109◇編纂閲して、黒を判ずる
『こんなことをしている場合ではない』という想いもあるが、不要かと問われれば『それは違う』と答えただろう。
王城内に設けられた、式典会場である。
幸助が以前英雄を拝命した場所も相当だったが、比較にならない程広い。
今、そこには連合加盟国の軍事関係者――特に地位の高い者達――が集結していた。
元々国家間の関係が悪くは無かったとはいえ、皆が一瞬で一致団結することは難しい。
だからこそこうして一同に会し、『親睦を深める』という儀式の必要性も幸助は理解していた。
軍人はどうしても上の指示には逆らえないわけだから、その上同士が険悪では話にならない。
そもそも英雄だけを集めて会議なんてものをやり、その後で模擬戦を引き受けたのも、この為と言えばこの為だった。
……ここ最近こんなのばかりだなと思いながら、幸助は皆の視線を集めている。
幸助が打倒アークスバオナについて演説をかまし、それを聞いた他の英雄とダルトラ軍人が拍手する。
それを見た周囲の軍事関係者らは、連合の英雄全員が認めた『黒の英雄』を認めざるを得ない。
とっくに気付いていたが、英雄というのは大概個性的で、悪く言えば問題児的性格を備えた者ばかりだ。
そんな傑物達が、転生して日の浅い来訪者を認めている。
そのインパクトは――狙っていたとはいえ――幸助自身が考えているものよりずっと大きいだろう。
個々は反りが合わずとも、ついていく指導者が同じであれば結束は出来る。
目的が同一であれば協力出来る。
幸助は、それを演出しなければならなかった。
込められた想いが同じでも、伝え方を誤れば正しく相手に届かない。
だから、勝つために最も有効な手段を採る。
騙しているようで心苦しいが、幸助の罪悪感一つで勝率が僅かでも高まるなら、些細な問題だ。
ダルトラ英雄は礼装。各国の英雄も各々式典用の正装や綺羅びやかな衣装に身を包んでいる。
幸助はしばらく英雄の仮面を被って各国の重鎮達に応対していたが、キリの良いところを見計らって席を外す。
必要なこととはいえ、どうにも気が詰まった。
トワにでもジュースを持っていていってやろうと考えつつ視線を巡らせると、あるものが目についた。
小柄な少女だ。童女と表現したところで異を唱える者はいまい。それだけ幼い女の子である。
マゼンタの毛髪と左眼。右眼を眼帯で隠し、異形の人形を腕に抱える彼女こそは。
情報国家ラルークヨルド所属、『編纂の英雄』プラナであった。
誰にあてがわれたのか、彼女のドレスはロリータドレスとでも言おうか、少女性を限りなく高めるデザインのものだった。
彼女は誰を伴うこともなく、テーブルの一点を注視している。
会議の際に幸助に向けていたものと同じ、猫のような視線で。
幸助は彼女に近づき、声を掛けた。
「何見てるんだ?」
問うまでもなく一目瞭然だったが、尋ねることで会話のきっかけとしようと考えてのことだった。
しかし彼女は口を開くことなく、指でそれを指し示す。
仕方なく、幸助はそれへ視線を遣る。
円形のテーブルだ。卓上には皿に盛りつけられたパンや野菜、いくつかのフルーツが並んでいる。
そして中央に、小型の噴水があった。
幸助のもといた世界でも一時期流行した、ファウンテンだ。
これはチョコレートではなく、チーズを使用したものだった。
「あぁ、物珍しいってことか?」
ふるふる、とプラナは首を横にふる。
「ファウンテン。来訪者から齎された知識によって近年見ることになった料理。チョコレートやチーズなどを専用機材によって噴水状に流し、そこへパンや温野菜などを投入、絡めたのち、食すもの」
子供が知識を披露した時に見せる、どことなく自慢気な顔を一瞬だけしたのち、プラナは無表情に戻った。
それは極短い時間だったが、幸助の目は確かにそれを捉える。
自然と表情がほぐれ、向ける言葉も柔和になる。
「物知りなんだな。でも、それじゃあどうしてじっと見てたんだ?」
「百聞は一見に如かず」
「……あー、実物を見るのは初めてってことかな? なら見てるだけじゃなくて喰ってみないと」
言うと、プラナは左だけの瞳で幸助を見上げる。
「数度試みた。けれど、失敗に終わったため、敢え無く断念するに至った」
そう言いながら、彼女は過去の試行を再現するようにテーブルに近づく。
銀製の串を手に取り、じゃがいもを思わせる小さな野菜に突き刺す。
そこまでされて幸助は彼女の言わんとしていることを理解する。
野菜を刺し終えた彼女は、何度かつま先立ちをしたが、身長の問題でファウンテンに届いていなかった。
こういった場で、小さな子供へ配慮されたものがある方が珍しいだろう。そもそも想定していないのだから。
『わかったか?』と言わんばかりの視線を向けてくるプラナに、幸助は微笑みを返した。
「じゃあ、こうしよう」
幸助は彼女の背後に立ち、その両脇に手を入れて――抱き上げる。
「ん」と声を上げるものの、彼女は特に抵抗しなかった。
プラナは幸助に何を言うこともなく、腕を伸ばし野菜にとろとろのチーズを絡めると、はふはふ言いながら口に含む。
はふはふ、もぐもぐ。
幸助が下ろす間も無くぺろりと平らげて、彼女はぼそりと言う。
「次はパイムとチーズの親和性を検証する必要がある」
パイムというのは、どことなくパイナップルを思わせる果物だ。
幸助はしばらく彼女の食事を手助けした。
周囲の視線を集める頃になって、気付く。
「……これ、俺がチーズ絡めて、それを渡せばいいんじゃないか?」
だがプラナはそれを否定した。
「否。自らの手で絡めてこそ」
……多分、楽しいんだろうなぁ。
思えば、幸助も子供の頃は出来る限りなんでも自分の手でやりたがった。
英雄とはいっても、見た目相応に可愛らしいところもあるのだな、と微笑ましい気分になる。
同時に、そんな子供を戦争に関わらせねばならない現状を歯がゆく思った。
幸助だってもといた世界では未成年だが、この世界で言えば成人から数年の年頃。
若くはあっても戦いに投入されることに不自然は無い。
来訪者は元々年若い者が多いこともあり、周りの人間達も特に違和感など持っていないようだ。
けれど、十に満たない子供を使うなど……。
彼女の『編纂』が直戦闘向きでないことが、幸いと言えば幸いか。
運用法にもよるが、幸助ら程前面に押し出されることはない筈だ。
やがて彼女は「胃の主張する満足感」と呟いたあと、「けぷっ」と小さくげっぷを漏らした。
僅かに頬を染めながら「助かった。降ろしてもらえると、更に助かる」と言った。
言う通りにしてやると、彼女はぬいぐるみをぎゅっと抱えつつ、上目遣いに幸助を見上げる。
「礼を言う。代わりと言ってはなんだが、わたしに出来ることがあれば、手を貸す」
「ん? いや、いいよ」
「そうはいかない。わたしは貸し借りを清算しないと、気が済まない性質」
こればかりは譲れないとでも言いたげに、彼女がむふぅと鼻息荒く言う。
幸助は近くを通ったウェイターのサービストレー上からグラスをとり、僅かに口に含んでから、考えた。
「……前に、この街の歴史家に聞いたんだが」




