99◇魔弾の英雄、敵視ス
演習場に到着した。
以前『霹靂の英雄』リガルとの模擬戦や、魔術師グレイの偽魔道具発表の際に用いられたのと同じものだ。
幸助は発言順からてっきりまずは『干戈の英雄』キースと矛を交えることになるものだと考えていたのだが、いざ始めるという段になって一悶着起きた。
「待ち給えよ!」
声を張り上げたのは『魔弾の英雄』ストックだ。
スチャっと眼鏡の位置を直しながら、彼は進み出る。
キースと幸助が演習場の中心に向かって歩き出し、残りが観客席に上がろうとした時のことだ。
「フルブラッド殿! どうか最初の挑戦権を譲っていただきたい!」
追い縋るように早足で近づいてきた彼の叫びが、瞬く間に演習場に反響する。
「んぁ? おいおい『魔弾』の坊主、こういう言葉を知らねぇか? 『早い者勝ち』って言うんだが」
「……この際ナノランスロット殿が『旦那』であるのに対しおれが『坊主』なのは置いておこう」苦々しい表情で言ってから、表情を取り繕って「――そこをなんとか頼めないだろうか」と継いだ。
キースは無精髭を撫でながら「うぅむ」と唸る。
「まぁ、実際そこまで一口目に拘りがあるわけでもねぇんだがなぁ」
ストックは余程幸助と戦いたいのか、頭さえ下げて見せた。
「頼む……!」
それに押し負ける形で、キースは了承した。
「わぁったよ『魔弾』の坊主。そこまで言うなら代わってやらぁな」
キースは頭をぼりぼりと掻きながら観客席の方へ向かう。
「俺は誰からでもいいけど、ストックはそんなに俺と戦いたいのか?」
ストックは「無論だ」と頷いた。
二人で中央に向かいながら言葉を交わす。
「へぇ、そりゃまたどうして」
妹関連であることは容易に想像がついたが、幸助は白々しくも問いかける。
案の定、返ってきたのはトワに関連する答え。
「二戦目以降ではフェアではない」
「そっちは俺の戦い方を知って臨めるから?」
「あぁ」
「現実にフェアな戦いなんてほとんど無いだろ。そんなん求めてどうする」
ストックは強く拳を握りしめた。
「対等な条件で戦い、勝利してこそシンセンテンスドアーサー殿に証明出来るのだ」
「なにを?」
「貴殿より、おれの方が優れていると!」
ストックはトワに好意を寄せている。
幸助はトワと自分が兄妹であることを喧伝するつもりが無い。
それを知るエルフィ、クウィン、シロ、エコナにも口止めをしていた。
知られれば弱みになりかねないからだ。
何も知らない者からすると、幸助とトワの距離感は恋人のそれに近しく感じられるらしい。
トワの過去と五年越しの再会によるものなのだが、そんなこと知る術はないので仕方なくもある。
兄としては、妹を好いてくれるのは素直に嬉しいものだ。
手放しでとはいかないのが難しいところだが。
「……逢ってまだ日が浅いよな。見た目に惹かれてるっていうなら、やめといた方がいいと思うけど」
ストックはムスッとした顔になった。
幸助の忠告めいた発言に苛ついたというよりも、好きな女性の美点が『見た目だけ』と思われたことを怒るような表情だ。
それだけで彼がこと恋愛に対しては信のおける男であると幸助は感じたが、結論を下すにはまだ早い。
「逢って日が浅いというなら貴殿も同じだろうに……。まぁいい、貴殿の方こそどうなのだ。彼女の容貌のみに惹かれているというのなら、容赦しないぞ」
「あはは。確かに見た目が可愛いのは認めるよ。他は結構酷いけどな」
「貴様……」
「でも、あれで良いところも沢山あるんだ。お前はそこを見つける気があるのかな」
幸助の微笑に、ストックは気勢が削がれたとばかりに顔を顰める。
「恋人というより、保護者のような口ぶりだな……」
「可愛い見た目に釣られただけなら、引き下がった方が無難だよ。『魔弾』の坊や」
「……ふっ、言うじゃないか」
ストックは不敵に微笑む。
丁度互いに中央へ辿り着いたところだった。
「おれが彼女のどこに惹かれているかだと? それを貴殿に説明する必要が?」
「あー……確かに、無いな」
逆に、好きな女性の彼氏に『君の彼女のここに惚れたから略奪する』なんて言う方がおかしいだろう。
まぁ、面と向かって奪い取る意思を表明する彼も充分奇特と言えるだろうが。
「クロ~。勝ちなさいよー。勝ったらおっぱい揉ませてあげるわ」
と、エルフィが余計なことを言った。
幸助のことが嫌いな『統御の英雄』オーレリアがこれ見よがしに叫ぶ。
「そこの眼鏡! 偉そうに一番手に名乗りだしたんだから勝ちなさいよ!」
それにトワが表情を険しくする。
「はい? うちのコウちゃんは負けないんですけど?」
「はぁ? アンタみたいな貧乳には喋りかけてないんだけど?」
「ひんっ…………コウちゃん! さっさとこの無駄巨乳を成敗して!」
「あら、困ったら男を頼るなんて、余程自分に自信が無いのね」
「……ふっ、あはは…………燃やしちゃうよ?」
「ふんっ、やれるもんならやってみなさいよ、貧乳」
二人が口論をする中で『神速の英雄』フィオは「クロたすがんばれ~」と手を振っていた。
キースは鬱陶し気に表情を歪める『血盟の英雄』シオンの肩に腕を回し「商業国家出身なんだから金持ってそうだな『血盟』の。どうだ、どっちが勝つか賭けねぇか」と賭博を持ちかけている。
シオンはシオンで「ナノランスロットに三アルク」と金貨三枚という大金を賭けていた。
そこに『神罰の修道騎士』アルが「はいはい俺ちゃんは眼鏡くんに一アルク~」と参加し、それを『剣戟の修道騎士』アリエルが「やめなさい、愚か者」と咎めている。
『識別の英雄』チドリは愛用の手帳を手に「注目の一戦っすねー」と興奮を露わにしていた。
クウィンと目が合う。彼女は唇を動かしただけだった。
――が ん ば っ て。
無気力気味の彼女から貰うには、充分過ぎるだろう。
幸助は微笑みを返す。
ストックへと向き直った。
「そういやあいつ貧乳だけど、そこらへんいいの?」
「女性の価値を顔の造形や胸部、臀部に求めるのは愚か者のすることだ」
「ならお前はどこに求める」
「高潔さだ」
「……へぇ。なぁ、俺が勝ったらあいつのどこに高潔さを見出したのか教えてくれよ」
「いいだろう。ではおれが勝ったら……教えてもらうぞ」
幸助は首を傾げる。
「何を?」
ストックは顔を赤くし、しばらく黙ったままだったが、やがて絞りだすように言った。
「花束ではなく……彼女が喜ぶものは何か、をだ」
幸助は思わず「ぶほっ」と吹き出す。
「な、何を笑う!」
幸助は腹を抱えて必死に笑いを堪らえようとしたが、無理だった。
……あぁまったく、中々どうして嫌いになれない男だ。
「いや、悪い。馬鹿にしているわけじゃないんだ。……うん、わかった。それでいいよ」
瞬間。
二人から表情が消える。
「ラルークヨルド国土総合情報局秘匿第二分室室長――『魔弾の英雄』ストックフォルム=スパシーサ。貴殿の器、計らせて頂く」
「ダルトラ国軍名誉将軍――『黒の英雄』クロス・クロノス=ナノランスロット。計測が終わる前に負かしても怒るなよ」




