114◇緊急会議
至急英雄らを招集し、緊急会議を開く。
幸助が単身国境へ赴くことについては、当然のように反対意見が出た。
連合の宗主国と言えるダルトラ、その英雄の中心的存在である幸助が抜けることは好ましくない。
とはいえ、安易に無視することが出来ない問題であることもまた事実であった。
「でも、これは罠よ」
はっきりとそう口にしたのは、『統御の英雄』オーレリアだ。吊り目がちな瞳は苦々しげに歪められている。パーティを抜けてきた為に、衣装は参加時に着用していた扇情的なドレスのまま。
彼女はセットされた髪をくしゃっと忌々しげに掴み、卓上に拳を叩きつけようとして、寸前で思い留めるように手を止める。そのようなことをしても事態は好転しないと理解しているのだろう。
「だが、妙だ」
そう呟いたのは銀髪赤目の少年・『血盟の英雄』シオン。顎に手を宛てがい、彼は続ける。
「一見、これは妙手に思える。ナノランスロットを誘き出す罠としては、なるほど上等だ。最小の戦力で、敵の最大戦力の一角を王都から引き離せる『かもしれない』というだけで実行する理由としても充分だろう。だからこそ、違和感がある」
敵が過去生でトワを殺した人間の一人であることは伏せていた。トワと兄妹であることは明かすべきではないと幸助は考えていたし、そこを隠したまま上手く説明出来る気もしなかった。
「……卑劣極まりないですが、利の一点を評価対象とするのであれば、えぇ、優れていると言えるでしょう。ですが、シオン殿も仰られている通り、相手の要求はどこかいびつに思えます」
『剣戟の修道騎士』アリエルが美宇を歪めて視線を下げる。やや尖った耳は露出しており、彼女もまたその美貌を最大限引き出す華美な衣装に身を包んでいた。
二人の言葉を受け、『識別の英雄』チドリがそれを具体的な表現に変換する。
「つまり、どうして呼び出すのが『黒』さんだけなのかってことっすよね?」
そう。当然、問題となってくるのはその点だ。
奴が転生によって得たステータス補正が如何ほどかは分からない。だがこのような作戦を無断で行うことは出来ないだろう。
本国ないし上官の許可を得ているということだ。幸助とほぼ同時に転生したというのであれば、短期間にそれを許されるだけの地位に上り詰めた力を有しているということ。
幸助からすれば奴の目的が私怨を晴らすことであると分かる。
逆に言えば、相手が奴で幸いなのだ。今チドリが言ったように、他の英雄も呼び出すことだって出来た筈で、むしろ本来ならばそうするべきなのだから。
無論、それにも限度がある。例えば連合の英雄全員を敵が呼び出した場合、さすがにそれに応じることは出来ない。王都の守護がほぼ丸裸になってしまうという事実は、どんな愚かな人間にも理解出来てしまうからだ。
この場合、『救うことが出来る筈の者を救わなかった』というふうには持っていけなくなる。
誰から見ても『応じる方が愚か』と分かってしまえば、罠にすらならない。
だからこそ、重要になってくるのはバランスだ。どうにか連合が捻出出来る最低ラインを見定めることが肝要で、幸助が同じ手を打つなら数名を選ぶ。
けれど、相手が選んだのは幸助一人。策は悪くないのに、十全に使いこなせていない。
それを他の英雄達は違和感として捉えているのだ。
「なぁ、『黒』の旦那。おれらに隠してることがあるんじゃねぇのかい?」
『干戈の英雄』キースが、いつものように無精髭を撫でながら言う。笑っているが、瞳に諧謔の色は無い。
僅かに逡巡。仲間を納得させる為の虚構を拵えるよりも、不完全になるにしろ誠実に答えるべきだろうと判断。
「……あぁ、このふざけた罠を設置したのは、過去生の……まぁ、知り合いだ」
何故かチドリが喜々として「ほうほう」と呟きながらメモ帳に万年筆を走らせる。
「っていうことはー、おともだちー? けんか? けんかなの?」
『神速の英雄』フィオが悲しげに瞳を潤ませた。彼女はどこまでも平常運転だ。
「……友達ではないな。色々あって恨まれてる。俺一人を指名してるのも、そこが理由だろう」
その話を聞いて、トワの表情が曇った。それだけで相手が誰か察しがついたらしい。それでも何かを言うことなく咄嗟に無表情を取り繕うあたり、兄の意を正しく汲んでくれたようだ。
「ふぅん、じゃあこの面倒事はアンタが引き寄せたってわけ?」
オーレリアがいかにも責めているぞといった口調で言うが、以前までのような険は無い。
「まぁまぁリアちゃん落ち着いて。クロちゃんがいなかった場合の方が悲惨っしょ。敵さんは似たような策でもっと多くの英雄を誘き出そうとしただろうし? 『黒の英雄』がいないとかかなりの痛手だよね。そこんとこ、分かってあげようよ。俺ちゃん達、仲間じゃん?」
