10◇攻略者、進行ス
魔物にとって、人間は栄養の塊。
歩いているだけで襲われ、戦闘の騒動で更に魔物を集めてしまう。
通常、それを避ける為に魔力漏れを防ぐ被膜を纏う【我其の衣纏いし[クラヴェリ・ウェリア]】という魔法を使うらしいが、今回は敢えて使わなかった。
魔物達を外へ出さないためだ。
入り口に向かうよりも先に、栄養価の高い人間が二人いるということで、魔物達はこぞって二人に襲いかかった。
黒い毛玉ことモルモルの一体どこが火属性かというと、使用魔法だ。
モルモルは三秒注視したものを発火させる魔法を使える。
ただ、ド近眼なために、目的の近くまで寄らねば発動出来ないのだという。
だからあぁも幸助に近づいたのだろう。
咄嗟に殴ったのは、期せずして最適解だったということ。
他に、ゼストに棲息する魔物たち。
二足歩行する人間サイズのトカゲ。
リザードマンの方が親しみ深いが、アークレアではドラゴニクと呼ぶらしい。
ドラゴニクは全員湾刀を持っていて、近接戦を得意とする。
そして、火を噴く。
即座に灰になることはないが、全身が燃え上がるくらいはする威力だ。
少し不気味なもので、ケケラ。
一見、人間っぽく、等しく仮面を付けている。
だが、身体の動きが妙で、というより関節という概念が無いらしく、ぐにゃぐにゃと自在に身体の形を変えながら戦う。
手のひらで触れた部分から火柱を上げる魔法は、罠としても機能するのでやや厄介だ。
今回第一階層まで漏れ出てきたのは、大体この三種。
二体ほど、ドラゴニクより二回りガタイのいいドラゴニク・ロニスという上位種もいたが、二人は順調に駆逐していった。
数百体ほど狩ったところで、幸助は気付く。
「驚くほどに、疲れない」
幾らなんでも、ここまでの持久力は自分に無かった筈だ。
実戦それ自体は初めてではなく、生物を殺めるという経験も、最も抵抗を感じるであろう同種でとっくに済ませているので、恐怖などがないのは、自分の性質によるものだろう。
しかし、生物を殺めるというのは、労力のいる行為だ。
暗殺などではないのだから、なおさら。
それを、慣れない土地で、こうも繰り返して、息一つ乱れないのは、異常。
そういえば、モルモルを始め、敵の動きが妙に遅く、読みやすかったように思う。
「言ったでしょ? 不幸な分、転生後に補正が掛かるって」
「……あぁ、ようやく、実感として理解したよ」
自分は確かに転生したのだ。
生き物としての、規格が変わった。
同じ見た目、同じ記憶でも、同じ存在では無い。
「粗方片付いたっぽいし、行こうか。次の階層へ」
下へ続く道は複数あるという。
立坑タイプ、螺旋階段タイプ、下り坂タイプなどが、幾つかの場所に配置されるのだと。
幸助達が見つけたのは、下り坂タイプだった。
途中、ドラゴニク・ロニスに遭遇してしまう。
お互い、一瞬、固まった。
「あたし投げナイフ無くなってきたから、クロよろ」
軽い調子で言われながらも、幸助は請け負う。
「悪いけど、第一階層への路は通行止めなんだ。引き返す方が賢明だぞ」
ロニスは、威嚇だろう、僅かに火を噴いた。湾刀を、抜く。
幸助も直剣を抜いた。
切断性能を向上させる、切断付与魔法【悪神断つ刃と成れ[スラックラー・ヘイズ]】を発動。
同時に鉱物に作用する土強化魔法【其は城塞が如き堅固の体現者[シークドイル・エルク]】を直剣に掛ける。
これで安物も、魔力と引き換えとはいえ、一時的に名刀と化す。
「ドグシュ!」
行くぞ、とでも言うようにロニスが駆け出す。
「【凍て付けと命ずる[アイーシャ・ウォン]】」
『水』を『風』魔法によって冷却する、という魔法式を組むことによって『氷』魔法を形作る。
ロニスの両膝と両肘に球体の水が纏わり付き、瞬時に凍りつく。
「ドグラバッ!?」
驚くロニス。
足と腕の可動域が大きく下がったのを確認し、幸助は懐に飛び込む。
ロニスはどうにか防ごうとするも、肘の曲がった状態で凍結された腕では上手く行かない。
二本の腕を一振りで切断。
苦痛と共に、ロニスの顔に恐怖らしきものが浮かんだように見えた。
錯覚かもしれない。
「ここを出たら、お前、人間を喰うんだろう」
剣を構える。
「恨みはないけど、魔物よりは、人間に味方したい気分なんだ。悪いな」
ロニスは火を噴こうとしたらしいが、もう遅い。
横薙ぎに振るい、首を刎ねる。
血を撒き散らしながらくるくると舞った首は、地面に落ちた後も傾斜に添ってしばらく転がっていく。胴体は、ドスンと音を立て倒れた。
「道が空きましたよ、レディ?」
一人突っ立っていたシロに、からかうような言葉を向けながら、血振るい、そして納剣。
「ロニス相手に魔法三つは、使いすぎ」
「……手厳しいな」
「つい使っちゃうのもわかるし、ゼストなら大丈夫だろうけど、高難度迷宮だと魔力切れは死に繋がるから、使い所を見極める能力も必要だよ」
「肝に銘じておくよ」
確かに、シロの言うとおりだった。
幸助は別に、力を誇示したいわけではない。
状況に応じ、必要なだけの力を出すというのは、大事なことのように思えた。
ましてや、それを正しく行えない者に、害があるというのならば尚更。
「とはいえ、よく一人で勝てたね。よしよし」
ぴょこぴょこ立ちしながら、こちらの頭を撫でるシロ。
「お褒めに与り、光栄です」
丁寧に一礼すると、シロが優しく笑った。
「じゃ、行こっか」