123◇英雄旅団、空を奔り
「訣別は済ませたか」
旅団の許へ行くと、英雄旅団の長らしき男が言う。
男はグレアグリッフェンと名乗った。グレアか団長どちらかで呼ぶようにとのこと。
「別に……したくてしたんじゃない」
「構わん。クロノの生死が貴様を縛る枷になるのであれば、それだけで奴には生かす価値が在る」
言葉の片手間に、グレアが漆黒の巨竜を作り出す。
「あのね、シンラ、竜さんに座席があればいいと思うのです」
「そういえば、メトレ、竜くんに座るところがあればいいと思うのだぞ」
双子が、似たようなことをやや言い回しを変えて言う。
「……そんなものは竜とは呼ばん」
言いながら、グレアは巨竜の背をやや平坦にした。
「此れで我慢しろ」
わー、とじゃれあいながら双子が巨竜に乗る。
「ところで団長。良かったのかな、クロノくん? を生かして帰すんじゃ、リュウセイくんが報われないと思うんだけど」
モノクルの青年の言葉に、グレアは「筋書きを多少変える」と返す。
「あー、『白の英雄を味方に引き入れる段取りをつけたが、勘付いたクロノに殺されてしまった』とか? それなら彼の顔も立つね。なら良かった」
「なによレイド、あなた、リュウセイと仲良かったの?」
巨漢の右肩に乗ったままの幼女が意外そうな顔をすると、レイドと呼ばれたモノクルの青年は肩を竦める。
「いやぁ、実は彼に一杯奢ってもらったことがあってさぁ」
「へぇ、だから酒の一杯分は気にかけてやろうってわけ?」
「義理ってそういうものでしょ?」
文脈から、英雄旅団以前にクロが戦っていた相手だろうと推測。いないということは、死んだのだろう。
レイドがそのリュウセイとやらを気にかけたのは、本当に酒の一杯が理由だったようで、死を悼む様子は無い。
「へぇ、じゃあこのフィーティさまが死んだら、どれだけ気にしてくれるのかしら」
「きみに何か貰った記憶が特にないんだけれど」
「なに言ってるのよ愚か者。これまで何度も、高貴なるフィーティさまが、あなたのような愚か者と、口を利いてあげた恩を忘れたって言うの?」
「わーお。価値観が違い過ぎて対話の余地が見つけられないな~」
茶番のような会話を繰り広げなら、彼らもまた竜の許へ。
「ささ、クリアベディヴィアさま。ご搭乗くださいな。初めてで慣れないでしょうが、案外乗り心地のいいものですよ、竜というものは」
仮面を付けた女が、いつの間にかクウィンの背後に立っていた。
「やぁねぇフェイス。それじゃ逃げ道塞いでるみたいで感じ悪いじゃない。もう仲間なんだから、信用してあげなさいよ」
女の姿をした人物から、男の声が出る。
元々逃げるつもりなど無かったし、信用などどうでもよかったので無視。
黙って竜の背に乗る。
最後にグレアが乗ると、竜が飛び立った。
気味の悪い浮遊感は一瞬のことで、すぐに安定する。
周囲に『風』属性魔法が展開されるのを感知。発信者はグレア。
高度や竜の速度を考え、団員達に不便が無いようにという配慮か。
実際、寒くもなければ風も感じない。
「と、いうわけで。つくまでに時間もあるわけだし、自己紹介といこうかな。僕はレイド。レイドレッド=レインズ。旅団メンバーは基本隠されてた英雄だから、英雄銘は秘密ってことで」
翠を帯びた黒い毛髪、同じ色合いの瞳。モノクルをつけていない側の目は前髪で隠れている。涼しげな笑みを常に湛えているが、『蒼の英雄』ルキウスと比べると胡散臭い。かといって『暁の英雄』ライクのように自己愛が滲んでいるでもなく、男の笑顔からは何も感じられなかった。作りものめいているから、胡散臭いと感じるのかもしれない。
クウィンは取り敢えず、それを無視。
「ふっ。レイド、あなた無視されているわよ。無視されちゃったわね。滲み出る愚かさに閉口しているのよきっと。さぁクウィンティ、フィーティさまこそは、フィーティ・シードサイド=アージェントリリスよ。尊崇を込めてフィーティさまと呼びなさいな」
頭頂部は銀髪だ、そこから徐々に色合いが変わっていき、毛先まで行くと金髪になっている。瞳は満月のように丸く、焔のように紅い。クロと寝食を共にしているエコナとかいう童女と比べても、そう体格に差は無い。そんな不思議な髪色の童女は、あぐらを掻いた大男の膝にちょこんと収まっている。その可愛らしさとは逆に、態度は尊大極まりない。
「ちなみに、このデカイだけが取り柄の人間椅子は、トラッシュ=ビーベイジというわ。トラとでも呼んでやりなさい。……って、聞いてるわけ?」
大男は喉に十字傷が刻まれている。道理で口を開かないわけだ。そうでなくても寡黙な印象で、なんとなく動物に好かれそうだなとクウィンは思った。反面、人付き合いは苦手そうだ。
「まぁまぁお二方。クリアベディヴィアさまもお疲れなのでしょう。そうだ、『恭敬の英雄』ことフェイス=ベルホリックが皆様にお茶を淹れましょう。こんなこともあろうかと、茶器も茶葉も持参していたのですよ」
いそいそと準備を始めたのは、目を覆う仮面を付けた女。鼻は高く、唇は艶めいている。顔の造形は優れているように思うが、目を隠すのは何か別に理由があるのか。胸はシロより豊満で、その癖腰は細い。毛量は多く純白で、二つに結って後ろに流している。
「これはですねー、年の収穫量が非常に少ないドルドレ――あぁ……! 風に攫われていく!」
紅い茶葉が遙か後方に流れていく。
