107◇剣戟起こらず、黒瞬きて
意外にもと言うと失礼かもしれないが、オーレリアは皆の許へ戻ると素直に謝罪した。
高圧的な態度をとったことは勿論、特にトワ・ストック・キース・フィオへの非礼は名指しで謝り、頭を下げてみせた。
その変わり様に皆困惑を隠せないようだったが、『神速の英雄』フィオのみが「仲直りっ?」と目を輝かかせていた。
オーレリアの手を掴み、ぶんぶんと振るフィオに「え、えぇ、そうね」と返す彼女は何も別人になったわけではない。ただ、僅かばかり認識を改めただけ。
その少しが、重要だったりするのだが。
「……怪しい。何を話していたんだか」
と、疑いの視線を向けるのはトワだった。
拗ねるように毛先を指でくるくると巻きながら、幸助を睨む。
口許に指を添え、どう答えたものかと考えているとオーレリアに脇腹を小突かれる。
「……言ったら殺すから」
言葉は過激だが、今となっては可愛げさえ感じる。
幸助との会話時に咄嗟に出てしまっただけで、進んで喧伝したいことではないのだろう。
戦争が終わったら英雄をやめるなんて、大事だ。
気持ちはわかるので、幸助は頷きを返す。
トワへ向き直り「話し合っただけだよ。いやぁ、人間話せば分かるって本当だなぁ」とすっとぼけて見せると、むぅと頬を膨らませてしまう。
あちらを立てればこちらが立たず。誰もを笑顔にするのは中々難しい。
「んで、今度こそ俺の番ってことでいいんだろうな?」
しびれを切らしたように、『干戈の英雄』キースがぼやく。
応じようとしたところで、二人の間に人影が介入した。
修道服を思わせる衣装に身を包んだ麗人。
『剣戟の修道騎士』アリエルであった。
エメラルドの双眸に金糸の如き輝きを放つ毛髪。透き通るような肌と、左右一振りずつ吊るしている曲剣。クロブークめいた帽子と髪の所為で、耳は隠れている。
彼女は冷厳ともとれる凍てついた瞳で幸助を見た。
「ナノランスロット殿に問います」
彼女の後ろでキースが「おいおーい。またかよ……」と肩を落としながら呟いているがアリエルは顧みなかった。
「先程までの戦闘を見て確信致しました。貴方の『黒』に我らが魔法を呑ませることこそが、この不条理な防衛戦争を勝ち抜く鍵となりましょう」
「あ、あぁ。協力してくれると助かるよ」
「しかし」
ピシャリと、まるで勢い良く戸を閉めるように彼女は逆接を吐いた。
「勝戦の果て、貴方が大陸の新たなる脅威に成り得る可能性もまた捨て切れません」
「あー……なるほど」
出て然るべき疑念だった。
アークスバオナを止めるには、現皇帝を殺す他ないだろう。
その時、アークスバオナという国家が戦時中程の力を有しているかは定かではないが、連合によって敵軍が解体されるのは想像に難くない。
一時的には連合による統治という形になるだろうが、その後は?
アークスバオナという大敵が消え、その後に絶対的戦力を有するのは誰だ?
ただでさえアークスバオナに並ぶ軍事力を備え、戦後はエルソドシャラル領内の迷宮・神殿を獲得する――ダルトラではないか?
以前までのダルトラならまだしも、再三言うように現在は不信感が募ってしまっている状態だ。
果たして終戦後、ダルトラこそが新たなる戦端を開きはしないかと危惧するのはそうおかしくないだろう。
であれば、目先の勝利に向けて『黒の英雄』を強化することを危険視するのもまた、当然の判断と言えた。
他ならぬ幸助こそが、将来の大敵となるかもしれないのだから。
ただし、これに関しては信じるに足る何かを示すことが出来ない。
例え幸助が英雄をやめることを公言したところで、信じられないと言われればそれまでなのだ。
幸助はなるべく大袈裟にならないよう気を遣いながら、肩を竦めて。
「じゃあどうする? 協力を惜しんで、この戦争で負けるか?」
彼女の長い睫毛がぴくりと揺れた。
「……それは脅しですか?」
発せられた声は冷たい。
それを吹き飛ばすように、幸助は陽気に笑う。
「まさか。そっちこそ意地悪言わないでくれよ。それとも頭の中覗かせてやれば信じてくれるか?」
エルフィ程とはいかないだろうが、英雄ならばある程度は『治癒』と『認識』を扱えるだろう。
だがアリエルは頭を振って、それを拒否した。
「そのようなことをせずとも、剣戟を交わせば自ずと知れましょう」
「あれ、そちらさんの国は争いを禁じてるんじゃなかったか?」
「競うことは成長に不可欠です。悪意を滲ませ利己的な思惑を抱え戦いを起こすことこそが罪なのですよ。その点を履き違えてはなりません」
殺し合いはダメだけど、スポーツはいいよという感じだろうか。
言わんとしていることは理解出来たので、幸助は微笑みを以って了承とした。
彼女の身体越しにキースへ「ごめんな」と言うと、諦めたように手を振りながら「勝手にしてくれ」という言葉が返ってくる。
「二刀流?」
腰の剣を見ながら幸助が問う。
「お答えする必要が?」
拒否というよりは、今から戦うのだから訊くだけ無駄ではないかと言いたげな口調だった。
「いや、そうだな。すぐに分かることだ」
アリエルは「サラ」と同国所属の女性の名を呼んだ。
プラチナブロンドの双眸と、同じ色合いで肩まで伸びた毛髪。体格は華奢で、スラっとしている。
造形の整った顔をしているが、どこか無機質な表情の所為か特に美は強調されない。人形を思わせる女性だった。
彼女は「はい、アリエル様」と一礼してから、彼女の背後に回った。
じじじ、という音はどこか懐かしい響きで……そう、ファスナーを思わせた。
というか、ファスナーそのもののようだった。
どうやら修道服の背中側にそれがあるらしい。
そうして、アリエルは迷いなく服を脱ぎ去る。
剣帯も事前にサラが外していたおかげで、スムーズに脱衣が完了していた。
ブーツに、白のオーバーニーソックス。そこからガーターベルトが伸び、腰布の奥へと消える。
何かの意匠か、紋様が刻まれてはいるものの、豊満な胸部を覆うのは布一枚。
そこへ、サラが剣帯を着ける。
聖職者がするには些か過激で扇情的な装いだ。
「お気をつけくださいませ、アリエル様」
「分かっています」
主従とはいかないかもしれないが、二人の間には上下関係らしきものが窺えた。
言いたいことは色々あったが、それらを幸助は呑み込み、彼女の頭頂部を見る。
「そこまで服をパージして、帽子は取らないのか?」
ピクリと、彼女の肩が揺れた。
彼女だけではない。サラの表情も苛立たしげに歪み、『天恵の修道騎士』イヴ――桃色の毛髪と瞳をした小柄な少女――もまた目を伏せた。『神罰の修道騎士』アルでさえも「あちゃあ」と目を覆っているあたり、触れてはならない部分だったのかもしれない。
「……いえ、そうですね。貴方の言う通り、これもまた外すべきなのでしょう」
彼女は帽子を取り去り、そしてそれを見て、幸助は「あ……」と固まった。
近くでトワも「うそ……」と溢している。
そう、地球・日本出身の二人からすれば、彼女がどういった存在かは一瞬で理解出来た。
彼女の耳は――尖っていた。
それが指すのはつまり。
「エルフっ!?」
幸助とトワの叫びが、重なる。




