124◇山窮水尽、されど屈せず
自分がどうやって帰ったのか、よく覚えていない。
気付けば行きと同じ西門の前に立っていた。
「コウちゃん……!」
という声がして、前面に衝撃。
誰かに抱き締められたのだと気付き、それから相手がトワだと気付く。
「と、わ」
「よかった……! 心配したんだから……!」
幸助を抱き締めながら、ぐずぐずと文句を連ねる彼女を見て、リュウセイの言葉を思い出す。
その非道の全てを、今のトワは覚えているのだ。それなのに、そんな様子を見せはしない。
そればかりか、不肖の兄を心配などしてくれている。
幸助はそっと彼女の背に手を回し、ゆっくりと抱き締める。徐々に、込める力を強くしていく。
「こ、コウちゃん……? ちょっと、苦しい……それに、長くない? は、恥ずかしいなぁ、なんて」
「トワ」
「は、はい……」
言うべき言葉が見つからない。ごめん、ではないだろう。頑張ったな、も違う。彼女に心の傷を意識させる全ては、掛けるに適していない。では何か。
「……ただいま」
結局、それに留めた。
すっと、彼女の体から力が抜けるのが分かる。
「うん、おかえり。おかえりなさい、コウちゃん」
本音を言えば、泣き出したかった。子供みたいに泣き喚くことが出来たなら、胸の裡で暴れる感情も少しは解消出来たかもしれない。けれど、幸助の立場も、心も、それを許さない。
トワから離れる。
西門には彼女だけでなく、軍部の者もいた。
「ナノランスロット卿、クリアベディヴィア卿は……」
「その件も含めて話がある。同盟国の英雄と、各国の統帥権保持者を集めろ」
「は、はっ? いえしかし、それは……」
「応じない奴は放っておけ。少なくとも英雄達は来る筈だ。滅びたいなら無視しろと伝えろ」
幸助は打てる手を打っていた。だが、それでも足りなかった。
けれど、打つ手がないなんて状況ではない。誰の目にそう映っても、幸助はそうは思わない。
「……勝つんだ」
◆
大きな会議室だ。今まで使用していたものの数倍は広い。
コの字型に席が並び、そこに英雄や軍上層部の者は腰掛けている。
幸助はコの字で言うところの線が無い部分に立つ。
周囲のざわめき、不満の声を無視。
「これを視てくれ」
そういってグレアとの戦闘映像を見せると、誰もが黙った。
そして、爆発するように騒然とする。
グレアが真に『暗の英雄』であるというのもそうだが、旅団のメンバーが全員英雄であることも問題だった。
把握していない英雄なのだ。
あれが総勢でない可能性、元々判明していた英雄などを合わせれば、アークスバオナの保有する英雄は三十に届いていてもおかしくない。更には、『白の英雄』まで失った。
勝利は、もはや絶望的。
「勝つ方法は残ってる」
全員の視線が、幸助の集中する。
連合全ての行く末を、小僧一人の意見で操ろうというのだ。その重圧が、幸助を押し潰さんとのしかかる。
「……この映像には、二点、重要な情報が隠れている。
一つ、『神託授受者』。グレアグリッフェンは【黒迯夜】を見てそう言った。そして、それを部下達が消滅させた際のセリフも妙だ。介入しなければ、概念属性でないと相殺が間に合わなかったという風に聞こえる。つまり、奴は――【黒迯夜】が使えない」
元々精神汚染加速によって発現した魔法だ。その精神汚染加速もスキル『セミサイコパス』発動によるもの。転生によるステータス補正やスキル獲得は個々人によって異なる。
グレアは、彼が言うところの神託を得られなかったのではないか。
「二つ、クウィ……クリアベディヴィア卿による『悪神の玩具』という発言。それを否定していないことからも、こう推測出来る。奴が『暗』へと変じることが出来たのは、悪神自身にその力を与えられたからだと」
本当は、人造英雄とは何かを問い質したい思いもあった。
けれど、今この場で話すことではない。
「要するに、以下の仮説が成り立つ。『資質の面では俺が優る』そして『敵は悪神と繋がりがある』」
幸助の言葉を受けて、また騒然とする。
その内、誰かが言った。
「それのどこが勝つ方法なのだ? 事実だとしても、貴殿はこの時代においてやつに劣っている。そして悪神が敵についているのであれば、それを獲得することも不可能ではないか」
「不可能じゃない」
「――――ッ!?」
望んでいた言葉に、幸助は返す。
これでもう、みんな幸助の言葉に耳を傾けざるを得ない。
「神話を思い出せ。『黒の英雄』は悪神を食らった。今回の件からも『暗の英雄』との同一人物説が正しかったということだろう。着目すべきは、彼が何処で没したかの記述が見られないことだ。『紅の英雄』や『燿の英雄』はダルトラの興国に尽力したと残っているのにな。最も大きな貢献をした筈の彼がその後どう生き、どう死んだか書かれていないのはなんでだと思う?」
誰もが固唾を呑んで幸助の次の言葉を待っている。
「神も悪神も滅びてはいない。休息に入っただけ。本物の英雄なら、こう考える筈だ。いつか悪神が復活した時、未来の英雄達はどう対抗するべきなのだろう、と。少なくとも俺なら考えるね。考えて、思いつくのは二つ。いつか現れる『黒の英雄』の為に悪神の一部を何処かへ封印する。この場合、どこかしらに記録が残っていてもおかしくない。誰か知ってる奴は?」
口を開く者はいない。
「そしてもう一つ。これは胸糞悪いが、悪神の一部を保存していなかった場合の手段だ。つまり、『暗の英雄』の肉体を何処かに封印する。死んだ状態でってことなら、これもまた記録に残っていないとおかしい。だから、こういうことなんだろう。どんな事情があったのかは知らないが、神話英雄は――『暗の英雄』を生きたまま封印した」
会議室内に激震が奔る。
「あ、有り得ません! ナノランスロット卿! あなたの発言は聖者への冒涜です!」
『剣戟の修道騎士』アリエルが立ち上がって抗議する。宗教国家所属の者としては受け入れられない仮説だろう。彼らは神話英雄を聖者と呼び讃えているのだから。
「冒涜じゃないよ、アリエル。彼らの正義に基づいた行動なんだ。自身の限界を超えた『併呑』を行う場合、『精神汚染』と言って思考が狂わされる。多分『暗の英雄』は末期だったんだろう。けれど殺すことも出来なかったから、封印したんだ。後世へ伝えなかったのは、それこそ英雄への憧憬が消えてしまうと考えたからだろう。自身らが持つ象徴としての価値が、人々を導く為に必要だったから」
幸助の言葉に納得したのかどうか、アリエルはゆっくりと腰を下ろした。
死者を埋葬したという形ならまだしも、まだ生きている仲間を封印したなど伝えられるわけもない。
けれど必要と判断した。そして現に今、必要になっている。
「でも、見つけられない場所に隠しても意味が無い。だから、発見する方法はある筈なんだ。普通は見つからなくて、けど不可能ではない方法で……」
見つけて、呑み込みさえすれば。
初代『暗の英雄』を『併呑』し、その力の全てを己のものと出来れば。
グレアの言っていた『時間』など、一瞬で埋まる。
加えて、こちらも概念属性を使用可能となるのだ。
そうなれば、資質で優る幸助が勝つ。
もう、負けない。
そして、クウィンを取り戻すのだ。




