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復讐完遂者の人生二周目異世界譚【Web版】  作者: 御鷹穂積
【第四部・群雄一拠篇】十と五振りの劔、極東にて
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183◇忠犬と、妬く狐

 



 現状で幸助とトワが抜けることは、あまり推奨されることではないだろう。

 だが、どうしても必要なことだった。

 それに、頼れる英雄もいる。

 その後二人は、王都の東門に向かった。

 見送りには、彼女が来てくれている。

「……クロ。行くの?」

 『白の英雄』クウィンだ。彼女は兄妹同様軍服姿。

「あぁ、行ってくるよ」

 旅団戦を経て、彼女には変化が表れていた。

 一つ、英雄という役割を彼女自身が受け入れたこと。

 もう一つは、瞳だ。表情、と言っていいかもしれない。

 以前のような無表情と茫洋とした視線は、彼女の心の問題に起因していた。

 それが解消された彼女は、少しだけ普通の少女のようになった。

 喋り方も、基本的に表情が無いのも同じ。

 だが、感情の変化はしっかりと表れるようになった。

 喜怒哀楽が、しっかりと態度に出るようになったのだ。

 それはとても、喜ばしい変化だと思う。

「留守は、任せて。……トワも、気をつけて」

 彼女の言葉が意外だったのか、トワは目をパチクリさせている。

「あ、ありがと。……クウィン、やっぱ変わったね」

「うん。変えてくれたの……クロが」

 彼女の瞳に、もはや鮮血を垂らしたような紅玉という印象は無い。その紅は少女の心模様を反映し、まるで万華鏡のように美しさの種類をその時々で変えていく。

 柔らかい笑顔は、大切な思い出を思い出しているようだった。

「それで、クロ」

「あぁ」

 クウィンはそこで俯きがちに、ぼそぼそと言う。

「……び……しい」

「ん?」

「わたしも、がんばる……ので、がんばる……わけ、だから、つまり……」

「あ、『ご褒美ほしい』? わっ、人間変わるもんだね……」

 トワの言葉に、クウィンがコク、と頷く。表情は見えないが、耳が赤いので恥ずかしがっているようだ。

「お前も昔はすぐ泣いて『コウちゃんコウちゃん』うるさかっただろうが。人間は変わって当たり前なの」

「そ、そんな昔のことなんて覚えてないし!」

 顔を真っ赤にしているあたり、ばっちり覚えているようだ。

「でもなぁ、ご褒美って言われても……まぁ、俺に出来ることなら」

 少しでもやる気が出るなら、断る理由は無い。

 一度敵側に渡り、幸助と敵対することで殺されることを望んだ彼女としては、ダルトラは心地いい場所ではないだろう。そういった場所で踏ん張るには、何かしら心の拠り所があった方がいいのかもしれない。

