104◇統御の真髄、黒により
「な――ッ」
反応が遅れてしまう。
一瞬未満の遅延はされど、英雄を前にして致命的な失態となる。
どうにか剣の腹を盾にすることが出来たが、そこに彼女の飛び蹴りが炸裂した。
幸助の身体が浮遊感に包まれたかと思うと、凄まじい衝撃と共に後方へ弾き飛ばされる。
演習場の壁面に叩き付けられ、半分埋まったような状態になる。
オーレリアとしても考えての行動ではないらしく、息を荒げていた。
それもそうだ。彼女の戦闘スタイルであれば遠距離でいくらでも封殺出来る。
どう近づくかと考えていたところに向こうから近づかれれば驚きもするというものだ。
幸助はすぐさま脱出。
しかし追撃の気配は無い。
オーレリアは顔に手を当て、何事かぶつぶつと呟いていた。
「こわい? どうしてアタシが怖がらなきゃいけないのよ。ばっかじゃないの……!」
幸助を睨みつける彼女の表情は、何故か今にも泣き出しそうに見えた。
「アタシはただ、我慢ならないだけ! アンタみたいにヘラヘラ笑っていかにも『正しいことしてます』みたいな顔する奴が苛々するだけ! 気分良いでしょ? 正しいと思うことしてさ、周りに称えられて、求められて、自分に価値があるって思えるものね。でもそれ、価値があるのはアンタの力であって中身じゃないから」
「…………」
どうやら彼女の『不幸』はそのあたりに起因しているようだ。
おそらく過去生の彼女は善であろうとし、それ故に周囲に利用された。
死ぬ時になってようやく自分の正義がいいように使い捨てられたのだと気付いたら?
あぁ、こんな風に歪みもするだろう。
それでも何の伝手も無い異世界で生きるには使える力を使うしかなくて。
有用性を示すしかなくて。
だからせめて、金と引き換えに仕事をするというスタンスを貫こうと傭兵になった。
二度と善意になどほだされぬようにそれを排除し、二度と裏切られないように誰も信用しない。
幸助を毛嫌いしていた理由も単純だ。
昔の自分を見ているようで苛々する、という人を嫌うにはありふれたもの。
もちろん、幸助の勝手な想像だ。まったくの的外れということも充分に考えられる。
「……だとしても、お前の諦観に周りを巻き込むなよ」
オーレリアが瞠目する。
「俺が戦うのは、俺が必要だと判断したからだ。周りからの評価なんぞ知るか。そんなもんで自分の価値を決めようなんて思ったことはないね」
「はッ、じゃあ戦争の矢面に立って英雄連合の指揮を執ろうとするのはなんで? 周りがどうでもいいなら、ここは逃げるのが正解よね? いいえ、アークスバオナにつくのが一番いいわ!」
「あのな、お前馬鹿か? 自分のことを嫌いになりたくないから、自分が正しいと思うことをするんだろ。合理性も周囲の評価もそれに比べればクソみたいなもんだ」
妹が殺された時、幸助は自分を許せなかった。
その後悔は今も消えていない。
きっと一生消えないのだろう。
後悔を重ねるのが人生だとしても、せめてその数を最小に留めたいと思うのは悪いことか。
アークスバオナを放置するのも、奴らの軍門に降るのも――有り得ない。
だから戦う。
単純な話だ。
しかしオーレリアは、幸助の理屈を受け入れられないらしい。
「……格好つけたことばっかり言って、実現出来る力が無きゃ意味ないんだよ……ッ!」
四度目の不可視の斬撃。
「【天網添戈・斫断拵】」
しかしそれらは幸助に届く前に全て千切れる。
「――――は?」
見えなくても三度経験すれば凡そのルートというものは読める。
ただでさえ全てが最終的に幸助を狙うのだから、対策はそう難しくない。
幸助は周囲の空間一帯に『斫断』を纏わせた『黒』き刃を無数に設置した。
『光』と『囲繞』属性を付与し不可視かつ探知不可を模倣しただけだ。
「『併呑』…………っ。他人の力を掠め取って自分を強くする、英雄を名乗るにはあまりに卑小な力よね?」
「言葉を理解出来ないのか? 周囲からの評価なんかに興味ねぇっつってんだろ」
「っ……」
オーレリアは表情を歪め唇を噛んだ。
「……で、もうお喋りは終わりでいいのか?」
彼女は返事の代わりに槍を構えた。
これもまた『土』創造魔法だが、やはり発動速度が凄まじい。
かなり距離があるというのに彼女が槍を構える。
そして突いたと思えば――それが幸助へ向かって伸びた。
『延伸』付与だ。
半身になることで躱す。
穂先が背後の壁を突き、接触と同時に爆発が引き起こる。
最初から仕込んでいたのだろう。
幸助は爆風から逃れるように跳ねた。
しかし中空で止まる。
まるで蜘蛛の巣に絡め取られたように。
彼女の『糸』以外に考えられなかった。
オーレリアが爆風に紛れて飛び出して来る。
おそらく穂先の爆破と共に槍の持ち手側を『減縮』させることで移動手段として利用したのだろう。
多芸なことだ。
幸助が『糸』から逃れようとすると、それを阻害するように甲冑が氷結を始める。
『併呑』される先から生み出される氷は糸の断裁を大いに阻んだ。
甲冑に『炎』を纏い氷を即座に溶かし蒸発させる。
糸は燃えなかったので『斫断』にて断った。
『雷』撃が幸助を打つ。
既に幸助に負わされた右腕の傷も『治癒』しているようだった。
――ちょっと待て。
迎撃体勢をとりながら、幸助は戦慄する。
魔法というのは、魔術適性が無くとも習得可能だ。
だが魔術適性というのは才能と同義で、持たざる人間が成果を出すのに必要な努力は途方も無い。
だというのにオーレリアの使う魔法は全て英雄級だ。
幸助は考える。
一体どっちだ、と。
彼女が創造した洋剣を横薙ぎに振い、『黒士無双』がそれを受け止める。
「アンタが何考えてるか分かるわよ」
「へぇ、心まで読めるなんて特技が多いんだな」
「糸遊びが得意なだけで『統御』なんて冠すると思うわけ?」
鍔迫り合いをしながら、幸助は彼女の言わんとすることを理解する。
統御。統べ、御する。
全てをまとめ、思い通りに操ること。
「……じゃあ、お前は」
彼女は絶望を強いるように、それを口にした。
「そう。アタシは色彩属性と概念属性を除くほぼ全ての魔術適性を獲得しているわ」
一芸特化でも器用貧乏でもなく、完全無欠なのだと。
そう宣言せんばかりの自信に満ち満ちた表情だった。
そしてここに至って、彼女が接近戦を挑んできた理由を悟る。
「【透徹糸連・疾風穿刺】」
幸助が小細工を弄する空間を無くす為だ。
十数本の糸が彼女の手から伸び、幸助の全身を貫いていた。
「アタシの勝ちよ。それで――アンタの負け」
彼女の勝ち誇ったような顔に、幸助は――笑いかけた。
「逆だろ」
 