「あ……あぁ……なんてことでしょう。……グレアさま! 戻ってくださいっ……! かき集めて参りますゆえ!」
「……無理を言うな。後で都合をつけてやる、諦めろ」
「……しくしく、折角、このとっておきの茶器でクリアベディヴィアさまとお近づきになろうと思いましたのに――あぁ……! 竜の背から落ちていく!」
高そうなティーセットが遙か下方へ落下していく。
「…………こんな、こんな絶望がありましょうか。……グレアさま!」
「……同じものを用意させよう。泣くな」
「さすがですグレアさま! クリアベディヴィアさま、ではお茶会は帝都へついた後にでも」
忙しい人だな、と思う。結局フェイスとクウィンは言葉を交わしていないというのに、彼女は満足げに頷いていた。
「みんな考えが甘いのです。仲良くなるには甘いものなのです。つまりクッキーなのです」
「誰も彼も読みが甘いのだぞ。こういう時は甘いものなのだ。つまり焼き菓子なのだぞ」
双子だ。顔は瓜二つで、髪色も同じクリーム色。
「さぁクウィンさん、シンラのクッキーを分けてあげるのですよ」
シンラから見て右の毛髪が、ドーナツのように結ばれている。そして彼女の方はややタレ目。
「ねぇクウィンくん、メトレの焼き菓子を食べてもいいのだぞ?」
メトレから見て左の毛髪が、ドーナツのように結ばれている。そして彼女の方はやや吊り目。
二人共両手に一杯の菓子を、クウィンに差し出していた。
しばらく無視していると、二人のお腹がぐぅううと鳴り、更にはよだれを垂らし始める。
「……わたし、要らない、から。勝手に食べれば」
言うと、二人はパァッと表情を輝かせてもしゃもしゃもぐもぐと菓子を頬張り出した。
リスのように頬が膨れるさまを見ていると、まるで英雄とは思えない。
「…………みんな気付いてるかな。みんな無視されてたのに、シンラとメトレだけレスポンスを返してもらってるって事実。みんな、双子に劣ってる。悲しい現実。ふふふ」
膝を抱えてぼそぼそ呟く女がいた。目許には隈が刻まれ、赤褐色の毛髪は全方面に伸びている。猫背で声が小さく、陰気な印象を受ける。
「ちょっとネウローゼ。折角和やかな空気になりかけてたんだからよしなさいな」
痩身で、金の長髪。顔は美女だが、声が野太い。
「あぁ、アタシが最後になっちゃったようね。アタシの名前はクイーン=クリティコ。名前の響きが似てる者同士、仲良くしましょう。奇遇なことに、美しいという共通点もあることだしね」
「……いやー、美しさでは惨敗を喫しちゃってるでしょ。なに拮抗を演出しようとしてるのさ」
「ちょっとレイド、アタシが美しくないとでも言いたいわけ?」
「何を言ってるのさクイーン。きみは美しいよ。ただ客観的に見た時、クウィンティくんには遠く及ばないというだけのことじゃないか」
「ふっ、このフィーティさまを前にすれば、どれも木の背比べも同じだけれどね……!」
「何を仰いますかフィーティさま、人の価値を顔貌で判じるなど愚か者のすることですよ。真に計るべきは、そう、心胆の美でございましょう。フェイスはそう思いますが?」
「……うわ、なんか綺麗事言ってる。顔がどうでもいいなら、自分がまず仮面とればいいのに……」
「クッキー美味しいのです」
「焼き菓子甘いのだ」
クウィンは耳を塞ぎたくなった。
このお気楽な連中は、既にクウィンを身内扱いしている。
『仲間』という薄っぺらいラベルを貼ったその瞬間から、彼らにとって対象は真に仲間らしい。
気持ち悪い、とそう思った。
「あなた達は、どうして彼に従うの」
この気持ち悪い集団が、纏まりがないながらに纏まっているのは、おそらく統べる者が関係しているのだろう。
クロがバラバラだった英雄連合を纏めたように。
全員が同時に、不思議そうな顔をした。
「おいおいクウィンティくん。それはあれだよ、まさしく愚問ってやつじゃあないか。僕らが団長に従う理由? そもそも従ってるつもりなんかないけどさ、それでも言うなら理由なんて一つだよ」
「好きだから。共に在る理由なんて、それ以外に要らないだろう?」
レイドの言葉を、誰も否定しない。それどころか頷いたり自分の言葉で表明したりなどしている。
フィーティは恥ずかしげにそっぽを向いていたし、トラは相変わらず何も言わなかったが、気持ちは同じとばかりの表情だ。
「あれあれ~? ちょっとみんな、見ておくれよ。我らが団長の耳が、赤くなってないかい?」
グレアだけは集団から少し離れたところに座っていた。こちらに背を向けているが、よく見れば確かに耳が赤くなっているようにも見える。
「あはは、あの『暗の英雄』が! 皇帝陛下の密命を受け十年も帝国で暗躍したグレアグリッフェンが! あははは! 部下に褒められて照れて――うぉおおおお!?」
急に竜が旋回した。
「どうしたレイド、死にたいなら最初からそう言え」
「待って待って団長! 僕だけじゃなくてみんな落ちちゃうからさ!」
「貴様以外は拾い上げるに決まっておろう」
「ごめんってば……! 謝るからさ……!」
「フン……」
元に戻る。
「いやぁ、あっはっは。そんなわけで、みんな団長と旅団が気に入っているんだ。それだけさ。いつかきみも、そう思えるようになるといいんだけれど」
レイドの言葉を、クウィンは理解出来なかった。
そんな日、来るわけないのに。
視線を彼らから外す。
空が綺麗だ。
クウィンは考える。
クロのことを。




