186◇復讐完遂者、相対ス
「え、じゃあ――」
「もしこの仮説が当たっているなら、ヘケロメタンにいる人間の中に過去を知っているやつもいるだろう。少なくとも国のトップ連中は知識としてそれを知っている筈だ。ヘケロメタンの来訪者はともかく英雄規格まで外に出てこないってことは、過ごしやすくはあるんだろう」
来訪者だけならば、なんとかして土地に拘束することは出来るかもしれない。だが、英雄規格にそれは通用しないだろう。過酷であったり劣悪な環境であれば、外に逃げ出すことは容易。
そういった記録が無い。そして、ヘケロメタン領には悪領と神殿があることは分かっている。
魔物の脅威があっても滅びていないということは、普通に考えて国土内に出現した来訪者との関係はそこまで悪くないのではないか。
「コウちゃんは……エルマー……さんと、セツナさんのことを?」
「少なくとも、聞く耳は持つだろう。エルマーに関しては、他よりよっぽど詳しい情報が残っているだろうしな」
率先してそれを排除しただろう過去の者達と異なり、ヘケロメタンの建国者達がエルマーの友であったなら、彼の情報を後世に残そうとしてもなんらおかしくない。
「エルマーと同じ顔、同じ魔法、同じ武器。そして……あいつが探してた、『クロノトワ』って名前の少女。無視出来るか?」
「……無視、はされないかもしれないけど」
トワの懸念は尤もだ。
無視はされずとも、素直に信じてはもらえまい。
それどころか、怒りを買うに違いない。
だが、それは織り込み済みだ。信じてもらえないなら、信じてもらえるまで粘るまで。
なにより、幸助のグラスにはセツナとエルマーの映像が残っている。彼の最期が、残っている。
話し合いの席につくことさえ出来れば、証明は可能。
「それに、それは、エルマーさんを、利用するようなものじゃ……」
その通りだ。
思うところはある。だが、それでも幸助はそうすることを選んだ。
自分なら、そうしてもらった方がいいから。
それに、もしエルマーを理由に、千年もの間怒りや不信を抱いているというならば、それこそエルマーの力を継いだものとして、彼の同胞を解放してやらねばならない。
エルマーの結末は、許せるものではないかもしれないけれど。
それを含め、知る権利が彼らにはある。
トワの方はそう簡単に割り切れないらしく、俯いている。
その頭に、幸助は手刀を落とした。
「った! いきなりなにすんのさ!」
「運転中によそ見するな」
「トワが操ってるわけじゃないし!」
「っていうか、お前無免じゃね?」
「竜に乗るのに免許必要とか聞いたことありませんけど!」
むむ、とこちらを警戒するように睨むトワに苦笑し、言う。
「お前にも居てほしいんだ。気が乗らないっていうなら、別だけどさ」
トワの表情が変わる。
ぽかんと口を開いたかと思えば、悲しげに顔を伏せた。
「……それが……セツナさんを、みんなを、助けることに繋がるなら」
「繋げるんだ、俺達が」
「……そ、か。そう、なんだね。うん、わかった」
トワが頷いた、その時。
「――ッ!?」
幸助とトワは同時に前方やや下を見る。
「コウちゃんっ!」
既にヘケロメタン領内には入っている。とはいえ、人里まではまだある。
地上には森が広がり――きた。
一瞬だけ感じた、刃のような魔力反応。
森から飛び出してきたのは、鷲の上半身とライオンの下半身――グリフィンを思わせる生物だった。
その背に、人が乗っている。幸助とトワのように、二人。
ヘケロメタンの人間か。だが先程感じた魔力の波長は――。
「あの人、英雄規格だよ!」
「分かってる!」
少なくとも、どちらか一人は英雄だ。最悪の場合二人共。既に魔力を隠しているらしい。
逃げるわけにもいかず、幸助達は空中で向き合う。
「何者。此処を我が国の領空と知っての狼藉か」
前の方の少女が言う。
黒い髪はショートボブ。切り揃えられた前髪の下、同じく黒い双眼には明確な敵意が宿っている。不思議な服装をしていた。細部は違うが、黒いセーラー服とでも言えばいいのだろうか。その上に外套を羽織り、具足の他には――曲刀を腰に吊るしている。
「その出で立ち……貴様ら――ダルトラの者か」
誰何の声に答える間もなく、氷点下の声が刺さる。
「消えろ。この国の土も空も、貴様らに侵されるのは我慢ならん」
「ねぇ、トウマ。少しいいかしら?」
「……なんだ、シュカ。戯言なら後にしろ」
「あら、後なら付き合ってくれるのね。貴方のそういう優しいところが、わたくしは本当に好きですよ。でも、違うの」
そして、声が後ろから聞こえる。
「貴方」
「――ッ」
刃を抜く寸前だった。
声が、あまりに柔らかくて。
涙を堪えるように、温かくて。
振り返ると、女性が立っている。
少女の後ろにいた、和装の女性だ。肩と、豊満な胸の上半分を露出させるように着物を着ている。そして、正面にスリットが入っている為、足も見えていた。
薔薇を溶かしたような髪を二つに分け、前に流している。穏やかな印象を受ける美貌は、感動に打ち震えているように見えた。
和傘で陽光を遮り、影の下で目が合う。
「あぁ、わたくしが見間違えるわけがありません。貴方は、貴方様は……」
その反応で、確認する。
やはり、ヘケロメタンはエルマーを知っている。
だが、この女性の反応は、まるで――。