『神罰の修道騎士』アルが気障にウィンクしながら言う。
「……どうでもいいけど、リアとか呼ばないでくれない? 馴れ馴れしいんだケド」
アルは半眼になったオーレリアに睨まれ、「……そもそも、我らは口出しすべきではありませんよ」と『剣戟の修道騎士』アリエルに窘められる。
争いを禁じている宗教国家ゲドゥンドラに所属する彼らは、神の教えに反しない範囲での協力という形をとっている。争いごとに関する議論に積極的な参加はしないというスタンスなのだ。
「無駄話はそこまでにし給えよ。問題は『赴くか見捨てるか』の単純な二択だろう」
議題を明確にしたのは『魔弾の英雄』ストックだ。彼自身、纏う空気は重い。
秤に掛けられた命の重量を感じながら、それでもそれを切り捨てることを視野に入れる酷薄さは、上に立つ者にとってある種必須の能力である。
彼は正しくそれを有し、正しくそれに心を痛めているのだ。
「……愚生はナノランスロット殿の意思を尊重しよう」
まず賛成票を投じたのは、『導き手』マギウスであった。
ダルトラからの援助・援軍を受けている恩義があるからか、『自国の民を救う』という行為に共感を覚えたからか、老年の魔法使いは賛意を示してくれる。
「あのねー、フィオもね、クロたすと同じ国の人が困ってるなら助けるべきかなって思うよっ!」
果たして事態を正確に把握しているのか幸助には計りかねるが、ともかくフィオも賛成側らしい。
「反対よ。目先の命よりも優先すべき大局があるでしょう」
そう言うオーレリアも、辛酸を舐めたように表情を歪め、唇を噛んでいる。
「……珍しくこの女に同意だ。のちの批判や一時的な士気の低下よりも、ナノランスロットを失うことの方が、連合が被る被害としては大きいだろう」
シオンも続く。幸助の血を吸って良くなった血色は、飢餓とは別の理由で白に近づいていた。
「うちも反対っすねー。二日以内に来なければ人質を殺すということは、二日待つつもりがあるってことっすよね。罠だとすれば、あちらさんの英雄も何人か投入される筈っす。救出に向かえば『黒』さんを失う可能性を抱え、王都の防衛力が低下する。けどっすよ? 無視すれば、敵の一部戦力を『浮かせる』ことが出来るわけで。心苦しい限りっすけど、警備隊の方達も軍人っすから。死ぬのも仕事の範疇と覚悟しておられるかなぁと」
軽い調子で言っているものの、チドリの顔にも笑みは無い。
「……わたしも反対だな。人命軽視しているわけではないが、警備隊の者達は既に死んでいるものと考えるべきだ。あるいはどうしても救いたいというのであれば、捕虜交換を申し出ればいい。そうすれば、彼らが処刑され『ダルトラは自国の民を見捨てた』と糾弾されたところで一応の反論材料にはなるだろう。『こちらは捕虜交換を提案したが、それを無視してアークスバオナが処刑を敢行した』とね」
『編纂の英雄』プラナはぬいぐるみの腕を小さな手できゅっと握りながら、努めて無表情で言う。
「当初の予定通りに進めるべきだろう。おれとて同胞を見捨てたいとは思わないが、人の死なない戦争など無い。ならば求めるべきは死の価値だ。彼らの犠牲と引き換えに完全な迎撃態勢が整うというのであれば、以後の被害は大幅に軽減出来る。……最小の犠牲で、最大の戦果を」
ストックの言葉は、自分自身に言い聞かせるようでもあった。
ここまで賛成二、反対五。ゲドゥンドラの四名は中立。
「さん、せい」
クウィンがすいっと小さく手を上げ、そう呟く。
「アタシも賛成かしらねー」
エルフィがそれに続いた。
「…………と、トワは、コウちゃっ……『黒の英雄』が死んじゃうのはよくないと思うから、反対」
トワは礼装のスカート部分を掴み、不安を押し殺すようにして言った。
これで賛成四、反対六。幸助自身は当然向かうつもりであるから、賛成は五とも言える。
「おいおい、お前さんら、『黒の旦那』が負けることばっか考えてねぇか? ふざけたことを抜かす野郎をぶっ飛ばして、仲間ごと帰って来られるならそれが最良だとおれぁ思うがね」
呑気ともとれる声でそう言ったのは、キースだ。
誰かが何かを言う前に、キースは幸助に向かって微笑み掛ける。
「それによ、おれには、『黒』の旦那が無策でこんな会議を開く馬鹿にゃあ見えねぇんだよなぁ」
試すような視線に、幸助は笑みを返す。
そう。各々の考えを聞いた上で、幸助はそれを口にするつもりだったのだ。
「反対意見は尤もだ。俺も立場が逆ならそう言うと思う。だから、納得してもらう為の策も用意してあるよ」
一同の瞳が向けられるのを確認してから、幸助は語りだした。




