184◇獣の救い手
移動手段もあって、すぐにゼスト付近へ。
洞穴の入り口が、そのまま悪領への入り口だ。
「え、あ、コウちゃん見てっ!」
見下ろすと、まだ小さいがシロや軍人の姿が確認出来る。
そこには、ライムもいた。
そして、白毛の大狼と、無数の黒毛玉もだ。
前者はおそらく魔法具持ちで、後者は幸助が初めて倒した魔物・モルモルだ。
モルモルはともかく、魔法具持ちの地上進出は非常事態……なのだが。
「いや待て……この魔力」
視覚ではなく、魔力を探知すると分かる。
トワも怪訝そうな顔をした。
「……ヴァガルヴィンドもモルモルも、ライムちゃんと同じ魔力波長……ってゆーか」
「あぁ、これだとまるで――ライムから魔力供給を受けてるみたいだ」
近づくにつれ、軍人達の恐怖と当惑が伝わってくるようだった。
それはそうだろう。新たな英雄規格が案内人と悪領から出てきたと思ったら、魔法具持ちを含む魔物を伴っていたのだから。魔物を逃がすわけにはいかないが、攻撃してくる様子も無い。
結果、警戒しながらの静観となってしまっている。
そもそも、白狼――ヴァガルヴィンドというらしい――は、彼女を背に乗せているのだ。
嬉しそうに尻尾まで振っている。
「あ、クロ!」
シロがこちらを見上げて叫ぶ。
人前ということで、呼び方は幸助ではなくクロ。その切替えが出来ているあたり、彼女は軍人達よりは冷静なようだ。やはり、これは……。
小竜を着地させ、トワと共に飛び降りる。
「あ、お父さん。今の竜可愛いですね。黒いですし。夜みたいで好きです。そうだ、見てください。このワンちゃん。白くて可愛いですよね。シロと名付けようと思うのですが、それだとお母さんの名前とかぶってしまい、それはたいへんよろしくないなぁということで、『シロ2』と呼ぶことに決めました。ちなみにこの黒いのが、『クロ2』『クロ3』以下『クロ12』まで続きます」
ネーミングセンスを語る以前の問題だった。
それよりも。
「く、クロ殿!? お父さんとは……まさか」
近くにいたレイスが驚いたようにこちらを見ている。
「あぁ、いや、それはそう呼ばれてるだけだ。んなことより、これは大丈夫だから、部下にも警戒を解くように言ってくれると助かる」
「はっ、クロ殿が仰るならそうなのでしょうが……一応、ご説明願えますでしょうか」
「ライムの魔法だろう。そうだよな、ライム?」
「はい。魔物? さん達とお友達になれるようです。夢のようですね」
ライムが白狼の頭をわしゃわしゃと撫でる。気持ちよさそうに白狼が目を細めた。
「あー、うーんとね。なんか直接触って、魔法を流し込むとお友達? になれるみたい。あたしも最初びっくりしたけど、そうとしか言えなくて……」
直接目の当たりにしたシロの方もまだ受け止めきれずにいるらしい。
それもそうだろう。
魔物は人を殺し、喰らう。そういう生き物なのだ。
いや、そういう生き物とされていた。
神は人を導き、悪神は魔物を率いた。
このことから、魔物を、それこそ魔の物と解釈していたが、違う?
本来は魔力を糧として生きる物でしかなく、悪神の支配下に置かれているのではないか?
善なる神が、色彩属性保持者に狂化の素を植え付けることが可能なように。
悪神もまた、単なる生物に狂気を纏わせているとは考えられないか?
『黒白』は黒を白に。つまり、穢れに侵されたものを浄化する力、なのか。
彼女の魔力が魔物に流れているのは、セツナと幸助が結んだ契約と、細部は違うが似たようなものだろうか。
言うなれば、『黒白』は『浄化』という概念を魔法の形で実現したもの。
魔力を供給してやる必要があるとはいえ、魔物を無害化出来る。
そして、もし言うことをきかせることが出来るなら。
それは、魔物を戦力に組み込めるということで。
魔物の相手は一般人には務まらない。訓練した兵士だろうとそれは変わらない。
来訪者でない敵兵の全てにとって、魔物は大きな脅威だ。守護者ともなれば、来訪者にだって。
直接魔物に人を殺させる必要は無い。
魔物を率いる術がこちらにあるというだけで、敵軍を萎縮させることが出来る。
ライムは戦いに協力するつもりだ。そしてこの方法でなら、まだ幼いライムを直接戦闘に参加させることもない。
彼女の能力は、幸助にとっても連合にとっても、天の恵みに等しかった。
「お父さん、あの、お願いがあるのですが」
ライムがしおらしい表情でおずおずと言い出す。
「あ、あぁ」
「あーくれあ、の人はこの子達が怖いんですよね?」
「そう、だな。見せたら、すごく、怖がってしまうと思うよ」
「おうち、連れて帰ってあげられない、ですか?」
「む、難しい、な。犬って誤魔化すには大き過ぎるし」
「小さくなれば大丈夫ですか?」
「あぁ……そういうことが出来るやつもいるみたいだけど、さすがにそう都合よく――……なってるな。ちっちゃく」
幸助が喋っている間に、白狼は大型犬程度まで小さくなった。
ライムは白狼の隣に立ち、代わりにこちらも小さくなったモルモル達が白狼の体毛に埋まるようにして乗っていく。
「これなら、大丈夫ですか?」
キラキラとした瞳で見上げられる。
「そう、だなぁ……」
こういう時、どう言うのが正解なのだろう。
もう少し詳しくライムに話を聞く必要があるし、許可さえ貰えれば『黒白』を『併呑』したいとも思う。王都の中に魔物を引き入れるのは、完全に安全が保証されなければ無理だ。許可をとるのは骨が折れそうではあるが、それは信頼出来る者に任せるなりすれば、幸助とトワのヘケロメタン行きもそこまで遅れはしないだろう。
だからそう、つまり。
「……ちゃんと世話するんだぞ?」
「はいっ!」
ライムはとびっきりの笑顔で頷く。
……魔物が、幸助の仮説通りに悪神の干渉によって人類の敵となっているならば。
今まで人類が討伐した魔物はある意味で被害者でもある、のか。
だからといって、何かが変わるわけではない。可哀想だと魔物を放置することは出来ない。
それをすれば、人の方が食われて死ぬのだから。
いくら『黒白』があっても、世界中の魔物は解放出来ない。
魔物は悪領からいくらでも産まれるものだ。
もし救う方法があるとすれば、それは悪神が持つ悪領への干渉権を取り上げる、などだろうか。
仮に、幸助が悪神を喰らい。悪領のシステムに干渉出来るようになり。
魔物の狂化を止められたなら。
人類は、魔物の恐怖から解放される?
何かが繋がった気がした。
神は、この世界を救いたいのだ。この世界の人々を。自分が創ったものを。あるいはそこに、魔物達も含まれるかもしれない。
だから、異界の死者を呼ぶ。自分が創っていないもの。庇護の対象外に力を与えて戦わせる。
人々が魔物に殺されぬように。
そして、いつか『黒』持ちを再び引き当てた時、今度こそ悪神を『併呑』させ。
それを、どうにかすることで。
世界から、脅威を消し去る。




