101◇魔弾は穿ち、黒は喰らう
光線が二つ奔った。
一つは幸助に向かって。
もう一つは――ストックに向かって。
「――ッ!」
両者ともに、左腕の一部が焼失する。
ストックは一度目の防御を見て理由をすぐに把握。
砲門を幸助の探知圏外に設置することで予測を不可能にした。
最大限警戒し、半径一キロまでは知覚を拡大したというのに分からなかった。
つまりより遠くへ配置したということだ。
そこから一寸違わず敵を穿つというのは、もはや神技である。
光量を増やしたのか、その攻撃は『黒』の装甲をも融かした。
対して幸助のレーザーは単にそのまま熱光線を放っただけのもの。
それでも幸助が『黒』ではなく敢えて『光』を使うとは思わなったのか、意表をつくことが出来た。
「……なるほど、『併呑』か。神話時代に悪神の一部を喰らったというのも、あながち誇張ではなさそうだ」
負傷は互いに同じだったが、その内幸助のだけが急速に癒える。
『クレセンメメオスの魔力再生』だ。
同時に『黒』の装甲も修繕。
「貴殿は戦う程に強くなるのだな。……だがしかし、あまりに節操が無い」
「お前の魔法ほど美しくないのは認めるよ。戦いに美しさが必要かは別としてな」
次の瞬間二人が発動したのは、奇しくもほぼ同じ魔法だった。
「【光煌霖雨】」
「【光煌霖雨・黒纏】」
光の雨だ。
雨とは言っても、互いが互いをロックオンしているので実際の雨のように周囲に降り注ぐわけではない。
幸助は『黒』を最大出力で展開。
自分に到達する前の弱い光子達を呑み込んでいく。
幸助の熱光線はあろうことか――全て光線で相殺されていた。
必死に知識を引っ張りだす。光は質量を持たないため、漫画のように『ぶつかり合う』現象は起きないのではなかったか。
いや、可視光ではなく高エネルギーの光子となると衝突はするのだったか。
とそこまで考えたところで幸助は気付いた。
幸助はつい『併呑』を付与しようとしてしまったが、それによって光線の利点が潰されたのだ。
『黒』の『併呑』はすなわち『反応』である。
ストックの光線が『黒』と反応し『併呑』の許容限界を超過させることで魔法を壊したのだ。
幸助が止まっている間にも彼は足を動かしていた。
手には刃の無い柄。
何が起こるか、幸助には予想出来た。
もといた世界の男子なら誰でも憧れるロマン武器である。
光が刃状に収束し、固定化された。
「【光刃】」
「フォトンブレード……」
「貴殿の出身世界ではそう言うのか」
刃が振るわれる。
通常武器ではその剣戟を防げないだろう。
幸助は『黒士無双』に『黒』を纏わせ刃を受け止めた。
「ほう……よもやこの剣で鍔迫り合いが出来る日が来るとはな」
『黒』なら光だろうがなんだろうが『併呑』出来る。
だがストックはまるで勝負が決まったかのように笑った。
「だが愚策だぞナノランスロットッ!」
今まであった敬称が抜け落ちていることに気付き、幸助は喜ばしく思う。
態度を取り繕うような余裕を棄てて挑んで来ているということだから。
「【光煌天墜】ッ!!」
幸助に向かって、天より降る四つの光線が収束する。
彼の技量を以って初めて、それは相手にだけ作用する魔法となるのだ。
だが大技故に、読みやすかった。
光線は幸助に――届かなかった。
軌道上に霧状の障壁が展開されていたからだ。
『霧』属性とでも言おうか、『水』と『風』の複合属性である。
そこに『黒』を加えている。
乱反射と『併呑』によって光は役目を果たせない。
そしてその頃には、幸助の【光刃】がストックの首元に添えられていた。
彼の左腕は負傷したままであり、使えるのは右腕だけ。
幸助は右で『黒士無双』を握りつつ、左手に『黒』で作った柄を握っていた。
「……読まれていたのか」
レンズの奥の瞳に驚きを滲ませ、ストックは呟く。
「スナイパーが近距離戦を挑んできたら誰でも怪しむだろう」
もちろん英雄なのだから接近戦も得意なのだろうが、『魔弾』程ではないだろう。
数キロ先から光で敵を射抜けるとあれば、それはかなりの脅威だ。
おそらくこの戦争でも大いに役立つ。
「……おれの負けだ。貴殿に向けた嘲りの全てを撤回し、謝罪する」
互いに剣を引き、模擬戦は終了した。
「俺も謝るよ。その真面目さは美徳どころじゃない、立派な武器だ」
ストックは意外そうに目を丸くした。
負けた方が謝るというのは、勝った方は謝らなくていいということである。
だから幸助がこうも素直に謝罪したのが予想外だったのだろう。
幸助は挑発の意図に気付かれていなかったのだろうかと、やや焦る。
「ちなみになんだが、さっきのは」
ストックは幸助の発言を阻むように手を突き出し「いや、わかっている」と頷いた。
「あれがおれの本気を引き出す為のものだったということは。だからこそおれも来訪者が触れられたくないであろう部分に触れたのだ」
それもそうだ。
よく考えれば彼がその程度のことに気が回らない筈もない。
分かっていても怒りを煽られる挑発でなければ意味が無かった。
「あー……俺もまだまだ未熟だな」
幸助が頬を掻きながら言うと、ストックは肩を竦めて表情を歪める。
「そんな未熟な人間に負け、なおかつ勝者から謝罪など受け取ってしまったおれはどうなる」
冗談の気配を孕んだ言葉を向けられ、幸助は苦笑した。
「ストックの真価が発揮されるのはこういう演習形式じゃないだろ」
幸助は彼の左腕の負傷を『白』で無かったことにしつつ言う。
ストックも否定しない。
「かもしれんな。……だが」
その視線が一瞬トワの方に向いたのが分かった。
好きな子の前では格好悪いところは見せたくなかった、というところだろう。
幸助からは何も言えない。
何故ならその妹が飛び跳ねたりなどしながら幸助の勝利を喜んでいるから……。
「そ、それで、ナノランスロット殿」
「ん、あぁ」
ストックは急にそわそわしつつ、眼鏡の位置を直しながらこちらを窺っていた。
「貴殿は勝利したわけだが……」
「ん、うん。あぁ、『魔弾』パクちゃって悪いな」
「いや、それはいい。連合国勝利の為にはむしろ必要なことだ。アークスバオナの側も同じことをしている可能性は充分以上にあるからな。……ではなく。ほら、開始前にローゼングライス殿が言っていただろう」
数秒おいて、幸助は思い出す。
「あぁ、おっぱい揉ませてくれるとかいうやつか」
ぼんっと、ストックの顔が赤くなった。
初心とかいう次元ではないくらいに純情らしい。
「あ、あぁ、それで。で……どうするのだ、貴殿は」
つまり揉むか揉まないかってことだろう。
なんだか自分が急に普通の男子に戻ったような錯覚を幸助は覚えた。
まともに高校に通っていたら、友人とくだらない話に花を咲かせることもあったのだろうか。
よもや英雄とおっぱい云々について話すことになるとは。
幸助は少し考えて、「どうだろうな~」と返しておいた。
更に狼狽するストックを見て、あと少しだけ錯覚していられるようにと。




