129◇セツナの嘆き
シロと初めて逢った時の会話を思い出す。
アークレアに転生するのは、平行世界も含むあらゆる異界から見出された人間。
だから、そう。『幸助と同じ人生を歩み、幸助と同じく妹を失い、幸助と同じく復讐を完遂し、幸助と同じく自殺した』別の『黒野幸助』がいても、おかしくない。
そして、差異を探すのが困難な迄に近似している個体の片方が転生資格を持つなら、もう片方もまたそれを得てもおかしくはない。
加えて、『神話時代から今まで、来訪者がどの異界・どの時代からでも訪れる』という性質。
幸助とトワが時間のズレなく転生したことから忘れがちだが、転生は『どの時代のアークレアに飛ばされるかわからない』というもの。
つまり、こういうことだ。
今此処にいる『黒野幸助』はこの時代のアークレアに転生したのに対し。
幸助とは別の世界の、けれど限りなく近しい道を辿った地球に存在した『黒野幸助』は――神話時代に転生したのだ。
そして、その時にはグラスなどは無い。
【加護】『トワの祈り』には気付け無い。
そして幸助のことだ。『自分程度の者が転生しているなら、妹だっているかもしれない』と考える。
その過程で、幸助と同じく大切な者を増やしていき、人類を救う羽目になった。
いや、ある程度は己の意思だろう。
エルマー。幸助は英雄となったことで新名を与えられたわけだが、その時代に王室は存在しない。
各々が新たな名を掲げた筈だ。アークレアにて『クロノコースケ』という響きは一般的ではない。
故に、仲間達に浸透しやすく、それでいて、『妹が兄との関連性を見出してくれる』名前をと考えた。
二人で熱中した、本の主人公の名前。噂が広まれば、幸助の情報と名前がアークレア中を席巻すれば、妹がどこにいようと気付いてくれるかもしれないと考えたのだろう。
それくらい分かる。なにせ、自分のことだ。
「…………侵入者、一つ問う」
「……なんだ」
「貴様は妹御に――トワ様には、お逢いすることが出来たのか」
――確定だ。
「……逢えたよ」
「…………あぁ、なんてことだ……」
女は目を覆い、この世の全てを呪うように叫んだ。
「何故だッ!? 何故貴様なのだッ! あの人は世界を救ったのに! 人類を護ったのに! それなのに、あいつらは、あの人を、こんなところに閉じ込めて! ――なのに!」
女が幸助に襲いかかってくるのは、見えた。
けれど、避けない。
地面に押し倒され、首に手を掛けられる。
「逢えなかった! あの人は……こうすけさんはッ! トワ様に逢えなかった! なのにどうして! お前とこうすけさんの何が違う! お前はそんな上等な服を着て! トワ様との再会も叶って! その上あの人の力を奪いに訪れた! ずるいじゃないか! 酷いじゃないか!」
首に掛けられた力が、不意に緩んだ。
代わりに、女性から大粒の涙がぼろぼろと溢れる。
「……あの人の願いは何一つ叶わなかったのに…………あなたみたいな存在がいたら、こうすけさんが可哀想じゃないか……」
扉の向こうに『黒野幸助』がいるのなら、彼女は封印された際に巻き込まれたのか。
いや、時間感覚を狂わせる通路を思い出す。
生命としての規格が変わっている様子はない。おそらくこの空間こそが肝だ。
此処で過ごした分、外の時間も経過はする。けれど、此処で過ごす分には、肉体年齢が進まないのではないか。
それは、どんな地獄だったろう。
彼女は言った、主の眠りを妨げること叶わぬと。
では、この女性は。
心の壊れた主を、それでも守ろうと。
千年もの間、ずっと此処に、一人で――。
「……ありがとう」
彼女は目を丸くする。けれど涙はすぐに止まらず、ぽろぽろと真珠のように落ちた。
「な、にを言っている」
「お前、名前は?」
「だれが、主に貰った名を、貴様などに」
主に貰った名。
それだけで、幸助は分かってしまう。
「当てようか」
「ふ――ざけるな! 同じ顔をしていようが、同じ力を使えようが、貴様はこうすけさんではない! 『黒野幸助』という、別の生き物だ!」
「――セツナ」
ぴたりと、体の動きが止まる。
「俺ならそう名付けるね」
「どう、して……」
当たっていたようだ。
別の、それでも我が事ながら、単純さに苦笑が漏れる。
永遠からの連想で、刹那。
いかにも、シスコンの自分らしい名付けだ。
セツナは立ち上がり、幸助から数歩離れる。
「……あの人を、どうするつもりだ」
どうやら、対話の余地が生まれたらしい。
「……お前から見て、エルマーは救える状態か?」
彼女は再び泣き出しそうな顔をしながらも、表情を苦しげに歪めるに留め、首を横に振る。
「この空間では日数の経過も判断出来ないが……おそらく、年に数回。それだって極短い時間だが、元のこうすけさまに戻る時がある。今もそうだ。けれど、それだけだ……加えて」
「……なんだ?」
「その度に、あの人は言うんだ。『殺してくれ』って。自分では、殺せないようになっているらしい」
それもまた、精神汚染の弊害だろうか。自殺を禁じ、歪みの進行を強制する。悪夢だ。
「……侵入者ッ!」
セツナが突如叫び出す。
見れば、彼女は苦しげに体を抱え、悶えている。
「――こうすけさん、が」
ライクは『黒き獣』と戦ったと報告していた。
そして、年に数度だけエルマーが落ち着くという時間。今がそれだというセツナの言葉。
まだ不明な部分も多いが、おそらく。
セツナとエルマーは何かしらの方法で繋がっており、彼女はエルマーの影響を強く受ける。
彼女の体が膨れ上がり、漆黒の獣となった。
「去れ、殺シたくは、な」
爪痕だらけの空間。刻んだのは――彼女自身か。
「【黒纏】」
爪の一振りを、不壊の剣で防ぐ。
「な、ゼ」
「お前が何を言おうが、俺だって『黒野幸助』なんだよ」
別の存在であるとはいえ、自分の為に千年の時間と苦衷を受け入れ、その上でまだ忠誠心を持ってくれている女性。
それが苦しんでいるというのに、去れと言われて逃げられるものか。
「……助けてやるから、遠慮せず掛かってこい」




