと言うのか。咎人の末裔を」
「違うよ」
「ならば――」
「俺に手を貸してくれと言っているんだ。他のことなんて、どうでもいい」
「――――」
「恨んだままでいい。憎んだままでいいよ。ただ、俺についてきてほしい。セツナを助ける為に、ヘケロメタンの滅びを回避する為に。こう考えろよ。仲間の未来の為に、憎き相手を利用してやるんだって」




