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150◇血盟、血戦




 ナノランスロットの策について、説明が行われたのは『空間』移動の寸前だった。

 なるほど確かに、これならば裏切り者がいる場合でも有効だ。事前に情報を流すということが出来ないのだから。

 魔弾の急襲によって生き残った者達を、ナノランスロットは転送。

 これもまた、魔弾をいかにして防いだかという少ない情報から相性を推測して、連合英雄との対戦カードを調整したとのこと。

 『血盟の英雄』シオンは考える。

 ナノランスロットがいたからこそ、連合がアークスバオナを相手取れるとすら言っても過言ではないだろう。だが、いくらなんでも、彼の存在は都合がよ過ぎないだろうか。

 まるで、アークスバオナへの対抗策として用意された存在かのように。

 頭を軽く揺すり、余計な思考を追い出す。

目の前に一人の童女らしき女と、男の死体がある。

 つぶらな瞳から紅涙(こうるい)が絞られる。

「……トラ。あなたは本当に、要領が悪くて、気が利かなくて、センスも無い上にノロマで、本当に救いようがない愚か者だったけれど……それでも、眷属としては最高だったわ」

 紅眼の吸血鬼が男の首筋に牙を立てた。

「だからせめて、フィーティさまがあなたを灰にしてあげる」

 吸う。

 それからものの数秒で、巨漢の遺体が塵となった。

 風に攫われ、後には何も残らない。

 顔を上げる。涙の痕と、唇に滴る血。

「……お優しいのね。訣れの時間をくれるなんて」

 声は底冷えする程に低く、瞳の内は獄炎の如く盛んに猛っている。

「……ナノランスロットはあぁ言ったが、投降すんなら受け入れてやる」

「ふふ、へぇ? それは同じ吸血鬼のよしみで、と言うことかしら――シオン?」

 吸血鬼のいる異界など、幾らでも存在するだろう。

 それなのに、偶然は知己を対立国同士に配置した。

 そう、シオンは彼女を知っている。同一世界出身の吸血鬼で、更に言えば自分よりも上位の存在。

 シオンの世界には、吸血鬼と人間が存在していた。吸血鬼は人間から血液を買い、両者の関係は良好だった。けれど、ある時だ。

 愚かな吸血鬼が欲望のままに人間の少女を吸い殺し、それが人族の姫だったことで戦争にまで発展した。

 人を殺めたその者が悪い。本来ならばそれで済む話。

 けれど、人は時として憎しみの範囲をどこまでも拡大してしまう。

 加害者の家族、親類、人種、国家、果ては世界か。

 この場合は、吸血鬼という種族に憎しみが向けられた。

 シオンは貧民街の暮らしで、身寄りの無い子供達の兄貴分だった。

 けれど、誰一人として守れなかった。

 人間によって行われる吸血鬼狩りによって、弟妹は全員殺された。

 フィーティは確か、十二人いる真祖と呼ばれる個体だ。

 元より人類より強靭な肉体と能力を持つ吸血鬼の上位種たる彼女達は、不滅の存在と呼ばれていた。

 彼女が此処にいるということは、人間達の憎しみは最強の吸血鬼を殺す程に膨れ上がったということ。

「フィーティさまがかつてあなたを勧誘してあげた時、あなた、断ったわよね?」

「……今でも後悔してるさ。あいつらを失うくらいなら、人間を殺す方が余程マシだった」

「でも、断ったわ。あなたの家族はみーんな死んだし、フィーティさまの同胞も眷属も滅ぼされてしまった。ねぇ、どうしてか分かる? どうして種として優越している筈の吸血鬼が、繁殖能力だけが取り柄の人間に敗北を喫したのだと思う?」

「……さぁな」

優しかったから(、、、、、、、)、それに尽きるわ。吸血鬼は強かった。だからずっと、人間は吸血鬼を煩わしいと思っていた。なのに、吸血鬼は人間に歩み寄ってしまった。下等な存在を、平等に扱ってしまった。だから、調子に乗った人間どもに足元を掬われたの」

