127◇蒼い瞳と空を見て
腕の中で、すぴぃすぴぃと、可愛い寝息がする。
起こさぬように、童女がもう少し夢の中にいられるように、ゆっくりと移動する。
王城内の階段を上がった先。
特別に許可を得ていた。迷わずそこへ入る。
テラスだ。
そこからは、王都を一望することが出来る。
「……くちゅん」
蒼氷の瞳が開かれ、そこに幸助が映った。
「……こうすけさんがいます……夢?」
何か言う前に、エコナは幸助の胸元に顔を擦り付けた。
「すごいです……夢なのに、匂いもするし、温かいですし……」
「あはは、まぁ、夢じゃないからなー」
「………………………………………………………………ふぇ」
確認することを恐れるように緩慢に、エコナが顔を上げる。
「夢、じゃない、ですか?」
「うん。ただいま、心配掛けちゃったな」
彼女の頬が、林檎のように赤くなる。
「も、ももも、申し訳ありません……! いえ、違うんです、普段こうすけさんが寝ている時も同じことをしているなんて、そういうことは決して……!」
しているらしい。
「いいよ、大丈夫。それより寒くないか?」
彼女をそっと下ろす。
「あ、え、あれ、ここは? くちゅん……」
幸助はコートを脱いで、彼女の肩に掛けてから、外の景色を指指す。
それにつられる形で夜明けの空に染められる王都を見て、童女は感激したような声を出す。
「ふぁあ」
両手を合わせ、幸助の方を振り仰ぐ。
「すごいです……! きれいです……!」
そう言ってはしゃいでいたものの、彼女はすぐに首を傾げてしまう。
「でも、どうしてここへ?」
幸助は彼女を再度抱き上げ、飛んだ。
『風』属性魔法による空中飛行である。
「わ、あわわっ、こ、こうすけさん……!?」
最初は落ちないようにか幸助にしがみついていたエコナだが、やがて落ち着いてきたのか周囲を見渡し、またしても感嘆の声を漏らす。
「きれい……」
「あっちがゼストだな」
「……はい。こうすけさんに、救っていただいた場所です」
「あっちが酒場」
「みなさん、とても良い人で、大変なこともありますけど、毎日楽しいです」
「あっちが家だ」
「……あの、実はこうすけさんがいない間、その、夜、寝る時……こうすけさんの部屋で寝ていました」
本当に申し訳なさそうにエコナが言うので、幸助は明るく「いいよ」と笑った。
「シロも、エコナも、みんなも、心配してくれてたんだよな。大した説明もしないでいなくなってごめん」
「そ、そんな……! こうすけさんは、国を守る為に……」
「違うよ、エコナ。違うんだ」
自分が彼女を王城上空に連れてきたのには理由がある。
「シロや、酒場のみんなが好きだよ。自分の夢を持って頑張るエコナが好きだ。生意気だけど妹だし、トワも当然好きだ。一度しか逢ったことの無い奴でも、この国には優しい人間が多かったよ。守りたいのは、それなんだ」
エコナは幸助の顔を上目遣いに見上げたまま、静かに耳を傾けている。
「好きな人達が、明るく暮らせる景色の為に戦うんだ」
「でも……それでこうすけさんが、帰ってこられなかったら、わたしは」
「うん。大丈夫、自分もちゃんと、その中に入ってるから。帰って来るよ。俺が死んだら、何人かの明るい暮らしとやらがダメになるみたいだから」
シロとの会話で、ようやく理解出来たことだ。
幸助の言葉に目を丸くしたエコナだが、やがて綻ぶような笑みを浮かべる。
「……はい。すくなくとも、わたしはだめです」
「俺だって、エコナが色んな魔法具作って多くの人を笑顔にするところを見るまでは死ねないし」
「ふふ、覚えていてくださったんですか」
「忘れないよ。あとほら、これもあるから大丈夫」
以前エコナに貰ったミサンガめいた腕輪を見せる。ロロ・ラァ。死の危機を一度だけ救ってくれるという、祈りが込められた装飾具。
幸助がそれを掲げて見せると、彼女はその腕を小さな両手でそっと抱えて、口許に寄せる。
「…………なにしてるんだ?」
「こうすけさんを守ってくれますように、と祈りをちゅーにゅーしています」
「これ以上効果が凄くなったら、傷も負わなくなりそうだな」
「そんなことが、出来ればいいのですけど」
彼女はしばらく瞑目して祈っていたが、しばらく経ってゆっくりを目を開く。
「こうすけさん」
「ん?」
「わたしの胸も、さわりますか」
危うく魔法が解けかけた。
「ひゃあ」
二人で数メートル落下しつつ、どうにか持ち直す。
「な、な、な……エコナちゃん」
「ちゃん……? え、あ、はい」
「起きてたの……?」
「ぼんやりしてて……さっきまであれも夢だと思っていたんですけど」
確かに大声も出してしまっていたし、起こしてしまってもおかしくはなかった。
「それとも……わたしの胸では元気になれない、でしょうか? 小さい、ですし」
幸助は顔が熱を持っているのを自覚しつつ、努めて冷静に言う。
「いや、エコナ。あれだ、子供の胸を触るのはよくないことなんだ」
「な、なるほど……! では、わたしが大きくなった時には……っ!」
「いや、エコナ。あれだ、恋人以外の胸を触るのもよくないことなんだ」
「……そう、なんですか。わたしはこうすけさんのお役に立てないんですね……」
しょぼんと肩を落とす彼女にどんな言葉を掛ければいいのか、どれだけ考えても思いつけない。
頭を悩ませる幸助を見て、エコナがふふっと小さく笑みを溢す。
「エコナ?」
「……寂しかったので、ちょっと意地悪言ってしまいました。すみません……」
えへへ、と舌を出して笑うエコナを見て、幸助は脱力する。
「そっか……」
エコナもいつのまにか、そういったことを覚えたらしい。
あるいは元々持っていたそういう性質を、ようやく幸助の前でも出せるようになったのか。
そうであればいいな、と幸助は思った。




