98◇神罰の修道騎士、嫉妬ス
世にも珍しい英雄の行列に、すれ違う者達の意識は当然ながら集中した。
その視線を一切気にしないあたりは、さすが英雄達というべきか。
一人、『神罰の修道騎士』アルヴァートだけがヘラヘラと手を振ったりなどしていたが……。
基本的に同国家所属の者同士で固まりながら、一行は幸助を先頭に演習場へと向かう。
「なぁなぁクロちゃん」
アルヴァートがゲドゥンドラの者たちから離れ、幸助の横に並び歩く。
馴れ馴れしい態度だが、下手に余所余所しいよりは話しやすい。
あくまで幸助的には、だが。
トワなどは慌ててアルヴァートから離れ、それでいながら幸助からは離れないでいる。
「あぁ、アルヴァート」
「アルでいいよん。長いっしょ、アルヴァートなんて」
アルヴァートが長いかはさておき、呼びやすさでアルに劣るのは確かなのでお言葉に甘える。
「じゃあ、アル」
幸助が微かに笑んで呼ぶと、アルも微笑み返してきた。
「それで、何か用か?」
「いやぁ、是非ともご教授願いたいことがありましてね~」
わざとらしく手をこすりあわせたりしながら、アルヴァートが囁くように言う。
「どうやったらそんなにモテモテになれるんだい?」
思わず苦笑が漏れる。
「……アルの方がよっぽど、女性の扱いに長けてそうだけどな」
社交辞令というか話を誤魔化す為の言葉だったが、アルは気を良くした。
「あ、わかっちゃう?」
照れるように頭を掻いたりしながら、上機嫌で続ける。
「でもうちの国厳しいのよ。聖職者は結婚どころか恋人も作っちゃいけないなんてルールがあるわけ」
「……そりゃ厳しいな」
とはいえ、そう珍しいことでもない。
幸助は無宗教なので詳しくないが、司祭職に妻帯を許さない教派があった筈だ。
独身制の理由には諸説あるが、幸助が聞いた範囲では、主が独身だったから、神への完全なる愛の証明、果ては教会財産が血縁へ相続されるようなことが無いようになどがあった筈だ。
神が直接「俺を敬うなら結婚すんなよ」などと言ったわけでもないのに、信仰する側が勝手に縛りを設けるのは妙にも思えるが、組織として活動する以上ルールは必要になってくるのだろう。
「……ん、でも恋人が作れないなら、モテる理由なんて聞いても意味ないだろ」
活用する機会が無いのだから。
しかしアルは「ちっちっち」と指を揺らした後で肩を竦めて見せた。
一々仕草が大げさだなと思ってしまうのは、幸助が日本人だからか。
「一夜限りの恋ってのがあるわけ」
「あぁ、なるほど。……そういうことなら、ご期待に添えそうにないよ」
どういうことだろうと、期待に添えるようなことはないのだが。
トワが散々言っていたように、そもそも幸助はもといた世界で非モテ男子だったのだ。
女性にモテる方法なんて、知らない。
「そう言うなよ~。俺ちゃんと君の仲だろ~」
「今日が初対面だが」
「友情は時間じゃなくて、魂で結ぶもの、だろ?」
格好いいような、薄っぺらいような。
と、そこでトワが口を挟んだ。
「あの……訊くだけ無駄だと思うよ。コウちゃん、魅力もテクニックも皆無で、おまけに性格悪いから」
なんて、憎まれ口を叩く妹。
どうでもいいが、テクニックというのは女性を口説く術のことを言っているのだろう。
人によっては誤解しそうで、幸助は若干焦った。
「そんなこと言いながら、トワちゃんだってクロちゃんにくっついてるじゃない。……コウちゃんってアダ名?」
トワは「くっついてないし。全然くっついてないから、っていうかコウちゃん近くない? あんまトワに近づかないでよね」などと苦しすぎる発言をした。
後から生まれた者にも、しっかり者と甘えたがりなど当然のように個性の差はある。
トワは、ひねくれた甘えたがりだった。
