103◇統御の旋律、黒を裂きて
『統御の英雄』オーレリア。
商業国家ファルド所属の英雄で、露出過多な格好と高飛車な態度が特徴的な美女だ。
瞳と毛髪は赤を帯びた茶色。目は吊り目がち。
「何いやらしい目で見てるのよ。眼球刳り抜かれたいわけ?」
とまぁ尊大に構えているが、それも彼女の防衛本能が起こしているのだと考えれば幸助個人としては特に悪感情も無い。
ただ連合が一致団結しなければならない今、各国の象徴である英雄達の間に不和が生じる事態は避けたい。
非協力的な態度だけは改めてもらわねば困るのだった。
「どうぞご随意に。出来るもんならやってみるといい」
幸助の挑発的な発言に、彼女は苛立たしげに唇を噛んだ。
「えっらそうに……!」
「お前ほどじゃないよ」
「ギタギタにしてやるから」
「それは怖い」
幸助のことを毛嫌いはしていても、名乗り上げを省くことはしないようだった。
「統合組合麾下ヴァルシリウス傭兵団副兵長――オーレリア。アンタは名乗らなくていいわよ。さっき聞いたし、そもそも興味ないし」
と言われたので、幸助は敢えて名乗ることにした。
「ダルトラ国軍名誉将軍――『黒の英雄』クロス・クロノス=ナノランスロット。来いよオーレリア。その倨傲を支える力、見せてみろ」
「……その上から語るような物言いがむかつくのよ」
彼女は腕を広げ、全ての指を僅かに曲げた。
「【透徹糸連・無風怒涛】」
次の瞬間、幸助の全身が切り裂かれる。
四方八方から押し寄せる、不可視の斬撃によって。
「…………ちっ」
全身に『黒』を纏っていなければ、確実にそうなっていただろう。
もはやお馴染みの甲冑スタイルだ。
当然、舌打ちを漏らしたのは初撃を防がれたオーレリアの方である。
剣を抜きつつ、幸助は思考を巡らせる。
攻撃のヒット数はあの一瞬で実に数十に達していた。
目に見えないと言えば『斫断の英雄』パルフェの『斫断』属性が真っ先に思い浮かぶが違うようだ。
それだけにしては発動速度と手数が異常だ。
僅かに『併呑』した結果、複数の属性が検出される。
『土』『光』『風』『囲繞』『切断』『延伸』『減縮』『歪曲』。
――なるほど、偉そうにするだけはあるか。
魔法式が複雑になるほど魔法の発動に掛かる時間は長くなる。
彼女は一瞬で八つの属性を掛け合わせた複合属性魔法を発動し攻撃を済ませたのだから、その技量は驚嘆に値する。
「【潤飾旅団】【剣群投射】」
幸助の足元から爆発的に『黒』が広がり、そこから人型が這い出る。
その数三十。
更に幸助の背後に十二振りの『黒』き洋剣が展開され、一斉に射出される。
それぞれパルフェ戦、リガル戦で使用したことのある魔法だ。
幸助自身も不壊の宝剣『黒士無双』に『黒』を纏わせ地を蹴る。
「【透徹糸連・劫風乱舞】」
彼女の指が微かに動いたかと思うと、それは起こった。
斬撃の嵐とでも言うべきか、不可視であるが故に正確な表現もまた困難だった。
破壊という結果でしかその存在を知ることが出来ぬ攻撃。
傀儡も刀剣も全ては細切れにされ、散る。
それは『黒』き装甲を越え、幸助の身に幾重にも裂傷を刻んだ。
幸助は瞬間的に再生を行い、装甲を再展開する。
「ねぇ、アンタの方は見せてくれないわけ? 不愉快なくらい傲然としたその態度を支える力をさ」
先ほどの意趣返しのつもりか、彼女は皮肉げに口許を歪めた。
瞬間、彼女は転がるように横転する。
寸秒前に彼女の立っていた箇所から円錐状の『黒』が突き出たからだ。
完全には回避し切れなかったようで、彼女の右手の甲から肘に掛けてが裂け血を滲ませていた。
「悪い、よく聞こえなかったからもう一度言ってくれないか?」
幸助がとぼけるように首を傾げると、彼女は歯を軋らせて呪詛を吐くように呟く。
「…………ころす」
彼女は苛立っているようだが、幸助は幸助で驚いていた。
おそらくだが彼女の攻撃方法は――糸だ。
この世界で魔法以外の物質創造と言えば『土』の専売特許だ。
彼女はまず『土』属性創造魔法にて軽量かつ強靭な糸を作り、片側を指に結ぶ。
その糸は『光』付与魔法によって光の透過率を弄られ、限りなく透明に近づけられたものだ。
よって見えない。
その軌道は指先から魔力を注ぎ『魔法式』を更新し続けることにより毎瞬自由自在。
それを支えるのは『風』魔法だろう。
『囲繞』によって魔力感知を無効化。
風の動きを察知したところで周辺の空気は『風』魔法で弄られている為に正確に軌道を予測することはほぼ不可能。
糸を叩きつけるだけでは攻撃力を発揮するのは難しいからこそ『切断』属性付与魔法で切れ味を跳ね上げる。
『延伸』で糸を伸ばし『減縮』で糸を縮め『歪曲』で糸を歪める。
ストックの『魔弾』も大概だが、オーレリアもまた規格外であった。
糸使いというのは創作でも珍しくない存在だが、ロマンがあると共に現実性を著しく欠く存在でもある。
だというのに、オーレリアはそれを完全に実現していた。
不可視という要素を加え、より完璧な形に仕上げている。
更に脅威なのは、二度目の斬撃が『黒』の装甲を越えて幸助を傷つけたことだ。
一度目は確かに防げた。
『黒』は容積あたりの『併呑』量という形で制限が掛かっている。
例えば一センチ四方、厚さ一センチのパネルで低級魔法一撃、といった風にだ。
もちろん実際の『併呑』量はその程度ではないが、この例えの場合同箇所に低級魔法を二度喰らうと『黒』の許容限界となり攻撃が貫通する。
一度目は防げたのに二度目は防げなかったということは、糸一本に込められた魔力量が前後で違うということだ。
糸の接触面などたかが知れている。
幸助が彼女の攻撃を防ぐには単純に『黒』を厚くしなければならないが、甲冑でそれをやろうとすれば動きを阻害されるレベルになってしまうだろう。
幸助はオーレリアに対する心証を大幅に上方修正した。
英雄のステータスにあぐらをかいている人間には出来ない芸当だ。
これは紛れも無く、弛まぬ努力を続けた者の、血の滲むような訓練を積んだ者の力だろう。
しかしだからこそ解せない。
「……お前、これだけの力があって――何を怖がってるんだ」
まるで幸助の言葉を否定するように。
暴力的な糸の嵐が幸助に押し寄せる。
「【千刃黒喰・白き斫断拵】」
幸助の周囲から刃を象った【黒喰】が無数に生まれ周囲に撒き散らされる。
その一つ一つが『斫断』付与によって切れ味を研ぎ澄まされ、『白』によって魔法を『無かったこと』にする効果を持っていた。
不可視とはいえ不可触でないのなら、やりようはある。
幸助は剣を構え、そして驚愕する。
彼女が眼前に迫っていた。




