147◇悉く
ダルトラ王族暗殺任務。
一度失敗したそれを再度敢行するのは、単純に可能だと判断してのこと。
理由は幾つもあるだろうが――。
「ねぇ団長、そろそろじゃない?」
『翠の英雄』レイドが呟く。
地上を音もなく駆ける英雄旅団。その姿は周囲に人がいたところで見つけることが出来ないだろう。
複雑な魔法式を構築し、存在を隠匿しているからだ。
一度目、対空兵器に撃退されたのは、その情報が極限られた人物以外には秘されていたから。
そして、あれは『魔弾』が組み込まれたもの。故に、『魔弾の英雄』ストックが英雄旅団に通じている可能性はほぼゼロ。
だが、空気探知を新たに組み込んだセンサーの設置は、アークスバオナに伝わっていた。
それを知るのもまた、作業に関わった者と、各国の上層部、そして英雄と限られている。
加えて言えば、クロのことだから作業に関わった者に関してはクウィンやエルフィを使って作業時間分の記憶を消すなり忘却させるなりの策を講じていてもおかしくない。
純アークレア人が裏切っていた場合は、彼の記憶の精査を誤魔化す力も手段もなく。
故に、裏切り者は英雄であるとクウィンは考えていた。
「いや」
と、グレアがレイドの声に応えた。
「同胞から齎された情報によれば、まだ先だ」
グレアには『空間』属性魔法がある。飛べる範囲は彼の魔力感知圏内。
よって、センサー群が設置されている地帯の直前で発動し、そこを『飛び越える』というのが今回の策なわけだ。
どれだけ高性能なセンサーがあっても、『何も通らない』なら反応のしようが無い。
まさしく概念属性を操る『暗の英雄』だからこそ成立する突破方法。
なによりも、クロの信用を裏切って情報を流している存在が手痛い。
ただ、とクウィンは考える。
グレアは分かっていない。暗殺は失敗したものの、正面からクロを負かしてしまったから。
だから、あの少年が負けっぱなしでいるような人間でないことを、分かっていない。
ライクの時も、トワの時もそうだった。きっと、今回も同じ。
最初に、全てを思い通りに出来なくても。
二度目で、彼は。
「総員、飛ぶぞ」
更に進んだ先で、グレアが立ち止まる。
『黒』き靄が出現。
まだ日付が変わってそう時間が経っていないこともあり、周囲の闇の溶けるようだった。
気配がどんどん消えていく。旅団メンバーが靄の奥へと入っているのだろう。
クウィンも続く。
今回、クウィンが投入されたのは『クロの説得役』だという。
英雄連合に合流したクウィンが旅団に牙を剥くとは考えていないのか。いや、彼らの場合、それでもどうにかなると考えているからこそ投入したのだろう。
強者故の傲慢。
果たして、クロにそれが何度も通じるだろうか。
そして、結果が出る。
「征くぞ」
「無理だろ」
少年が言葉を返す。
その場にいる筈の無い――クロが。
そして英雄旅団は全滅の危機に瀕していた。
明るい。否、もはや眩しいとさえ言える。
真夜中を照らすは、全方位に展開された光。
「【光煌霖雨・全天網羅】」
光熱が英雄旅団を包囲し、一斉に襲った。
「クロノ、貴様――」
クロという少年は、真っ直ぐに見えて、強かなのだ。
真っ直ぐ在れるだけで、歪み方も知っている。
『併呑』を持つに相応しく、清濁併せ呑む彼の在り方ならば、こうなるのも必然。
裏切り者がいるかもしれないならば、それを利用する。
つまり、全員に嘘をつく。
そうなれば、裏切り者は知らず知らずの内にアークスバオナへと虚偽を知らせることとなり。
それを信じ、偽の情報を参考に『飛び越えた』先にこそセンサー群が控え。
察知したクロ達こそが、迎撃すること叶う。
ストックとクロの合成魔法。初見で光を完全に防げる者が、英雄と言えどどれだけいるか。
閃光が旅団を刺し貫く。
グレアが咄嗟に『黒』を展開、周囲の仲間を救おうと展開範囲を広げる。
その他英雄達も各々対応しようと動く。
クウィンは動かなかった。
クロのことだ。事前にクウィンには当たらないように調整をしている筈だから。
「危ない!」
なのに。
誰かがクウィンを突き飛ばした。
『荊棘の英雄』クイーン=クリティコだ。
彼は、クウィンを光の雨の圏外へ飛ばそうとしたらしい。
光の雨はクウィン以外を対象としているようで、光線が曲がってクイーンを撃ち抜く。
それに気付いてか気づかずか、無事なクウィンを見て、彼は呟いた。
「よか、った……」
そして、息絶える。
「――――え」
あまりにもあっけない死だった。
たった十日。休戦の間に、いやいや関わっていただけ。
なのにクイーンはクウィンを命がけで助けようとした。
……仲間、だから?
『白』を使えば、救えた筈だ。
でも、クウィンはそれをしなかった。咄嗟にどうすれば分からなくて、その間に彼は死んだ。
「無事な者はッ!」
グレアの叫び。
クイーンと、ネウローゼの返事が、無い。クウィンは返事が出来ない。
無傷なのはグレアとクウィンだけで、他の者も負傷している。
あぁ、こうも上手く嵌まるとは。
さすがクロ。そう思えばいいのに。思えればよかったのに。
「思ったより残ってるな」
クロが現れた。
左に不壊の剣、右に黒刀を吊るし、右耳にピアスを付けている。
「…………手厚い歓迎だな、クロノ」
声こそ平坦ではあるが、グレアは怒りの形相でクロを睨みつけていた。
「なんだよその顔。戦争してるのに、自分達は死なないとか思ってたのか?」
二人の視線が交わり、会話は一度そこで途絶える。
「皆、聞け」「総員に告ぐ」
二人の声が、重なる。
「命令するぞ」「団長命令だ」
「捕虜は要らない」「遠慮なぞ不要だ」
「英雄旅団を」「英雄連合を」
「――悉く殺せ」
全て、クウィンの思い通り。
全部上手く運んでいる。
なのに、胸を襲うこの感情はなんなのだろう。




