164◇顛末銘々、結
不死、という言葉がある。
治癒魔法や魔力再生、あるいは特定スキルなどの働きによって致命傷すらも癒やしてしまう。それらが可能な人間は少ないが実在する。
生命活動停止以後、魂と肉体とを繋ぐ精神の緒が切れてしまうより前ならば、生き返る者さえ。
だが、真の意味での不死を人間が獲得することは出来ない。
それはつまり、死なないということ。
死と無縁でいるということ。
生物の枠に囚われている以上、死と縁切りすることは叶わない。
治すということは傷つくということで、生き返るということは死ぬということだ。
真の不死者は死に近づくことすらない。故に、既存のアプローチで幾ら不死性を高めたところで、人が不死になることは出来ないのだ。
それでもなお、イヴは思う。
目の前の三人は、限りなく不死者に近しい存在ではないかと。
イヴとアルで、七度は殺した。
七度、致死の攻撃を与えた。
だというのに、双子及び異形へと変じた女性には、堪えた様子が無い。
「神罰も品切れ?」
牛の頭部と蜘蛛の躰を持つ異形となった女性が、からかうように嗤う。
「雷の雨ってのは、そう簡単に降らせられるもんじゃなくてね~……」
軽口を叩いてはいるが、アルの顔は汗だらけで蒼白だ。
魔力干渉圏が飛び抜けて広いとはいえ、遠くへ意識を集中させることは大変に気力を要する。
ましてや敵の攻撃を躱し、それが効かぬと知りながら連発したのだ。
相当に消耗していることだろう。
「あはは、息も絶え絶えなのです」
「あーあ、ぜぇぜぇ言っているのだぞ」
双子は手を繋いでその場をくるくると回っている。
此処が花畑で、二人が町娘ならば微笑ましい光景だったろうが、戦場で英雄が行っていることを考えれば酷く不気味だ。
そんな時だ。
強大な魔力反応が消失し、戻った。
「団長……?」
それを機に、三人の様子が変わる。
「撤退って……」
牛の頭が傾けられ、それから溜息が溢れる。
「団長の指示なら従うしかないわよね~。でも、その前に――」
異形が跳ねた。
巨体をもって猛スピードでアルに向かって突進。
疲労困憊の彼に真正面から激突――は、免れた。
「フンッ……!」
寸前で割って入った男が、牛の角を掴んで止めたからだ。
『干戈の英雄』キースだ。
それどころか、彼はそのまま異形を放り投げてしまう。
巨体が宙を舞い、地面を転がる。
「リーベラが飛んでるのです」
「リーベラが転がっているのだぞ」
と呟いた双子もすぐに動きを止める。
「あれ」
「およ」
不可視の糸でも絡まったみたいに、拘束されてしまう。
現れたのは、少女だ。
「……確か捕虜は要らないのよね」
「ちょ、リアちゃん待っ」
制止は間に合わず、一瞬だけ苦しげに目を伏せた後、『統御の英雄』オーレリアは双子を引き裂いた。
糸が絞られ、童女らの肉体がバラバラになる。
だが、すぐに目を剥くことになる。
「その子達、不死っぽいんだよね……」
先程言えなかった言葉の続きを、アルが口にする。
「は、はぁ……?」
粘液状になった死体はすぐに元の双子の姿へと戻ったのだ。
「ちょっと分が悪いわね。死なないにしても、捕まっちゃうかも。逃げるわよ」
「はーい」
「おーっ」
そうして双子を背に乗せた異形が脚を器用に稼働させて逃げ出す。
「……雷落として止めるかい?」
疲れた顔で微笑みながらアルが言い、オーレリアが「それで止まるなら」と返す。
「……攻めてくる敵を迎え撃つならまだしも、逃げる敵を追うことは教義に反します」
イヴの一言に、アルは顔を顰めた。
前者は防衛だが、後者は能動的な加害行為に類される。
アークレア神教においては許されることではない。
「だね。リアちゃんとキースっちに任せるよ」
「もう見えねぇぞ」
骨が折れているのか、表情を歪めながらキースが呟いた。
「……いいわ。手負いのジジイとアタシで追って勝てるとも限らないもの」
「ジジイときたか『統御』の嬢ちゃん」
「傷ついたなら訂正しましょうか、オジサマ?」
僅かに感じられた魔力反応も消える。
『囲繞』属性でも纏ったか、イヴの感知圏外へと逃れたか。
「アルさん」
「……あぁ、俺ちゃんでも感じられないってことは『囲繞』か、『空間』だろうね。どちらにせよ探知はもう出来ない」
「……おにいさんは、失望するでしょうか」
悉く殺せ、その命令を遂行出来なかった。
助太刀に駆けつけたことから、キースとオーレリアは達成したのだろう。
「いやぁ、クロちゃんは怒らないんじゃないかなぁ。本国にはお叱りを受けるかもだけど」
今回の戦いの成否はもちろん重要だが、各国にはそれとは別に大切なことがあった。
国の力を示す機会でもあったのだ。
各英雄の戦果がそのまま自国の優秀さを示すパラメータとなる。
一つの国、組織でさえ手柄の奪い合いなんてものが生まれるくらいだ。
連合という、複数国家の寄り合いの中でも、残念なことにそれらは重要になってくる。
その点で言うと、この結果でゲドゥンドラの評価が上昇することはおそらく無い。
アリエルとサラの方がどうなったかにもよるが……。
「ま、血を流さなかったってのは、アンタらの国的に間違いじゃないでしょう」
励ましてくれているのか、オーレリアがそんなことを言う。どこか自嘲的に響いたのは錯覚か。
「ていうか、敵から血が流れなかったんだけどね。変な子達だったなぁ……」
困ったようなアルの声が空気に溶けて、そのまま流れていった。




