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144◇天恵の恋煩い




「……あ、はい。それならどうにか、教義にも反しないと、思い、ます」

 裏切り者が誰かを調べる。一度に複数人の記憶は覗けないから、結果的に面談のような形式となったそれ。

 今執務室にいるのは、『天恵の修道騎士』イヴだ。

 桃色の瞳と毛髪に、狐の耳。小柄な体格とたどたどしい口調は庇護欲をそそるが、彼女とてれっきとした英雄規格の来訪者。

 作戦の概要を伝え終えると、彼女は理解したことを示すようにこくりと頷いた。

「あぁ、アリエルもそう言ってたよ。ゲドゥンドラには四人も英雄規格が揃ってるから、正直力を借りられて助かる」

 ゲドゥンドラは戦争行為を禁止しているが、戦闘行為を禁止しているわけではない。侵略は決して行わないが、それは防衛を行わないということではないのだ。今回の戦いが防衛に属するものと明確に示しておくことでようやく、ゲドゥンドラの英雄四名の力を投入することが出来る。

「……わたしも、おにいさんの手助けが出来て、とてもうれしい、です」

「そっか。ありがとう……ところで」

「なんでしょうか、おにいさん」

 ストックの時などは、テーブルを挟んで向かい合って座っていた。

 だがイヴは幸助の隣に座り、三人は掛けられそうなソファーであるというのに身を寄せている。

 吐く息は熱っぽく、頬は赤らんでいた。

「……近くないかな」

「……ご迷惑でしょうか?」

 しゅん、と耳が垂れて、彼女は世の全てに絶望したような顔になる。

「嫌ってことはないんだけど、気になるかな……」

 嫌ではないと確認出来た瞬間、イヴの表情がこの世の全てを愛おしむようなものへと変わる。

「最近、おにいさんとてもお忙しそうで、お話する機会もあまり無かったから……。こんな状況なのに、イヴ、嬉しいんです。それも、二人きりで。こんなことを考えるイヴは、悪い子ですか……?」

 なんとも返答に困る言葉だった。

 そもそも、ここまで好意を寄せられる理由が……と、そこで思い出す。

 以前、耳を触らせてもらった時のことだ。亜人差別をしないこと。狐が好きであることなどを話した。その会話のどこかが、彼女の気を引いたのではないか。

「……どうかな。常に気を張るよりは、どこかで気を休めることも大事だと思う。英雄じゃなくて、自分である時間を『悪い』とは言えないよ。分別ふんべつは必要だけどな」

 彼女の瞳が、少し時間を置いた氷菓のように蕩ける。ふわりと、甘い匂いが立ち上るかのようだ。

「はい。イヴは、イヴで在れる時間を、おにいさんと過ごしたいと、考えています」

「……そう、か。えぇと、今はもう少し英雄でいてほしいんだけど」

「はい。おにいさんがそう仰るなら」

 と言いつつ、離れてくれる様子はない。

 諦め、幸助は本題に入る。

 裏切り者がいるかもしれないということ。

 記憶の精査とグラスの情報を提示してほしいといこと。

 それらを受け、イヴは。

「……つまり、イヴの全部を、見たいということ、ですか?」

 間違ってはいないのだが、やや誤解を招きそうな言い方だった。

 そして何故顔を赤らめているのか幸助にはよくわからなかった。

「……いいですよ、おにいさんになら。ほんとうは、恥ずかしいですけど、お好きなように見てください」

 唇に指を当て、上目遣いにこちらを見上げる。

 幸助は自分の心が汚れているだけで、この幼気いたいけな少女に他意は無いのだと自身に言い聞かせる。

「あ、でも昨日の夜はおにいさんで……いえ、なんでもないです」

 ……………………。

「もし連合を裏切っている人がいたら、大変ですものね。おにいさんもお仕事なんですものね。大丈夫です。とっても恥ずかしいですけど、イヴ、我慢出来ます、から」

 涙目で気丈に微笑む姿は健気で、とんでもない罪悪感が湧いてくる。

 だからといって、免除は出来ない。

 考えたくなどないが、それが狙いの演技かもしれないのだから。

 そうして、幸助は彼女の記憶を覗き――その潔白を確認した。

「…………ご苦労様、終わったよ」

 彼女は顔をカアァと赤く染め、両手で顔を覆ってしまう。

「見て、しまわれましたよね……?」

 昨日の夜。

 イヴは幸助と会話した時の映像を、夜明けまでずっとリピート再生していた。

 うふふ……と笑みを溢しながら、延々と。

「……あー、いや、ほら、趣味は、人それぞれだからさ」

 衝撃的すぎてフォローが上手く出来ない幸助だった。

「ち、違うんです。あの、あの時のこと、本当に、とても、とても、嬉しくて」

 そう言った彼女の表情が、あまりにも真剣なものだったから。

 逸しかけていた視線を、しっかりと合わせ、続きを待つ。

「教義で、差別が禁止されていても、抑制出来るのは言葉だけ、なんです。普通の人は、亜人を、『嫌な目』で見ます。優しい言葉や、柔らかい態度は、表向きの平等を、演出出来てます。けど、違う。人間を見る目と、亜人を見る目は……『違う』んです」

「…………あぁ」

 例えば、幸助のもといた世界でもそうだった。

 社会に適合した人間が社会不適合者に向ける目は、血縁や知己を見るものとは明らかに『違う』。

 幸助も、妹の仇を討つ過程でそちらの側に落ちたから、よく分かる。

 哀れむような、見下すような、『出来れば自分の生活圏から消えてほしい』という想いが滲んでいる、あの目。

 悪行を行っている者なら、それらを向けられても文句は言えない。正しく在れるのに、そこから外れた者なら、自業自得とさえ言えるかもしれない。

 けど、亜人は違うのだ。

 何も悪いことをしていなくても、『嫌な目』で見られる。『違う』と断じられる。

 その苦痛は、一体どれ程だろう。

 同胞ではなく、本来自分をそのような目で見る筈の人間である幸助から、差別は無いと言ってもらえたことは、進んで触れてもらえたことは、彼女にとって何度も繰り返し思い出したくなる、宝物の記憶なのだ。

「……そういう目を、少しずつ減らしていけるといいな」

 幸助の言葉にしかし、イヴはゆっくりと首を横に振る。

「いいんです。ちゃんと見てくれる人が、いてくれるなら……」

 陶然とした様子でこちらを見つめるイヴ。

「あぁ、おにいさん。イヴ、順番は気にしないですから」

「…………………………ん?」

「おにいさんからみて、イヴが何番目でも、大丈夫、ですから」

 なにやら彼女の中で幸助との関係がやたらと進行しているらしい。

「えぇと、だな……」

 次の英雄との予定までに誤解を解けるか、不安になる幸助だった。

 ともあれ、信用できる英雄――三人目。




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