174◇喧騒の片隅で
「ほーほー、はふはふ、なるほど」
『黒白』保有者であるライムは、口の中の肉を咀嚼しながら頷く。
彼女の手は相変わらず幸助とシロの腕をとっているので、肉の串焼きを彼女の口に運んでいるのはシロだ。
「かわいい……かわいくない?」
シロは完全にライムにデレデレだった。
自分もそれなりに恥ずかしい想いをした筈だが、幸助が普段言わないことをライムのおかげで聞けたのと、彼女自身に懐かれているのが純粋に嬉しいのだろう。
ごくん、と飲み込む音がして、それからライムは「あー」と口を開く。
「はいあーん」
シロが食べさせてやる。
はふはふ、もぐもぐ。
「あー」
口を開く。
「あーん」
シロが食べさせてやる。
「あー」
「なぁ……そろそろいいか」
空いている方の手で額を押さえながら幸助が言うと、シロは悪戯っぽい笑みを向けて串焼きを幸助の口にも向ける。
「幸助も欲しかったの? ほら、あーん」
「エコナが飯作って待ってる筈だから、いいよ」
「と、言いつつ。お父さんはちょっと惜しいことをしたなと思っているようです」
ライムの発言で、シロのニヤニヤ度が増す。
「あーん」
「……………………」
仕方なく、幸助は一口頂いた。
ここ最近は顔を合わせる機会も作れず、大きな心配を掛けてしまった。
このくらいのことで彼女が楽しそうにしているなら、多少の気恥ずかしさは我慢出来るというもの。
王都ギルティアスの市場だ。朝の比較的早い時間から賑わう一角がある。
道すがら幸助以前受けたのと同じ説明をしていたのだが、途中でライムが匂いにつられたのだ。
「それで、ライム」
再びシロの餌付けであーんを繰り返していたライムが、嚥下の後に幸助を見上げる。
「話は理解出来ました。ご安心ください、完璧です。九割から二割ほどの理解度です」
「大分幅があるなぁ……」
どの程度にしろ、完璧には至っていない。
「違う世界に来た、という部分は理解しました。やりたいことは特にありません。この世界では、何をすればご飯を食べられるのでしょう。お二人が養ってくれるのでしょうか」
重要な部分は確かに理解出来ているらしい。
現実を受け入れられずにいる、なんてこともなさそうだ。
「随分と受け入れが早いな」
「そうでしょうか? 比較対象がいないので、わたしの方では判断出来ませんが、お父さんがそう言うならそうなのでしょうね。わたしはばっちり適応しています。人並み以上ですね」
先程から気になってはいたが、お父さんという呼称が定着してしまったらしい。
今重要なことではないので、触れることはしないでおく。
「ただ、もしかすると、かつての世界のことが影響しているのかもしれません」
ライムが言うには、彼女の元いた世界にも異界という概念はあったらしい。
それどころか、異界と繋がる『ひずみ』が世界中に点在し、そこから怪物が侵入してきたのだと。
なるほど、異界の存在が知識として備わっていれば、異界に飛ばされるという現実も幾分受け入れやすくはあるだろう。
「外来種と言うのですが、わたしはそれと戦って死んだ筈でした。奴らは人を生け捕りにすることもあるので、最初は自分が死んでいなくて、連れ去られたのかとも思ったくらいです」
幸助などは日本からアークレアに飛ばされたわけだから、『わけがわからない』という状態だったわけだが、ライムには妥当な現状予想が出来た。
そういう違いが、反応の違いに表れたのだろう。
彼女の性質も、多分に影響しているだろうが。
「それで、わたしはこの後何をすれば、毎日ご飯を食べられるのでしょう?」
なんとなく、見えてくる。
彼女の今までの発言や風貌からして、文化的な生活が送れていなかったことが窺える。
何をすれば食料にありつけるかと気にし、怪物と『戦って』死んだ筈と発言していた。
髪を切ってくれる者はおらず、幸助やシロのような人物が今までいなかったと。
おそらく、彼女は過去生の時点で怪物と戦う力を持ち、打倒と引き換えに食料を与えられていたのだろう。
強い力を持つ者を、力を持たない者が恐れるなど、よくあることだ。
戦いに慣れているようで安心した、などとは口が裂けても言えない。
彼女を利用してきただろう輩に怒りが湧いてくる。
だが、幸助も似たようなものだ。
結局のところ、その道を彼女に示すことになる。
そしてきっと、彼女はそれを選ぶだろう。
この世界では特に、年齢や性別を理由にすることは愚かだ。分かっている。
それでも、そのことに抵抗を覚える自分でいたかった。
「そのことは、ついてから話そう。もっと美味しいご飯もあるぞ」
「このお肉よりもおいしいものですか? ……それはすごいことですね」
ごくりと生唾を飲み込むも、やはり無表情のままで。
幸助はなんとか苦笑を浮かべて、そっと歩き出す。
「行こう」




