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151◇干戈、豪腕

 



 『干戈の英雄』キースの眼前に、腹に孔を拵えた大男が立っている。

 むき出しの上半身の上に軍服を羽織るという奇抜な恰好をした男だ。

 クロと旅団の最初の遭遇戦にはいなかった。

「フンッ!」 

 奇声を発すると、筋肉が収斂。

 あろうことが、傷口が塞がる。

「……『黒』の旦那も、また変なのを割り振ってくれたもんだね」

 キースは顎髭を撫でながら苦笑。

 筋肉質な体の男は、妙なポーズを取りながら喋りかけて来る。

「我輩はホーンデッド=フィーネティカブラウ。貴殿は同種だな?」

「あ……? 悪ぃが生憎と、筋肉見せびらかす趣味はねぇんだ」

「否ッ! 紛れもなく貴殿は我輩と同じ種類の人間だとも。戦いの中で死にたい(、、、、、、、、、)。違うかね?」

「……へぇ、どうやら只の莫迦じゃあねぇらしい」

 キースは目の前の男の評価を僅かに改める。

 奇妙な人間ではあるものの、頭が空なわけではないらしい。

 ホーンデッドの言葉は概ね当たっていた。

 キースは過去生でも軍人だった。戦って戦って戦って戦って、自軍に勝利を齎し続けていた。

 それだけしかできなかったし、それだけでしか心が満たせなかったし、それだけやっていれば十全な環境だった。

 強い奴と正面からぶつかって、その上で勝つ。

 戦いの中でしか充足を得られず、それで国家への貢献となるのならば永遠に戦い続けていたかったくらいだ。

 戦いの中で死にたかった。

 どうせ死ぬなら、満たされた中で死にたかった。

 けれど、それは叶わなかった。

 毒を盛られ、三日三晩苦しんでから死んだ。

 毒もそうだが、最悪なのは、仲間達がキースを必死に生かそうとしたことだ。

 楽に逝かせてくれりゃあいいもんを、三日も無様にもがいて死ぬことになった。

 転生した時、キースは思った。

 こっちでは、戦いの中で死ねたらいいなと。

 だから、ホーンデッドの言葉を誤りだと否定することは出来ない。

「我輩は運が良い。まったく歯ごたえの無い敵兵をいくら潰しても、それは戦いとは呼べぬ。英雄との殺し合いでしか、最早我輩達は満足出来ない。そうだろう!?」

「そうかね。どうでもいいが、だったらこっち側に来たらどうだい? 英雄の投げ売りやってるアークスバオナと戦い放題だぜ」

「ガッハッハ! 戦いには理由があろう! 掲げるものがあり、その為に戦うのだ。掲げるものによって、戦いの価値も、その内で死ぬ者の命の価値も変わる! 我輩は、団長殿の許で戦うことにこそ価値を感じるのだ。悪いが貴殿の誘いには乗れぬ」

「そいつぁ残念だ」

 ホーンデッドはキースの言葉を笑う。

「貴殿の顔は、とてもそう思っているようには見えぬが?」

 それもそうだろう、キースは笑っていた。

「ところで貴殿は何故戦う? 連合の掲げる旗は命を懸けるに値するのかね?」

 キースの戦う理由。

 今度こそ、戦いの中で死にたいから。それもある。

 だが、それで全てではない。

「簡単さね、おたくらに壊されると思うと、どうにも見捨てられんもんがあんのよ」

「ほう?」

 キースは過去生で、戦いにのみ生きていた。

 だから、それしか出来なかった。

 迷宮を攻略すれば感謝される。魔物を倒せば金が貰える。英雄と呼ばれるのも気分は悪くなかったが、別段それが欲しいわけでもなかった。

 技術国家メレクト。

 頭脳労働や機械いじりばかりが得意な人間達の国。

 キースには内にこもって無機物相手に生きる人間の気持ちが理解出来なかった。

 ある時までは。

 キースが街を歩いていると、何かに躓いた。

 それは機械仕掛けの小さな馬車で、どうやらキースの所為で壊れてしまったようだった。

 持ち主らしき子供が泣いているのに、キースは何も出来なかった。

 弁償すると言って金を渡そうにも、父にもらったものだから代わりはないと泣くばかり。

 どうしたものかと困っていると、一人の魔術師が立ち止まって、鞄から工具を取り出すや、瞬く間に直してしまう。

 空咳の酷い褐色の魔術師は子供の頭を撫でると「お父上の趣味も、それを大切に出来るきみも素晴らしいな」と子供の頭を撫でた。

 子供は泣き止むどころか、嬉しそうに微笑んで、男に感謝し何処かへ行ってしまう。

 すまねぇ、助かったと礼を言うキースに、いいのだと男は笑った。

 『戦士は笑顔を守る。それはわたしには出来ない素晴らしいことだ。けれど、だからせめて、魔術師は笑顔を作ることが出来るようにと励んでいる。役に立てたのなら幸いだ』と言った。

 そうなのだ。

 キースはずっと、自分の充足の為に戦っていた。

 それで国の役に立ったのは、結果論に過ぎない。

 魔術師だって、全員が全員他者の為に生きているわけではないだろう。

 けれど、そう。彼らが机に向かう時間は、失敗を繰り返す時間は。

 いつかの笑顔に繋がっているのだ。

 大きい、とキースは思った。

 いつか戦いの中で散ることのみを望みとしてきた自分などより、余程。

 英雄なんと呼ばれたところで、自分は通りすがりの魔術師にも及ばぬ小さき者だったのだと。

「仲間の幸福、大いに結構。けどよ、おたくらのそれを叶える為に、こっち側の笑顔を壊させるわけにはいかねぇんだな。戦士ってのは――笑顔を守る存在らしいからよ」

 今後も魔女や魔術師達が笑顔を作れるように。

 まず、自分が守らねば。

 戦いは好きだ。戦いの中で死ねればいい。

 けれど、勝たねば。

 せめて、守りきらねば。

 きっと、そうして死ねたら、最高に気分がいい。

 生き残って、その後の世界が見れるなら、それはそれでいい。

「『英雄連合』――『干戈の英雄』キース=フルブラッド。()ろうや」

「『英雄旅団』――『豪腕の英雄』ホーンデッド=フィーネティカブラウ。いざ、参るッ!」

 背中に背負っていた柄から大剣を引き抜く。

 戦闘狂同士の戦闘が始まった。




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