111◇血盟問いて、黒は惟る
式典での英雄達の過ごし方は様々だ。
『白の英雄』クウィンはぼうっとした様子で菓子類をつまんでいるし、『紅の英雄』トワは『剣戟の修道騎士』アリエルに懐いたのか歓談している。そこには『天恵の修道騎士』イヴや『祓魔の修道騎士』サラもいた。
少し離れたところで『魔弾の英雄』ストックと『識別の英雄』チドリがなにやら話し合っている。
『干戈の英雄』キースと『神罰の修道騎士』アルは意気投合して酒を酌み交わしているし、『神癒の英雄』エルフィは女性軍人を見つけては話しかけていた。
『統御の英雄』オーレリアは、鼻の下を伸ばしながら話しかけてくる男たちに表面上は笑顔で接していたが、こめかみが僅かに痙攣していた。
『導き手』マギウスは真剣な表情でダルトラ軍人と言葉を交わしている。
『神速の英雄』フィオは先程幸助とプラナのところに来て、「フィオもぷらたんだっこするー」と言って幸助と代わった。
そして、幸助はそれを捉える。
顔色を悪くした『血盟の英雄』シオンがテラスへと出て行くところを。
ウェイターから水を貰って、後を追う。
テラスからは、広大な庭園を見下ろすことが出来た。
夜ということもあり、その美しさを堪能するには適さない。
元より幸助に花を愛でる才能は無いし、シオンも花が見たくて出てきたわけではないだろうが。
てすりに腕を置き、そこに体重を寄せるようにして立っているシオンに声を掛ける。
「大丈夫か?」
幸助の声に、彼は顔を向ける。
鋭い眼光が、僅かに緩められたように幸助には映った。
「……あぁ、ナノランスロット。ルージュリアはもういいのか? やけに目立ってたが」
「プラナなら、フィオに預けてきた。ほら、水」
気分が優れないように見えたので追ってきたことを伝えると、彼は苦笑しながらコップを受け取る。
「それで、お次はオレか。あんた、随分と世話焼きなんだな。弟妹か、でもなきゃ弟分妹分でもいたんじゃないか? 面倒見るのが染み付いてるように見えるぜ」
「……あはは。そっちはどうなんだ? 家族は?」
誤魔化しながら、彼の隣に並ぶ。
ふと見上げると、星空があった。
月もあるが、もといた世界より一回りほど大きいように思える。
幸助は星に詳しくないので分からないが、星空の瞬きもまた、もといた世界とは異なるのだろう。
「感心しないな、相手の情報だけ得ようってのは」
幸助は降参するように肩を竦める。
「妹が一人と両親だよ。こっちに来たのは、俺一人」
そうして出した答えもまた、嘘だった。
幸助とトワの関係が知れれば、それを利用しようと企む者が出てくるかもしれない。
故に、出来得る限りその情報は伏せておくことにしていた。
「そうか」
果たして、彼はその嘘に気付いたのだろうか。
ともかく、追求は無かった。
「隠してもしょうがねぇから言うが、こっちはファルドに十六人のチビがいる」
「……それ、は」
返答に窮する幸助に、シオンは唇を歪めて笑みを作って見せる。
依然として、彼の顔色は悪い。真っ青と言うべき程に。
「元はもっといた。血の繋がりはねぇがな。まとめて殺されて、アークレアに飛ばされた。それが、オレ含めて十七人」
右手でコップを持っているものの、一口も飲まない。
それでいて、まるで渇きを堪えるかのように、左手は喉元を押さえている。
「そいつらを食わせてやる為に、英雄なんぞやってる。俗っぽい動機で呆れたか?」
一緒に死んだ?
事故か災害……否。
彼は今、まとめて殺されたと言ったのだ。
チビというからには、幼い子供達なのだろう。
抗争や、戦争の被害者ということか。
全員ではないにしろ、一緒にアークレアに転生したというのは、幸運と言えるのだろうか。
幸助には、分からない。
けれど、血も繋がっていないのに、兄として家族を養おうとする人間が低俗なわけが無いということくらいは分かる。
「まさか。ますます勝たないとな。子供達の過ごす世界を、平和なものにする為に」
皮肉げに歪められていた彼の表情が、真顔になる。
「……あんたは、どんな理由で?」
少なくともそれが気になる程度には、幸助に関心を抱いたらしい。
「……どう、かな。理由は多分、一つじゃないよ」
この戦争を集結させれば、自由になることが出来る。
トワに危険なことをさせずに済むし、シロやエコナに心配を掛けずに済む。
それが一つ。
今は亡き『霹靂の英雄』リガルの言った『正義』を、自分なりに継承しようと考えている。
正しい人間が正しく報われる世界。
少なくとも、アークスバオナの支配を許せばそれは叶わない。
それが一つ。
それらに加え、民衆に希望を見せた責任や、連合を率いる責任、アークレアで得た友人知人を見捨てられないという気持ち、アークスバオナを止める力があれば振るわねばという使命感。
そういった全てが、戦う理由になっている。
だから、一口に戦う理由と言われても、上手く答える術が見つからなかった。
そんな幸助に、彼は言う。
「オレが、こういう人間だけは信用出来ないって奴の特徴を言おうか? 希望だの正義だの、目に見えないもんを掲げて人を動かそうとする奴だ。耳触りの良い言葉を吐く奴には二種類いる。そうやって馬鹿を操ろうとする奴と、自分の言ってることを本気で信じてる馬鹿な奴。あんたが、馬鹿の方じゃないのは分かるよ。そういうやつは、笑えるくらいに目が澄んでるから」
シオンが、無理に笑おうとして肩を揺らす。
それに伴い、月光を含んだコップの中の水が跳ねた。
光の通り道が壊れて、幻想的な輝きを放つ。
しかしそれも一瞬のことで、すぐに乱れは収まった。
「あんた、それ、本当に自分自身で決めたことか? 流れに、乗せられてないか? 自分のやろうとしていることの重さに気付いているか? 来訪したばかりのあんたが、本当に平和の為に敵を討てるか?」
シオンの紅の双眸が、やけに月明かりに映える。
目を離せば、それだけで闇に溶けてしまいそうな。
「分かるか? 悪と敵は違う。善人程、そこで狂う。あんたは、今自分が抱えてる理由とやらの為に、敵というだけの他者を殺せるか?」
幸助も、考えたことがある。
自分は先導者なのか、煽動者なのか。
人々の先に立ち、導く者足り得るのか。
それとも。
人々を煽り、動かすだけの者なのか。
自由と正義と責任と使命を理由に、先頭切って殺し合いの指揮を執る。
それを当たり前と受け入れられるような人間なのかと、シオンは問うている。
幸助の一声で人が死ぬかもしれないのに、迷わないのかと。
幸助の答えは――。




