159◇顛末銘々、戦闘狂
キースとホーンデッドの戦いはとても原始的で、荒々しく、両者共にとても魔法を使える人間とは思えなかった。
キースが斬る。
ホーンデッドから血が出る。
ホーンデッドが殴る。
キースの骨と肉が軋みを上げる。
実に、それだけ。
ただそれだけの繰り返しの、なんと心地良いことか。
汗の代わりに血が流れ、魔法の代わりに拳と剣が交わされる。
『干戈』とは武器。又は武力。
なるほど『豪腕』と相対するに、ここまでお誂え向きの英雄も他におるまい。
「そろそろキツいんじゃないのかぃ、『豪腕』のッ!」
横薙ぎの一閃が彼の脇腹に食い込む。
そのまま断ち切らんと力を入れ、それに呼応するようにキースの腕が膨らんだ。
「そちらの方こそ、無駄に重い鉄の棒を振り回し、疲労がピークに達しているのではないかね!?」
厚い。あまりに厚い筋繊維と肉の壁。
通り抜ける。
切り裂くことに成功したかと思えば――剣が半ばから折れていた。
残りの半分はいまだホーンデッドの身体に食い込んだままだ。
「……おいおい、どうすりゃこんなことになる」
「弛まぬ筋力トレーニング、だッ!」
彼はそれを引き抜き、膝で更にへし折った。
投げ捨て、ふすんと鼻息を漏らしてから微笑む。
出血はホーンデッドの方が多い。
だからこそだろう、彼は余裕を見せようとしているのだ。
「もはや鉄くず、さっさと捨て、貴殿の力を見せてはくれんか!?」
ホーンデッドはキースとの殴り合いをご所望らしい。
逡巡。
「……いや、おたくほど筋肉に自信が無いもんでね。こいつでいかせてもらうわ」
折れた剣をそれでも武器として持ち続けるキースに、ホーンデッドの瞳から興味の光が失せる。
「……どうやら我輩、貴殿の器を見誤っていたらしいな」
「勝手に期待して勝手に落胆とは、お忙しいことで」
彼が地を蹴る。
拳を警戒するが、違った。
ホーンデッドはキースを正面から抱き締めた。
腕ごとやられた為に、抵抗らしい抵抗も出来ない。
そしてそのまま持ち上げられ――締め上げられる。
身体が破裂しそうな程の痛みに、キースは彼がこのまま殺すつもりであることを悟る。
それを可能とするだけの膂力が、ホーンデッドにはあるのだ。
「魔法、のっ、時代に、こりゃあ」
あまりにシンプルで、凶悪。
「戦人としての情けだ。力にてその命、潰してやろう」
「そりゃ、光栄、だね」
ホーンデッドは勝った気でいる。事実、単純な力比べではキースの負けだ。
だが、勝負は筋力で決まるものではない。
キースが剣を捨てなかったのには、理由がある。
技術国家出身英雄の武器に、仕掛けが無いと考える者の方が愚か。
剣の柄にある、トリガーを引く。
「――ムッ」
刃だ。
ホーンデッドが折った刃がひとりでに動き出し、背後から彼を襲う。
遠隔操作。壊れた後でも使えるようにという機構が組み込まれていたのだ。
それはしっかりと、彼の背中に突き立っている。
だがホーンデッドは侮辱を受けたとばかりに叫ぶだけ。
「こんなものが、通じると思うてか!」
「通じるんじゃねぇか?」
爆発。
「かッ――」
ホーンデッドから、力が抜ける。
「内臓にゃ筋肉がつけらんねぇだろうからよ」
僅かに内部に押し入った刃が砕け散り、体内を掻き回したのだ。
「お、の、れ……」
すかさず、残った刃で彼の喉を掻き切る。
「満足のいく死じゃなかったってんなら、悪ぃな」
しばらく喉を押さえていたホーンデッドだったが、治癒魔法が使えなかったのか、あるいは使わなかったのか、そのまま仰向けに倒れる。
その死に顔は、キースには笑っているように見えた。
生命反応が消えたことを確認してから、キースも天を仰ぐようにして倒れた。
「あ~、痛ぇ……」
左腕などは折れて赤黒く腫れているし、破裂寸前まで締め上げられたダメージは全身を蝕んでいる。
「おれぁ治癒魔法がクソ下手なんだよ……いてて……まぁ、その内誰か来んだろ」
今回の戦いは楽しかった。
力比べで負ける程に膂力特化の英雄もいると知れたし、なにより勝った。
折れた剣を天に掲げる。
「……これで、笑顔ってやつを守れたことになんのかね?」
戦士が笑顔を守り、魔女と魔術師が笑顔を作る。
自分はその体現者となれたのか。
応える者はいない。
しばらく剣を眺めていたキースだが、不意に顔を顰める。
「あー……クソ」
キースは魔力感知能力が低いが、それでもどうにか感知出来る範囲内での魔力を感じとる。
「休んでる場合じゃあなさそうだな」
どうやら味方が不利に陥っているようだな。
「さて、もう一働きすっか」
痛みを訴えかける身体に鞭を打ち、キースは駆け出した。
『英雄連合』――『干戈の英雄』キース=フルブラッド。
『英雄旅団』――『豪腕の英雄』ホーンデッド=フィーネティカブラウ。
勝者――キース。




