182◇刻限と光明
その後、幸助とトワは魔術師師弟を伴って王城へ向かう。
軍内部に設けられた研究室へ二人を送り届け、新研究室に荷物を『黒』から取り出し、配置。
トワに見えないところで、マキナが今度話の続きをとせがんできたものの、なんとかその場を後にする。
「マイペースで、自由な人だったね……」
トワがやや疲れたような声で言いながら苦笑する。
「あぁ、でも……ちょっと似てたよ」
微笑みと共に放たれた幸助の言葉に、彼女もまた唇を柔らかく緩める。
「うん、似てた」
自分の言いたいことをハッキリを言うところも、いつの間にか話の中心にいるところも。
「一応、あの人も素質だけで言えば英雄に近いんだけどね」
アリスや一部の貴族が幸助との子供を求めたように。薄まるとはいえ、一代であれば単純に半分残る。準英雄規格とでも言おうか。確かにマキナには素質があるのだろう。
だが、適性が無い。
当人自身が望んでおらず、かつ向いていないとあれば戦いに投入など出来ない。
「確かに、英雄の子で兵士になったって奴もいるってきくけど、本人次第だろ。少なくともマキナには、魔術師が合ってると思うよ」
かつて、六人の英雄が命を落とすという悲劇があった。超難度悪領から這い出た魔物を食い止める為に戦った英雄達がいた。
彼らは死と引き換えに多くの命を救い、その魂はクウィンの創生に用いられた。
リガルだけではない。英雄の遺児は、ダルトラ内に他にもいる。
「うん……トワも、それでいいと思う。それでさ……コウちゃん」
「ん?」
「さっき、何を誤魔化したの?」
「…………」
さすがにあの程度では騙されてくれないらしい。
「隠すんだ?」
「……そりゃあ、まぁ。理由があれば」
「友達から借りたえっちな本とか?」
「気付いてたのかっ……いや、あれは見られたくないから隠すだろ、普通に」
「見られたら恥ずかしいから隠したんだよね。じゃあ、これは知られたらどうだから隠すの?」
と、いうようなことが聞きたかったらしい。
「いらんこと考えさせたくないだけだよ」
「要らないことってなに? コウちゃんを心配するのは、要らないことなの?」
彼女の顔が傷ついたように強張り、けれどその瞳には退かないという意思が宿っている。
「……いや」
確かに、兄のエゴだったかもしれない。
それだけではない。シロやエコナにも知らせていないのだ。それは心配を掛けたくないという思いでもあり、それ以上に自分のことなどで苦しい思いをさせたくない、その姿を見たくないという逃避だ。告げられないことで受ける彼女達の苦しみを無視してしまっている時点で、自分本位な気遣いでしかない。
「わかった。話すよ……ただ、今はダメだ」
トワはまだ不満げだったが、ひとまず拒否されなかったことで納得はしたのか、ジト目でこちらを睨むに留めた。
「困ってることがあるなら、言ってよ……。こっちは処刑されるところを助けられたのに、コウちゃんが大変な時に知らない所為で何も出来ないなんて、ヤだから」
「……別に、そんなこと気にする必要――」
「あ、る、の!」
「あーはいはい。わかったって。取り敢えず今はやんなきゃなんねぇことが――」
「クロたすーーーー!!」
王城入り口に来たあたりだった。
一瞬前まで、影も無かったというのに。
気付けば、柔らかい二つの何かが幸助の顔を挟んでいた。
少女が飛び跳ねるようにして幸助に抱きついた結果、胸に飛び込むどころか胸から飛び込む形になってしまったのだ。吸い込む息いっぱいに幽香が広がる。
「……ふぃお」
双丘に包まれたままなので、声がくぐもってしまう。
吐息が彼女の胸にかかってしまい、少女が身をくねらせて嬌声を上げる。
「ゃ……っ。もう、くすぐったいよクロたすっ!」
半ば抱き上げるような姿勢から、ゆっくりと彼女を下ろす。
柔らかくウェーブするクリーム色の毛髪は腰まで伸びており、子供のように顔全体で笑うのが彼女の無邪気さをよく表している。和やかな気持ちにさせられる糸目とでも言おうか。
身長は幸助の方がいくらか高いので、向き合うと自然、彼女がこちらを見上げることになる。
彼女は伸ばした腕の手首をくいっと上げ、ぴょこぴょこ動かしている。
それはペンギンか、そうでもなければ餌を待つ雛鳥を連想させた。
幸助と目が合うと、にぱーっと嬉しそうに表情を緩める。
「逢いたかったよ、クロたすー」
『神速』の英雄フィオだった。
「……トワもいるんだけど」
ぼそりと拗ねるようにトワが呟き、フィオが身体をトワに向け――抱きつく。
「トワたんにも逢えて嬉しいよ」
