179◇霹靂の遺児
グレイルフォンという魔術師は出逢った当初に幸助が考えていたよりずっと優秀な男で、幸助としてはあまり好ましい表現ではないが、それでも言うならば――天才だった。
無論、才だけが結果を構成する全てではない。彼の努力や心の在り様も、才と同等かそれ以上に不可欠なものだろう。
幸助の立てる策が実行に移せるのも、彼が協力してくれているからと言っても過言ではない。
今は亡き『霹靂の英雄』リガルの盟友でもある彼の研究室に、幸助とトワは訪れていた。
『黒白』持ちと判明したライムは彼女自身の意思もあって、シロと共に初の迷宮攻略へと向かった。
エコナは生命の雫亭での仕事がある。
二人は王宮に行く予定があったが、その前に逢いたいというのでこうして足を運んだわけだ。
幸助運転の許、魔動馬車で彼の研究室へ向かい、到着。
「おーおー! ほんとに来たよ師匠!」
扉が開かれ、中から人影が飛び出す。
声の時点で分かっていはいたが、それはグレイのものでは無かった。
「し、しかもしかもシンセンテンスドアーサー卿まで! やるじゃん師匠! ナノランスロット卿と友達ってほんとだったんだ?」
「……こほっ。おまえは、わたしをなんだと思っている」
グレイを師匠と呼んだのは、少女だった。
幸助もトワも硬直する。
「師匠は師匠だよ? 師匠が師匠じゃなくてなんなのさ」
人懐っこい笑みを浮かべる少女だ。オーバーオールに白のタンクトップ、その上からダボダボの白いコートを羽織っている。オーバーオールのサスペンダー部分は片側だけ肩に掛けられているが、もう片方は垂れ下がっている。服の生地を押し上げる程に大きな胸がたゆんと揺れた。
無骨なゴーグルが首に下げられ、機械いじりでもするのか、頬と手は煤が付いている。
そして、毛髪と瞳の色がクロムイエローだった。
それは幸助とトワに、どうしようもなく共通の一人を想起させる。
「いやぁ、初めまして初めまして。ぼくだよ?」
と、言われても幸助は初対面だった。
思わずトワを見ると、彼女も同じだったらしく目が合う。
「あれあれ? 師匠、ぼくのこと伝えて無かったの?」
「……元々逢わせる予定では無かっただろう」
グレイの言葉に、少女は右拳を自分の左手にポンッと叩きつけながら頷く。
「あ、そっかそっか。言われてみればそうだった。ではでは改めまして、ぼくはマキナグレイル・アイスクレウス=ドンアウレリアヌスでっす。よろしくどーぞの、以後お見知りおきをー」
ニカッと顔全体を使っての笑顔は、造形は違うのに彼によく似ていた。
それが、とても懐かしく、同時に胸が締め付けられる思いだった。
リガルには複数の妻がいた。彼の年齢だ、年頃の娘の一人や二人いてもおかしくない。
「リガルの……」
幸助の声に、マキナが淡く微笑む。
目の前まで近づいてきて、少年の手をとった。
「父の件では、ありがとう。あなたと師匠がいなければ、真実は明るみに出なかったよ」
リガルが殺され、トワが無実の罪を着せられた。幸助はそれが許容出来ず、グレイらと協力して真犯人を捕縛した。
マキナはそれを感謝しているという。だが……。
「……いや。むしろ、親父さんを殺した奴らを生かしていることを謝罪しなきゃいけない」
「いやいや、あれでいいんだ。人の気持ちも、法もとても大事なものだけど、それを優先するあまり、国の危機から目を逸らしたんじゃあ意味が無い。きっと父でもあぁしただろうしね」
実行犯であるアリスを始めとした貴族を死刑に処すことなく、幸助は生かして活かすことを選んだ。
殺せば死体が出来上がり国民の溜飲が下がる。だが生かせば、その能力を利用出来る。
幸助は後者を選んだ。
「うん、うん。逢えて良かった。一度ちゃんと感謝の言葉を伝えておきたくてさ」
「……こちらこそ、逢えて良かったよ………………ところで、トワ」
「なに?」
「足、踏んでるんだが」
「あ、ごめん。女の子に手を握られてヘラヘラしてるコウちゃんが気に食わなくて」
冷めた声とジト目でそんなことを言うトワ。
「理不尽だなぁ」
トワのそんな反応をどう勘違いしたのか、マキナはパッと幸助から離れる。
「ごめんごめんっ、いやぁ、ぼくそういうのには疎くて。まさかのまさかだねぇ、男嫌いで有名なシンセンテンスドアーサー卿もお年頃というわけなのかな?」
マキナの勘違いに、トワがなんとも言えない表情になる。
「……いや、違うので。そういうあれでは決してないので」
「またまたぁ、幾ら鈍感なぼくでも女の子の嫉妬くらいわかるんだよ?」
兄妹だと言うわけにもいかず、だがそれを隠せば上手く説明が出来ないのだろう、トワが渋面を作る。
「……ほんと、違うので」
おまけに人見知りも発揮し、誤解を解けずにいる。
そんなトワに幸助が笑っていると、肩をポカッと叩かれた。
仕返しに額を指で弾く。
「ほうほう、仲が良いんだねー」
「……そんなんじゃ」
「それより、気になったんだが……師匠って?」
言いながらグレイに視線を向けると、それを遮るようにマキナが移動して挙手する。
「はいはーい、そのまんまの意味なんだよね。つまり師匠はぼくの師匠ってわけ」
リガルの娘を、グレイが弟子にとっていたということなのだろうか。
「こほっ。メレクトで世話をしていたのだが、先日呼び寄せたのだ。こう見えて、才能はわたし以上にある。きみの役にも立つだろう」
「あーあー、一番愛弟子をこう見えてなんて言っちゃってさー」
頬を膨らませながら、マキナは不満そうに呟く。
一番弟子かつ、愛弟子らしい。
「でもでも、その後はまさしくその通りさー。父と違って戦う才能は無いけど、その分魔術師としては有望なつもり。いや、既に有能かな?」
「その慢心を律することが出来るようになれば、より早く成長出来るだろうに」
「わわっ、師匠ってば厳しいなぁ。甘やかされたいわけじゃないけどさー」
二人の仲に、思わず微笑んでしまう。
「そっちこそ、仲がいいみたいだな」
マキナは幸助の言葉に、相好を崩す。
「へへ……そう見えるかな? そう見えちゃうかな? だってさ師匠! お似合いだって!」
「……クロはそのような意味で言ったわけではないと思うが。……何故そんなに嬉しそうに笑っている」
「なんでかな? なんでだと思う?」
「……生憎、人の心は専門外だ」
「いやいや、人間の必修科目じゃない? 稀代の魔術師も人心科目は赤点ですかー」
拗ねるように、それでいてどこか楽しそうにマキナは言う。
そして再び幸助とトワを見ると、手を広げた。
「ではでは、立ち話もなんだし、どうぞ中へ」




