11◇攻略者、赫怒ス
三層までは魔物の種類もそう変わらなかった。
二層・三層から出てきた魔物が一層に至ったのだろう。
四層で、新しい魔物に出くわす。
ドロテラ。
犬の顔をし、体毛を生やした人型の魔物だ。
剣や弓などを使い、武器に炎を纏わせる魔法を使う。
五層。
ギースト。
岩石で出来たゴーレムだ。
それを、ギリアンと呼ばれるゴブリンのような生物が搭乗し、操っている。
拳で殴った部分を爆発させる魔法を使う。
六層・七層。
ゼ・ギースト。
より高性能なゴーレム。巨大さだったり、耐久力であったり桁が違う。
六層と七層のギリアンは優秀らしく、一人で複数体のゼ・ギーストを操る。
二人は七層でそれを発見した。
最初は、匂いだ。
肉と脂質の、焦げる匂い。
幸助は知っていた。
これは、人の焼ける匂いだと。
「なぁ、あれ、死体か……?」
六体のゼ・ギーストを破壊し、操者であるギリアンを殺した後のこと。
壁に減り込み、拉げた上で灼熱されているが、それは人を思わせた。
幸助の胸をざわつかせたのは、体格からしてそれが十歳かそこらの子供と思しき死体だったからだ。
「…………そう、だね。死体だ。こんな小さな来訪者はあまりいないし、この街の子ならあたしが知ってる。だからこれは、多分、奴隷だよ」
シロは死体の前に立つと目を瞑り、額の前で手を動かした。
何を示す仕草かは分からないが、死を悼むものであると察しがつく。
「奴隷?」
幸助は両手を合わせ、しばし黙祷した後に尋ねる。
「クロの世界では、もう奴隷制は廃止されてるんだっけ」
「少なくとも、ルールの上では」
「そっか。でも、アークレアではあるの。捕まえた敵国の国民を奴隷階級に落として、商品として扱う。とはいっても、一般に浸透してるほどじゃないよ。基本、貴族とか富豪じゃないと持てない。結構、高額なんだ」
「…………そうか。で、貴族が奴隷を引き連れて迷宮攻略してると?」
「そうだと思うよ。たまにあるんだよね、ほら、来訪者の方が強いから、迷宮攻略って来訪者に頼ってる面があるんだけど、アークレア人で強い人も、やっぱいてさ」
「クウィンみたいに?」
愛称で呼んだことに眉を顰めながら、シロは空気の重さからか指摘せず頷いた。
「そう。それで、貴族ってのは、太古の来訪者の末裔とされてるの。神が休息についた後で、人々を導いた英雄の血族。だから普通のアークレア人よりは強くて、優秀なんだよね」
「利権を貪るクズだけじゃないと」
「……ふふ、そうだね。そういう輩もいるけど、それなら貧乏人の犯罪者だって沢山いるでしょ? 貴族は基本的に、国家を支える上流階級だよ。でも、だからこそ、簡単に没落しうる」
「あぁ、優秀で、国を支えるから特権を得られる。つまり、世代を重ね来訪者の血が薄まるごとに、生まれるガキがアークレア人に近づいてしまうことで一般人と化した貴族は、貴族を名乗ることを許されなくなるのか」
「そう。それでもやっぱ貴族だからプライドは高くてさ、没落を回避しようとするんだ。一番手っ取り早いのは迷宮攻略だよね。魔道具を回収して国に捧げることが出来るなら、優秀だと認められる」
「でも、元々没落するような奴だ。個人での迷宮攻略なんて、出来ない」
「うん、そこで話が繋がっちゃうんだ。奴隷を戦力、あるいは囮にした迷宮攻略」
「傭兵を雇えば、他者の力を借りたことになるが」
「そう、奴隷は“所有物”だから、当人の実力になる」
「詭弁だ」
「でも、成立しちゃうんだ。少なくともダルトラでは」
燃えるような怒りが、胸を焦がした。
視界上に、文字がポップアップする。
「敵国の人間だろうが、ガキを化物の餌にしていいわけがねぇだろ……!」
思わず叫ぶ。
――スキル『正義感』が発動しました。
――該当行為達成完了まで、全ステータスが大幅に上昇します。
ぎぎぎ、とゼ・ギーストの駆動音が近づいてくる。
気づかれたようだ。
「…………あはは、きみ、意外と熱血漢なんだ?」
「クズを殴るのに、熱血も何も無い」
「で、どうするの?」
「進む。進んで、没落寸前のカスを見つける」
「見つけて?」
「止めて、殴る」
「その後は?」
「そいつの態度次第だ」
「相手は貴族で、奴隷の扱いは別に違法じゃないから、きみが悪者になっちゃうよ?」
「知ったことか」
「折角、この世界では幸せになれるのに」
「許せないことから目を逸らして生きることは出来ない。それだけは、出来ない」
妹の死と被る。
目の前の奴隷は、救えなかった。
でも、おそらく、まだ生きている奴隷はいるだろう。
そいつらを救うことが出来るのは、自分とシロだけだ。
四メートルを超えるゼ・ギーストが二人を捉えた。
「発見したばかりの時、まだ煙が出てたから、死んでそう時間は経ってないと思う。急げば追いつけるよ」
「反対しないのか」
「きみの幸せに必要なことを、止めはしない」
「悪いやつだな、お前」
「かもね」
「でも、イイ女だ。間違いない」
「知ってるさ」
幸助は集結しつつあるゼ・ギースト八体と、その操者である三体のギリアンをロックオン。
「【爆裂せよと命ずる】」
瞬間、耳を聾する轟音と共に、それら全てが爆発飛散した。
「わー、豪快」
シロは複雑そうな笑みを湛えている。
周囲に煙が立ち込めるので、風魔法で一掃。
「幸い、スキルとやらで全ステータスに補正が掛かってる。節約は無しで進むけど、いいか」
「緊急事態だし、そういう時のために、普段節約が必要なんだよ」
「納得だ」