 ……なるほど。

 だから彼女は、アークスバオナについたのだ。

 彼女にもはや同族の仲間はいない。

 だからせめて、種族の過ちを繰り返さぬようにと。

 平和ではなく支配を。平等ではなく正しい格差を。

 自分の愛する者が不当に虐げられぬ勢力をと、アークスバオナを選んだ。

 徹底した仲間贔屓と拡大政策。

 世界征服が叶えばもう、仲間を理不尽に奪われる悲しみに暮れることもないから。

「フィーティさまは寛大よ。だからシオン、あなたの弟妹ごとアークスバオナに来なさいな。団長はあぁ言っていたけれど、フィーティさまの言葉があればそれくらいは認めてくれるわ。全員ではなくとも、こちらに転生しているんでしょう? ファルドの守銭奴共に首輪を付けられているから、あなたはそこに立っている」

 その通りだ。

 ファルドが血の値段を吊り上げた為に、シオンは弟妹を生かすことすら難しくなり。

 この戦争に駆り出される羽目になった。

 ナノランスロットがシオン用の血を用意してくれなければ、全力を出せたかも怪しい。

 けれど。

「それじゃあダメなんだ」

「……一体、何がかしら?」

 アークスバオナに降れば、生活は格段に楽になるだろう。

 けれど。

「あんたには分かんねぇだろう。純度も鮮度も低い泥水みてぇな血を、腹を下すと知りながらも空腹が耐えられず呑む気持ちも。雨が降れば水浸し、風が吹けば身を寄せ合って暖を取る他なく、ゴロツキの気まぐれな蹴り一発で壊れる、粗末な木板の集合を家と呼ぶ気持ちも。それでもオレ達は、死ぬまで誰も襲わなかった。死ぬまで誰からも奪わなかった」

「でも死んだわ。なら、正しく在ることに、清く在ることに、優しく在ることに、意味は無いのではなくて?」

「意味を、無かったことに出来るわけがねぇだろ」

 汚れた方が楽に生きられるのに、皆シオンを信じて正しく在ってくれた。

 確かに、それは報われなかったけれど。

 だからといって、口が裂けたって言えるものか。

「オレの口から、『奪うことが正しい』なんて、あいつらに言えるわけがねぇだろうが」

 どれだけ値を吊り上げられても、自分がその分働けばいい。

 ファルドは慈善家ではないが、だからこそ公平だ。

 吸血鬼と言えど、金を払えば血を売ってくれる。吸血鬼と言えど、金を払えばまともな家に住める。

「あの世界を地獄に変えたのは、なるほど確かに人間かもしれねぇ。だがな、あんたは今回、地獄に変える側に回ってるに過ぎない。それは、肯定しちゃいけねぇものだろう」

 シオンの言葉を、フィーティは呆れるように笑い飛ばす。

「……あなたは本当に、綺麗なのね。それに対してフィーティさまは穢れている。えぇ、そうね。認めてあげましょうシオン。フィーティさまこそが間違っていると。けれど、それでもいいのよ。だって、優しかったから皆死んだという事実は変わらないのだから。過去からは学ばねばならない。そうでしょう? 故に、優しくなくても、幸福になれる方を、フィーティさまは選ぶわ」

 フィーティは爪を立て、反対側の手首を掻ききった。

 噴出した血は地面に流れ落ちることなく、彼女の周囲を漂う。

 吸血鬼の戦い方――血装(けっそう)

「『英雄旅団』――『血戦と撃摧(、、、)の英雄』フィーティ=シードサイド。敵対するなら殺すわ。けど安心して、せめてあなたの弟妹は保護して幸福にしてあげましょう」

 シオンはナノランスロットから貰った血を事前に飲んでいた。

 手首を掻き切る。

 流れ出る血は、黒く濁っていった。

「『英雄連合』――『血盟と黒(、、、)の英雄』シオン。要らん気遣いだ。自分てめぇの弟妹くらい、自分で面倒看られる」




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