 人の身体は、栄養を補給すればそれで動くというわけではない。陳腐な言い方かもしれないが、心こそが原動力なのだ。

「大丈夫。すぐ出来るものだから、前払いを要求する」

「すぐ出来ること?」

「キスでいい」

「……それはちょっと」

「『妹は見た、兄・黒野幸助が白昼堂々と浮気する現場を』」

「やめろ。してねぇだろ」

「だめ……?」

 悲しげに見つめられると心が痛むが、さすがに了承出来ない。

「それなら、口づけでもいい」

「同じだな? 言い方変えただけだよな?」

 クウィンは見ているこちらが申し訳なるくらい消沈した。

 それでもすぐに顔を上げ、言う。

「じゃあ、頭を撫でてくれればいい」

 ハードルはグンッと下がったが、これはこれで彼女らしからぬ要求だ。

 しかし、理由を聞いて納得。

 彼女には直接の両親というものがいない。

 造られた生命体である彼女には、人並みの幼少期というものが無かった。

 けれど、彼女には心があった。非業の死に囚われながら、『人並み』を羨んだこともあるという。

 その中の一つに、親に頭を撫でられる子供、というものがあった。

 ただ頭を撫でられているだけなのに、子供たちはとても嬉しそうに笑う。

 試しに自分で自分にやってみるも、何も感じない。

 だが、親のいないクウィンは、頭を撫でてもらうことも当然出来ない。

「それでも、知りたい。……撫でられるなら、クロがいい。クロじゃなきゃ、いやだ」

 もしかすると、最初からそれをお願いしたかったのかもしれない。

 最初に無茶な要求をすることで、本当の要求を呑んでもらいやすく――なんて考えではなく。本音を外に出すことに不慣れな少女が、気恥ずかしさをなんとか誤魔化そうとして。

 さすがに、それを聞かされて断る幸助ではない。

 すすす、と近づいてくるクウィンの頭をそっと撫でる。

「………………」

「……えぇと、クウィン」

「…………あと、もう少し」

 それから十秒ほどして、彼女は「ありがとう」と言って離れた。

「それじゃあ、わたし、仕事あるから」

 顔を隠すようにして、彼女はその場を去ろうとする。

 燃えるくらいに耳が赤くなっていることに、本人は気付いているだろうか。

 遠ざかるクウィンを少し目で追って、そこで幸助はそれに気付いた。

 噴水の近くに立っている、フードつきの外套を羽織った人物。

 こちらをじいいいっ、と注視しているのは、桃色の髪の少女。

 狐耳の亜人『天恵の修道騎士』イヴだった。

 幸助と目が合うと、恐ろしいくらいに可憐な微笑みを浮かべて、そっとその場からいなくなってしまう。

「……コウちゃん」

「……あ、あぁ」

「日本人だし、火葬でいい?」

「俺、死ぬのか!?」

「確実に刺されるよね。あの子ヤ……病て……とても純粋みたいだし」

「……お前ほら、妹だろ? 兄ちゃんを助けてくれよ」

「あはは」

「笑い事じゃないんだが……」

「まぁ大丈夫でしょ……多分、おそらく、余程のことがない限り?」

「冷たいやつだなぁ」

「色恋沙汰で妹に縋るお兄ちゃんとか、かなーりダサいと思うけど」

 尤も過ぎて何も言い返せない幸助だった。

 そろそろ出発するかと考えたところで、グラスに通信が入る。

 ほぼ同時に、二つ。一つはシロから。


 『ゼスト前来て! 緊急! 今すぐ!』


 もう一つは、そのゼストの警備隊長レイスから。


 『案内人殿と共に来た少女の件で至急お話が!』



「……先にちょっと寄るところが出来た。急ぐぞ」

 『黒』でワイバーンを創り出し、その上にトワを放り投げる。

「え、ちょっ、わっ」

 驚きの声を上げながらも、彼女は小竜の背に綺麗に腰を下ろした。

 幸助は彼女より前の位置にまたがる。

 ワイバーンが飛んだ。

「そんないきなりっ、な、なにかあったの!?」

「振り落とされないように気をつけろ」

 トワは不満げな声を上げるも文句などは言わず、幸助の腰に手を回した。

「……いや、離してくれないか? 気持ち悪いんだが?」

「は、はぁっ? じゃあ他に掴むところとか用意してくれますっ!?」

 その手間が惜しいので、幸助は黙って速度を上げた。

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◇書籍版(GCノベルズより1~4巻)
◇書籍版特設サイト◇
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◇ライドコミックスより1~4巻◇
◇コミックライド作品ページ◇
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↓他連載作です。よろしければどうぞ↓ ◇朝のこない世界で兄妹が最強と太陽奪還を目指す話(オーバーラップ文庫にて書籍化予定)◇
たとえ夜を明かすのに幾億の剣戟が必要だとしても
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◇勇者パーティを追い出された黒魔導士が魔王軍に入る話(GAノベルにて書籍化&コミカライズ)◇
難攻不落の魔王城へようこそ


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