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復讐完遂者の人生二周目異世界譚【Web版】  作者: 御鷹穂積
【第三部《下》・英雄定義篇】復讐完遂者の人生二周目異世界譚-divergence fate-
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130◇黒野幸助、救い出す




 助ける、という幸助の言葉に、虎の瞳が細められる。

「……馬鹿ナ、人」

 それを最後に、彼女の声が人のものではなくなった。

 咆哮が空間を震わせる。

「知ってるよ」

 刃を翻し、右前脚の爪を断つ。

 彼女は気にした様子もなく左前脚を振るった。

 そちらに向かって一閃。左側の爪も切り落とす。

 再び右前脚の攻撃――同時に爪が再生する。

「……再生持ちか」

 確認が済んだ以上、切断は無駄と判断し後退。

 『風』属性魔法を展開し空中へ。

 彼女の足元に、じわじわと何かが――『黒』が広がる。

 そして、数十の『黒』き剣が幸助に向かって飛び出した。

「おいおい、それ、俺の魔法だろ」

 全てを【黒葬】によって吸収。

 今の攻撃で理解する。

 エルマーの『黒』とそれを用いた魔法を、彼女は使える。

 何故? 詳しいところは分からないが、一つ。

 英雄規格の人間が集中し目を凝らすことでようやく映る、それ。

 彼女の体から伸びる、魔力の糸。扉の向こうへ伸びていることから、誰の許へ繋がっているかも知れる。

 どうやら単純な魔力では干渉出来ない経路パスのようなものらしい。

 幸助は彼女の攻撃を避けながら考える。

 経路を断ち切る方法を――ではない。

 果たして、断ち切っていいものか(、、、、、、、、、、)と逡巡していた。

 自分を狂わせるものだとしても、彼女にとっては大事な主との大切な繋がりな筈だから。

「嘸惡惡惡惡惡惡惡惡惡惡惡惡惡惡惡惡惡惡惡惡惡惡惡惡惡惡惡惡惡惡惡惡惡惡惡惡惡――」

 しかし。

 咆哮を上げ、敵味方どころか生物と物の区別さえつかずに暴威を撒き散らす彼女を見て、理性を失い暴力装置と化した彼女を見て、覚悟を決める。

 扉の向こうにいる英雄も、自分に尽くす人間がこんな目に遭うことなど望みはしないだろう。

 急降下。

 彼女と扉の中間地点に降り立ち、その経路へ手を翳す。

「――【スゥ】」

 それこそ、糸が切れたように。

 彼女の体から力が抜け、倒れる。

 虎から人へ、戻る。

 通常の魔法で干渉出来ない範囲のものでも、『白』であれば『無かったこと』に出来るのだ。

 そして、単に亜人としての彼女は、既に敵と呼べる存在ではない。

「……ひどいことを、する人だ」

 苦笑交じりではあったものの、その言葉には深い悲しみが滲んでいた。

 体を起こした彼女は、今にも泣き出しそうな顔で幸助を見つめる。

「なんだよ、知らなかったのか?」

 胸が感じる痛痒を表には出さぬよう努めながら、幸助も笑う。

 すると、彼女はどこか拗ねるようにそっぽを向いて呟いた。

「馬鹿を言うな、こうすけさんは優しい人だ。あなたと違って」

 セツナとエルマーの関係性が、幸助とエコナのようなものだとするなら。

 なるほど確かに、彼女にとってエルマーはとても優しい人物なのだろう。

「……あなたは、あの人を殺すのか?」

 自分自身を手に掛けるのか。自殺とも違う。別の個人として存在する、けれどどうしようもなく自分としか言いようがない存在の殺害。

 止めようとでも言うのか、彼女は語りだす。

「あの人は、本当に優しい方なんだ。あの時代、亜人の立場は最悪だった。魔物に近しいが魔物ではなく、人に交じるには魔物然としている。なまじ個体としては人間より優秀なものだから、差別も酷かった。一人一人が強くても、数では人間に勝てない。わたしの母なんて、性奴隷用の家畜として飼われていたくらいだ。当然、その子供であるわたしも、そうなる筈だった」

 それを、エルマーが助けたのか。いかにもやりそうなことだ。

 魔物に殺される奴隷を見捨てられなかった、どこかの偽善者を彷彿とさせる。

「助けてくれた。名前をくれた。未来を、戦う術を、生きる……意味を、わたしが持つ全ては、あの人にいただいたものだ。だから」

 彼女は立ち上がる。

「ありがとう。わたしを救おうとしてくれて。けれど、わたしにとって、こうすけさんは、あなたではないんだ。彼を殺すというのなら、立ちはだからせてもらうよ」

「終わらせないことが、恩返しか?」

「――――ッ」

 セツナの体が、固まる。

「俺も同じだから分かるよ。精神汚染にやられてる状態は、とても『自分』とは言えない。完全にそうなってしまっているなら、エルマーは、もう――」

「それでも、生きてるんだ! それに、完全に狂ってしまったわけではない! あなただって見ただろう! 彼と繋がっているわたしがあなたと会話出来たのは、こうすけさんが正常に戻っていたからだ!」

「そうだな。正常でいられる時間はあるんだろう。たとえそれが、満月を見るよりよほど頻度が低くても」

「……っ。せ、千年経っているのだろう! 何か、何か方法があるのではないか!? そうだ。それだけの時があれば、こうすけさんを救う方法だってきっと……」

「二千年あっても、人は神になれなかった。千年じゃ、なおさら足りない(、、、、)

 神に与えられた力の弊害。神以外に、治す術を持った者など存在するのか。

「それでも! どこかに、何か! 『精神汚染』を、治す方法が――」

「あいつがお前に何を頼んだのか、自分で言っておいて忘れたか?」

 ――『殺してくれ』。

 そう言ったと聞いた。

 セツナがハッと息を呑む。

「…………わたしには、出来ないよ」

 下を向き、唇を噛んで、拳を握りながら、セツナは漏らす。

「俺がやる」

「……無理だ。あなたでは、勝てない」

「勝つんだ」

 力無げに顔を上げた彼女が、薄く笑う。

 無謀を、ではない。それは、何かを懐かしむようなものだった。

「そうか……それもそうだ。トワ様との再会が叶ったのなら、あぁ、彼女の暮らす世界を、あなたは守ろうとする。そうでなくても、他人の為に己を犠牲にするあなたなのだから」

「…………それはお前、ちょっと美化しすぎだろう」

「……刻むぞ。こうすけさんは美化するまでもなく、気高く美しい心根の持ち主だ」

 自分ではない自分を褒められるというのは、複雑な気分だった。

「――一つ、約束してほしい」

「……あぁ、なんだ」

「それが、どれだけ困難なのだとしても。せめて、安らかな最期を……」

「承った」

 幸助は即答する。悩む場面などではない。

 何もよりも大切な人が、どうしようもなく壊れてしまったのだと受け止めて。終わらせることを許す苦しみなど、想像も出来ない。そんな人間からの願い一つ汲まずして、英雄などと名乗れようか。

「なら、あなたに一つ、見てほしいものがある」

 彼女が幸助の前までやってきて、膝をつく。

「わたしの記憶を読んでくれ。彼が、どうしてこの地に封じられることになったか、知っておいてほしいのだ」





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