自分はそっけない態度をとるくせに、それを受け入れてもらった上で優しくされるのを望む。
幸助も周囲にシスコンと評された人間であるので、結局ついつい甘やかしてしまうわけだが。
たまには厳しくするのもいいかもしれない。
「あぁ、ごめんな。いいとこなしの俺なんかに近くにいられたくないよな」
と言って、トワから距離をとる。
自分で言っておいて、トワは「ぁ」と悲しそうな声を漏らした。
すかさずクウィンがトワのいたポジションに収まる。
トワは「あ……っ!」と不満気な顔をした。
幸助は敢えて無視する。
クウィンは少し前までぼうっとしていたようだが、いつからか機を窺っていたようだ。
「ほら、クロちゃんやっぱモテてるじゃん。秘訣を教えてよ」
「んなこと言われても」
「じゃあクウィンちゃん、ずばりクロちゃんのどこが好きなの?」
クウィンは虫螻でも見るような冷ややかな視線をアルに向けた。
「……気安く、クウィンって呼ばないで」
さすが色男と言ったところか、アルはすぐさま優雅に頭を下げる。
「っと……これは失礼。クリアベディヴィア卿」
すかさず挿し込まれた謝罪と訂正に、クウィンの静かな怒りは萎んで消えてしまったようだ。
「……別に。好きだから、好き」
アルは鼻頭を押さえて天を仰ぎながら「か~、羨ましいね~」と声をあげた。
幸助としては、なんとなく気恥ずかしいような気まずいような心持ちだ。
「アタシはやっぱり『黒』って部分よね。本物の色彩属性なんて好奇心が刺激されまくりだもの」
後ろを歩いていたエルフィがさりげなく会話に加わる。
「適性魔術属性もその人を構成する要素には変わりないわけで、自信持っていいよクロちゃん。やっぱり君はモテモテくんだなぁ。それで、トワちゃんは?」
話を振られたトワは「うぇっ」と妙な声を上げてから、「トワは別に……好きとかじゃないし」とか何やらぶつぶつ言っている。
まぁ兄妹なので、そこで「大好き!」とか言われたら逆に恐ろしいのだが。
「訊くだけ無駄だと思うぞアル。なにせ、俺は魅力もテクニックも皆無で、おまけに性格が悪いらしいからな」
トワは軍服の裾を手で握り「うぅ……」と恨みがましい視線を向けてきた。
「そういう意地悪はよくないぜクロちゃん。トワちゃんだって何も本気で言ったわけじゃない。そうだろう? トワちゃん」
アルからの助け舟に、トワは慌てて乗り込んだ。
「ま、まぁ? コウちゃんにも良いところが無いわけでは無かったりすることも無きにしもあらずだったり? するかもね?」
「ほうほう。参考までに聞かせてもらえるかい?」
どうやら幸助からモテる秘訣とやらを聞き出すより、実際に女性が幸助のどこを良いと判断したかを知る方がタメになると考えたらしい。
トワは俯き、肩をすぼめ、首から上を真っ赤にし、誤魔化すように髪を指で巻くように弄びながら、蚊の鳴くような声で言った。
「…………や、……やさしい、ところ……とか?」
そう言ってこちらに向けた視線は、水気を帯びているようにも見えた。
「……お前が俺のこと褒めるの、人生初じゃないか」
いや、小学校低学年くらいまでは無邪気なお兄ちゃんっ子だったように思う。
それ以来、ということになるか。
「は、はぁ!? そんなことないし、もしそうだとしたら褒められるようなことをコウちゃんがしてなかっただけだし!」
恥ずかしさを誤魔化すためか、彼女は幸助から視線を逸らした。
反して、アルは幸助の方をジロりと睨む。
「クロちゃん……俺ちゃんとポジションチェンジしない? 今なら修道騎士を名乗る権利つきなんだけど?」
冗談と判別がつかない声音だったが、言葉からして冗談だろう。
だから幸助は苦笑して、「断る」と返した。




