145◇燿の継承者の願いを
英雄全員の確認が済んだ。
結果から言えば、裏切り者は見つけられなかった。
だからと言って安心は出来ない。
幸助の確認出来ない方法で敵とコンタクトを取る手段がある可能性も、グラスや記憶を誤魔化している可能性だってある。今回確かに分かったのは、裏切り者がいるのならば、それが愚か者ではないということだけ。
そして幸助なりに考えた――容疑者数名。
「プラス・ラプラティクス=ガンオルゲリューズ、入ります」
ノックと共に、扉越しに女性の声。
執務室へと入って来たのは、『燿の英雄』が末裔――プラス。
生真面目そうなところも、美しい金の毛髪も、同じ色合いの瞳も、眼鏡も、変わっていない。
ただ、一点。
かつて逢った時のように、彼女は軍服姿だった。
復隊扱いで軍に戻ったのだ。
敬礼をする彼女に、優しく微笑む。
「真面目だなぁ。一緒に迷宮攻略した中じゃないか」
「公私混同は避けねばなりません。小官は現在、軍人という生き物でありますれば」
「……お、仰る通りで」
ぐうの音も出ない幸助だった。
英雄としての『クロ』と、自分個人としての『黒野幸助』を、幸助は分けきれていない。
耳が痛かったが、彼女は何も幸助を責めるつもりで言ったのではないだろう。自分自身の心構えの話をしたのだ。
「それじゃあ、掛けてくれ」
「はっ」
きびきびとした動きで彼女が対面に腰掛ける。背筋もピンと伸びていた。
「えぇと、前に言ったことを覚えてるか? リガルの葬儀の時の」
「……はい。クロ殿……ナノランスロット卿はこう仰られました。『プラスの目的もちゃんと覚えてるよ。それに関しては、もうすぐそっちに連絡が行くと思う』と」
一字一句完璧に覚えていたようだ。
「そう、それだ。……ところで、プラスはオリジナルの魔法具がどういうものか分かるか?」
「……神の力が宿った魔法具であると」
「そうだな。ほとんどの人工魔法具は『結果』を出すのに『使用者の魔力』を必要とする。けどオリジナルと、その模造品は違う。それは魔力を必要としないんじゃなくて、『使用者以外から魔力を賄う機構』が組み込まれているからだ」
「俗に言う『神の魔法式』ですね。存じておりますが、今回の件とどのような関係が……?」
「悪神創魔法具なら地下、神創魔法具なら天空、魔力の作られる場所からの供給があって奇跡は発現している。オリジナル魔法具の模造品が量産されない理由は二つ。単純に『神の魔法式』の再現が極めて困難だから。もう一つは、作り過ぎれば大陸の魔力が枯渇するから」
やや状況は違うが、化石燃料のようなものだ。
限りあるものを『先の世代』のことを考えず濫用すれば、後に響くのは必然。
世界が魔力を生むよりも速く人間が魔力を使い切れば、世界が荒廃する。
アークレアの生命は、生きるのに魔力が不可欠なのだから。
「オリジナルをある程度優秀な人間に持たせ、擬似英雄と呼ばれる程にステータスを引き上げる計画が立ち上がっているのは知ってるな?」
「え、えぇ。アークスバオナのそれによって、我が軍が甚大な被害を被ったとかで……」
「これからのダルトラでは英雄を三つの段階に分ける。純粋に英雄規格を持つ者。俺とかトワみたいに、銘を与えられる人間を第一種。オリジナルの魔法具を持たせ、英雄規格の十から数十分の一の力を発現した者。第二種。レプリカを持たせ、英雄規格の百から数百分の一の力を発現した者。第三種」
ようやく、プラスにも話が見えてきたようだ。
ごくりと、唾を呑む音が聞こえる。
「俺はお前を第二種に推挙した」
「――――」
プラスの願いは。
『燿の英雄』ローライト=ガンオルゲリューズと同じく、人々を導けるような英雄になること。
彼女のステータスでは、完全に同じとは到底いかないけれど。
幸助は思い出す。エルマーの記憶の中で、ローライトだけが、裏切りに反発したという話があった。
プラスは、その清廉なる英雄の血と気高さを確かに継いでいるものと、幸助は思う。
資格がある。そう思った。
「よいの、ですか……? 小官、などが」
先程の話を踏まえれば誰でも分かる。
擬似英雄と言っても、そう多くは用意出来ないのだ。
限られた枠を自分の為に使用していいのかと、プラスは気にしている。
「俺は悪い奴だから、公私混合をしちゃうのさ。で、どうするんだ?」
彼女はしばらく呆然としていたが、幸助の言葉にハッと頭を揺する。
「……これでは、先程の言葉が莫迦のようではないですか」
公私混合はしないと言った矢先に、幸助のそれによって願いの成就を提示される。
それを受け入れる自分は、結局公私を分けきれていないということになる。
プラスはそれを恥じるように頬を染めた。
「……よろしくお願い致します。身命を賭して、役目を全うさせて頂きます故」
「それじゃダメだ」
「え」
「命を投げ出すなら、この話は無かったことにする」
「え、いえ、あの、え」
あからさまに狼狽するプラスに、幸助はぴしゃりと言い放つ。
「帰って来るんだ。死なせる為に願いを叶えてやりたいわけじゃない」
「……あ」
それから、またしても自分の言葉を恥じるように、プラスは赤面。
「…………そ、そう、ですね。申し訳ありませんでした」
そして彼女はバッと顔を上げ、やや上擦った声で言う。
「プラス・ラプラティクス=ガンオルゲリューズは、必ずや役目を果たし、クロ殿の許へ帰還します!」
叫び、敬礼する。
それを受け、幸助は。
「あぁ」
と微笑んだ。
その後で「でも」と付け加える。
「俺の許じゃなくて……普通に国に、で大丈夫だぞ?」
「あっ――ち、ちぎゃ、ひょれはっ、あぁもう!」
連続で噛んだ自分の唇を、恨めしそうに手でほぐすプラスを見て、幸助は声を出して笑う。
「……い、今のは、その、言い間違い……というわけで必ずしもないのですけれども、やや表現を誤ったといいますか……」
「……うん。でもそうだな。全部終わったら、また一緒に迷宮攻略に行こうか。誰かがやらなきゃいけないことだし」
幸助の言葉に、彼女の表情が輝く。
「はい。是非」
そう言ってから、何かを思い出すように翳が差す。
「……是非、クリアベディヴィア卿も一緒に」
彼女のそんな気遣いに、少し胸が温かくなる。
クウィンを取り戻せると真に考えている者は、思いの外少ないのだ。
「ありがとう。必ず実現させよう。その為にも、必ず帰って来てくれ」
「……もちろん、クロ殿も、ですよ?」
「当然だ」
ほんの短い時間ではあったが、執務室に穏やかな空気が流れた。