「……微妙に、違くない? 逢いたかったと、逢えて嬉しいだと、ニュアンスがさ。コウちゃんの方になんか含みがあるっぽいというか。そういうのを、感じなくもなかったりする感じなんだけど」
彼女の抱擁をぎこちなく受け止めつつ、トワが言う。
「うん? うん。だってフィオ。クロたすのこと大好きだからなぁ。トワたん寂しく思ったなら、ごめんなさいするよ? よしよし」
「ちょっ、さりげなく何を……あ、頭を撫でないでっ」
フィオの態度には理由がある。
旅団迎撃戦で、フィオと『編纂の英雄』プラナは『蒼』による『途絶』をその身に受けた。
フィオにとって、自身の『神速』を体現する両足を永遠に封じられることは、周囲が考えることよりも何倍も深刻な問題だったようで、その傷心ぶりは目も当てられないものだった。
しかし、幸助がそれを直した。もちろん、仲間だからというのもある。回復させられる戦力があるならしたかったし、尻込みする各国の不安を僅かでも払拭する材料が欲しかったのも否定出来ない。
つまり、善意ではあっても純粋ではない。
それでも、フィオにとってはとても、とても大きなことだったようで。
以前にも増して接触を図ってくるようになったのだった。
「でもフィオ。どうしてここに?」
幸助が逢う予定だったのは、彼女ではない。
「ランナーズ殿! いきなり消えるのはやめ給えよ! そもそもだな、貴嬢はナノランスロットと逢う予定ではないだろう!」
遅れて現れたのは、眼鏡をかけた青年『魔弾の英雄』ストックと、眼帯をした幼女プラナだ。
プラナの方も感謝の意は示してくれたが、フィオのように恋愛感情には発展しなかったようだ。
それでいい、と幸助は思う。
「えー、そんな意地悪なこと言わないでよスートン」
「意地悪ではない。これから僅かばかりではあるが、ナノランスロットの時間は我ら情報国家のものだ」
「そんなことゆわれても、愛は止められないんだもん……!」
フィオの言葉に、ストックは呆れ――ることなく、衝撃を受けたように後退した。
「くっ……悔しいが、至言だ。だがしかし! 機密もあるのでな、遠慮願おう。……と、ところでシンセンテンスドアーサー殿は……本日も言葉で言い表せぬ程麗しくあられる」
「うぇっ? ……あ、はい、ども……です」
「……ストックに任せていると更に時間が無駄になりそうなので、単刀直入に言う。クロノ、あなたの予想は当たっていた。表の歴史書には刻まれなかったのも頷ける。ともかく――」
「これで、一つ道が拓けたな」
幸助は一つの予想をもとに、彼らに調査を依頼していたのだ。
「な、ナノランスロット卿!」
そんな風に話していると、更にもう一人こちらに近づいてくる。
冤罪事件の際、トワ確保の部隊を率いていたものの、不審に思い協力を申し出てくれた軍人でもある――ドルドだった。
幸助は彼に補佐役を頼んでいた。副官というならプラスやセツナも該当するが、今はそのどちらも幸助の許にはいない。
「あぁ、ドルド」
「卿の予想通り、アークスバオナの使者より和平交渉の提案がきました!」
アークスバオナは何も他国を滅ぼしたいわけではない。戦争行為による領土の拡大は、最終手段に過ぎない。傷つけることなく手に入れられるなら、その方が余程いい。つまり、今までのは脅しでしかなかったとそう言っている。
そして、アークスバオナからすれば連合の状況は絶望的で。
ここで血が流れない逃げ道を用意することは、幸助でなくても考えつくことだ。
「ありがとう。グラスで良かったのに」
「い、いえ! そろそろお着きになる頃合いかと思いまして!」
「そっか。それで、期限は?」
「…………十五日です」
幸助とグレアは別として、この世界でも移動にはそれなりの時間がかかるものだ。
指定場所は中立国家ロエルビナフ首都。
アークスバオナでないだけ行くのは楽だが、猶予はそう無い。
「……ギリギリだな。よし、すぐに出る」
「すっ……い、いえ! 了解致しました! それでは、事前のご指示通りに」
「頼んだ。トワ、行くぞ」
ストックとプラナは驚かない。だがトワとフィオは違った。
「クロたす?」
不思議そうに首を傾げるフィオ。
「行くって、え、ロエルビナフに? あ、セツナさん助けるんだよね。でも、今から? トワと?」
「いや……お前と行くのはロエルビナフじゃない」
「え、と? じゃあ、どこに行くの」
幸助が行くのは、ある国だ。
ストックやプラナを初めとした情報国家の者を頼って確かめた情報を活かす場であり。
苦しい状況を打破する為の光明でもある。その国とは。
『閉鎖国家』――。
「ヘケロメタンだ」




