122◇人造英雄、賭して守りて
人造英雄。グレアの言った言葉の意味を、幸助は知らなかった。
「……あなたこそ、裡に何を容れているの?」
クウィンは動じることなく、鞭を持ったまま言葉を返す。
「ほう……感じるか。あるいは、視えるのか。ならば話は早い。造りは違えど、貴様と同種のものだ。理解出来ぬとは言わせんぞ、人造英雄」
クウィンはつまらなそうに吐息を漏らし、これまたつまらなそうに言う。
「悪神の玩具?」
「フッ。そうとも、貴様が愚物共の玩物であるように」
鞭が絡みついたままの両手剣を、グレアが強く引く。
一瞬でクウィンの体が浮かび上がった。
しかしクウィンはそれを利用して、幸助の前に降り立つ。鞭もいつのまにか両手剣から離していたようだ。
「クロ。平気?」
などと言って、空いた手でぺたぺたと幸助の頬を触る。
「……あ、あぁ。でも、お前」
『黒』と『白』は最高戦力だ。王都が狙われる最中にそれらを国境線に投入するなど、許可が下りるわけがない。
彼女のことだ、それらを無視して救出に駆け付けたのだろう。
幸助は謝罪の言葉を口にしかけて、やめた。
「……ありがとう。助かったよ」
「うん。役に立ったなら、良かった。でも……まだ、助かってはない」
幸助とクウィンの意識が、グレアへと向けられる。
「己はこう感じている。『愉快だ』と。話を聞く限り、どうやら人造英雄はクロノ、貴様を救けに来たようだ。よもや、こんなことが起こるとはな」
「……何が言いたい」
「……あぁ、成程。貴様は知らんようだな。無理もない。だがな、此れは知る者からすれば驚天動地の出来事に他ならない。何者も、人形に心胆が伴うなどとは思うまい」
…………人形?
「黙って」
「人造英雄。何故割って入った。此の場に到達するより以前に、理解していた筈だ。彼我の戦力差、介入後の結末、分からぬわけもなし。何故貴様は、死ぬと分かってなお、現れた」
クウィンの実力の全てを、幸助は把握していない。仲間として、能力などは理解している。共に戦ったことだって。けれど彼女はいつだって、本気になっているようには見えなかった。
底知れないのだ。
そのクウィンの介入を持ってしても、なるほど状況は変わらず絶望的に違いない。
では、何故クウィンは幸助を助けようなどと思ったのか。
「好きだから」
簡潔で、明瞭な答え。
英雄旅団も、幸助も、呆気に取られる。
直後、幸助は自分の勘違いを強く恥じた。
クウィンが自分に好意的なのは、英雄をやめたがっている彼女を肯定しているという一点が理由だと勝手に思っていた。
けれど、今この場で幸助を助けるということは、死ぬということ。
死ねば英雄をやめるなんてことは出来ない。役目から解放されるという意味では叶うが、それを望んでいるわけでもないだろう。
なら、彼女が命を賭して飛び込んで来てくれたのは、幸助のことを――。
「フッ。ハハッ、ハハハハッ! そうか! ……これまでの無礼を謝罪しよう、クウィンティ・セレスティス=クリアベディヴィア。貴様は礼を払うべき、一人の人間のようだ」
ならば、今までグレアにとってクウィンは人間という括りに含まれていなかったということで。
「その上で問おう。貴様はどうするつもりだ? 英雄旅団より逃げ果せる路など、この世の何処にもありはしないというのに」
「逃げない」
「抗い、打ち勝てると?」
「無理」
「……ならばどうする」
クウィンは幸助にだけ聞こえる声で呟く。
にげて、と。
「ふ、ざけんな……!」
咄嗟に叫んだ幸助を見て、グレアも状況を理解したようだ。
「美しいな。だが愚かだ。例え貴様が身命を擲ったとて、クロノを生かすこと能わぬ。不可能事と弁えよ」
「それでもやる」
「より、善い択を提示しよう」
グレアは幸助にしたように、クウィンに手を伸ばす。
「クウィン、貴様が旅団に加わるというのであれば、我らは此の場を引こう」
そうだ。幸助を認め、欲した彼ならば。クウィンを認めれば当然、彼女も欲する。
「……分かった」
「だめだ!」
クウィンがあまりにも簡単に承諾するものだから、幸助の方がその分を必死さを発揮するように叫ぶ。
「じゃあ、どうするの?」
「――――」
血を滴らせた紅玉のような眼が、こちらを見る。
その光沢に反射するは、何の方策も持たぬ無様な少年。
「訣れの言葉を交わす時間はくれてやる」
そう言って、英雄旅団は距離をとる。もはや決定事項とばかりに。
「……えぇと、こういう時、どうするのが、『普通』? だっこ、とか?」
彼女の声は平坦で、悲壮感などは感じられない。
「だめだ、クウィン。こんなのは――」
自分が無力な所為で、無能な所為で、誰かが損なわれるのはもう嫌だ。
だから、英雄の役目だって、背負うことにしたのに。
これじゃあ、こんな、様では。
クウィンがぎこちなく幸助を抱きしめ、囁く。
「【白】」
かくんと、幸助の膝が折れる。地面に、倒れる。
「……は?」
「あなたの体内魔力と、体力を『無かったこと』にした。大丈夫、器の中身を消しただけだから。時間が経てば、満ちる」
魔力器官や肉体を消したわけではないから、時間経過と共に回復すると言いたいのだろう。
ここまで間抜けにも食らってしまったのは、まさか魔法を使われるとは思っていなかったから。
体内魔力と体力を『否定』するのは容易では無い筈だ。幸助ほど油断していなければそもそも通じぬ。だから、旅団の人間に当てるのは不可能。諦めるのは、やはり当然。
けれど、幸助が言いたいのはそんなことではなかった。
「待、て」
見上げると、彼女が笑っていた。
滅多に笑わない彼女が浮かべる微笑は、諦念に歪んでいて。
それが、幸助の胸を酷く締め付ける。
「ばいばい」
彼女が背を向ける。
幸助は動けない。
「待てッ!」
クウィンは止まらない。
幸助は叫び続ける。
「助けるッ! 絶対に、お前を取り戻すッ! だから、クウィン……ッ!」
クウィンがゆっくりと振り向いた。
朝日に照らされた彼女の瞳が煌めく。表面が、濡れているように感じたのは錯覚か。
「クロに、出来る?」
言って、それから今度は少しだけ嬉しそうに、彼女は笑った。
「待ってる」
そうして、その日。幸助は。
拭い難い敗北と、喪失を味わった。




