143◇魔弾の射手に信を置き
アークスバオナは捕虜交換と十日の停戦を受け入れた。
これによって生まれた時間を、英雄連合は最大限活かさなければならない。
「……理解は、した。だが、全てが貴殿の考えている通りに運ぶ保証はあるのか」
ダルトラの各英雄に設けられた執務室。机を挟んだ対面に座るストックが、難しい顔をして言う。
現在、室内には幸助と『魔弾の英雄』ストックの二人だけ。
英雄旅団に勝つ為の策を、幸助は練っていた。
その為に不可欠な者の一人が、ストック。
幸助の話を聞いたストックはしかし、理解は出来ても上手く納得出来ないようだった。
「保証なんてないよ」
「――な」
「アークスバオナの英雄総数は不明だ。旅団の構成員に至っては、能力すらも分からない奴ばかり。そんな中で、誰が絶対に勝てる保証をしてくれるっていうんだ?」
「そ――れは、そうだが……」
「不透明な部分がある上で、勝つ為の方法がこれなんだ。他の皆に掛ける負担は、お前と俺次第で変わる」
英雄連合の生死を背負う、その重圧は計り知れない。幸助でさえふとした折に自分が何か致命的な間違いを犯しているのではないかと不安になる。ただ策を提示されただけのストックは、幸助を超える重みに襲われていることだろう。
それでも、ストックは笑った。
勇気を奮わせ、敢えて挑発的に笑う。
「……そのような大役、おれに任せてよいのか?」
眼鏡をくいっと上げる仕草は、平静を取り戻したと自分に言い聞かせる為のものか。
「お前だから任せるんだ」
「ふっ、そこまで貴殿に信用されていたとはな」
「腕はな」
「心は信用に値しないか?」
彼の軽口に、幸助は切り出す。
「それを、確かめさせてほしい」
「……というと?」
「裏切り者がいる」
「――――ッ!?」
ストックの驚愕は、本物のように見えた。
「……裏切り者? ……いや、間者の一切を国家から取り除くことは不可能だ。連合の規模ともなれば、幾らでも紛れ込む隙はあろう。有り得ない話ではない。……だが、貴殿が疑っているのは……」
「英雄の中に裏切り者がいる可能性を、考えて動かなきゃならない」
かつて王に聞いた話だ。
アークスバオナの『薄明旅団』は連合と連動して動く取り決めをしている。
敵の中に味方がいるのなら、敵だってこちらの中に同様のものを仕込んでいてもおかしくはない。
「……なるほど、少なくとも貴殿が敵ではないのは明白。故に貴殿が、敵味方を判ずるというわけか」
幸助がアークスバオナの英雄なら、スパイなどやる必要が無い。王族の暗殺も、他の英雄を殺害してからの逃亡も可能。ライクを殺害したことからダルトラの戦力を削いだと邪推出来るものの、であればのちのトワイライツ救出が不自然になる。
なによりも、死を前にしてグレアの誘いを断ったという事実。
幸助だけは、裏切り者と仮定することすら無意味なのだ。
そして幸助が真に裏切り者でないと断言出来る英雄は、今のところトワのみ。
仲間は信じたい。それは気持ち。裏切り者がいる可能性がある。これが事実。
であれば、幸助は英雄として疑わなければならない。
美しい感情が破滅を招くやもしれぬというのなら、それを排してでも必要なことをする。
「確かめるというのは、記憶の精査をするということか?」
「そうなるな。そんな間抜けがいるとも思わないけど、グラスの通信記録も見せてもらいたい」
「プライバシーの欠片もないな」
「申し訳ないとは思うよ。世界の行く末と天秤に掛けて、プライバシーの方が大切だって言うなら考え直すけど?」
ストックは目を丸くして、それから苦笑した。
「つくづく妙な男だ」
それから彼は「一つ、条件がある」と付け加えた。
「あぁ」
「…………あの、だな。その、ずばり訊くが! 貴殿とシンセンテンスドアーサー殿の関係を教え給えよ!」
顔を真っ赤にして何を言うかと思えば、ずっとそれが気になっていたらしい。
ストックはトワのことを好いているようだから、それと仲がよく見える幸助との関係性が気になるのは仕方のないことかもしれない。
今までは、隠し通すつもりでいた。
だがリュウセイの所為でアークスバオナには露見してしまっている。何かの拍子にバレるとも限らない。その時、隠匿の事実は不信感を生むだろう。ならばもう、隠すことは得策ではない。
なによりも、仲間に全ての情報を提示しろと言っておいて、自分一人隠し事など出来よう筈が無かった。
「……兄妹だよ。あいつは、双子の妹なんだ」
「…………兄、妹?」
予想外の言葉だったのだろう、ストックはしばらく呆けたように口を開いていた。
やがて、言葉を脳に浸透させたらしい彼が浮かべたのは――涙だった。
「……そうか、兄妹。だから、貴殿は」
来訪して間も無い幸助が必死にトワの無実を証明した件は、周囲に余程不自然に映るらしい。
兄妹。その一言で疑問が氷解したのだろう。
そして、理解して、幸助の気持ちまで考えた彼は、それに涙したのだ。
「……泣くこたないだろ」
眼鏡を外して涙を拭ってから、ストックは言う。
「済まない。今まで貴殿のことを誤解していた自分が、恥ずかしくなってしまってな……。てっきり、ダルトラが一夫多妻制であることを良いことに手当たり次第女性に手を出す色魔なのではと考えていた自分が本当に恥ずかしい……」
「恥ずかしいっていうか、失礼だな普通に……」
ただ、そう見えてもおかしくないというのも否定できない。
「……ずっと、不思議に思っていたのだ。貴殿には資質がある。資格もまた備えている。だが、何故転生して間もない男が、英雄を束ね戦争に臨まんとするのか。シンセンテンスドアーサー殿の為というのもあったのだな」
「……それだけじゃないけどな」
妹の平穏の為というのは、確かに大きな理由だ。けれど、最早それで全てと言い切れるような立場では無くなっている。
「そう、か。ともあれ、記憶の精査には協力しよう。それと、これは単純に疑問なのだが」
「あぁ、なんだ?」
「貴殿がギボルネより連れ帰った亜人の女性だが……シンセンテンスドアーサー殿にやたらと懐いてはいないか?」
「あー……」
そうなのだ。
エルマーの話を聞いたトワは案の定涙を流した。そして千年『黒野幸助』に寄り添ったセツナに思うところがあったらしく、すぐに打ち解けた――まではいい。
セツナがトワに四六時中くっつくようになったのだ。
『黒』を使える護衛ということで心強く、またトワ自身嫌がっていないのでそのままにしているが、周囲の注目は集めている。
「それはまた今度説明するよ」
記憶を覗く。
信用できる英雄、二人目。




