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第八話 お父さんお母さん

 私の傷は、服を脱がなければ手当が出来ないのだ。そのことに気づくと、シェイはごめん、と慌てて謝った。

「そ、そんなつもりじゃなかったの! こ、このこと、パイには……ッ」

「判ってる、内緒、ね? ね、グイって誰の子?」

「雲の子。星と月の子。役目は、MASKの末梢」

「……聞くよりも先に、答えられちゃった」

「だって、夕子、空の話、好きって言ってた。判るよ、質問内容くらい。ねぇ、何でそんなに空の話、興味、ある?」

 シェイが首をかしげて、興味津々に私の目をのぞき込む。

 その目がやけにきらきらして見える。彼の外見が、きらきらしててもおかしくないからだろうか。それとも、彼の性格が、きらきらしててもおかしくないからだろうか。

 私は苦笑を浮かべて、そうね、と目を伏せる。

「小さい頃から、ずっと歌っていたからかな」

「小さな頃? 夕子にも、そんな時、あったの?」

「失礼ね。人間だもの、誰にだってあるわよ」

 そう言うと、シェイは顔に物凄く難しげな表情を浮かばせた。どうやら、子供の頃が想像できないようである。

「夕子の子供の頃……どんな、かな。小さい?」

 私は、ゆっくりと立ち上がって、タンスの上にある、写真立てを手に取り、シェイに見せてあげる。

 写真立ての中には少し若いけれど、眼差しが少しシェイと似ている黒髪の父、それと隣には幼い私を抱いている髪の長い母が居て、三人とも幸せそうな笑みを浮かべている。

 見ているだけで、寂しさなんて無くせそうな家族写真。一人暮らしする前から、この写真を持って行こうって決めていた。

 一番、楽しそうで、幸せそうな写真だから。――唯一、寂しさを知らなかった頃だったから。

「……この女の人、夕子に似てる」

「髪の長さが同じで、ウェーブが同じくかかっているからじゃない?」

「……嗚呼」

 まじまじとシェイはその写真立てを触り、母と父を震える指先でなぞる。

 まるで、「母」という存在、「父」という存在を初めて知ったように。それはもう、おそるおそると、怖々となぞっていた。

「お父さん、お母さん……」

「そう。私のお父さんと、お母さん」

「……幸せ?」

「うん、幸せよ。今も」

「……――離れてるのに? 会えないのに?」

 シェイはぎゅっと眉間に皺を寄せて、問いかけてくる。

 真剣な眼差しだったから、真剣に答えなきゃいけない気がした。

「離れてても、思い出すことは出来るから。それに、人の思い出って、美化されて記憶できるのよ、便利でしょ?」

 笑って言うと、彼は真面目に捉えて「そうなんだ」と頷いた。

「冗談よ」

 慌てて付け足すと、きょとんとした顔をして、その後で唇を尖らせた。子供のようで可愛いと思ったのは、内緒にしよう。そうでないと、益々唇を尖らせるだろうから。

「騙した」

「違う、からかったの」

「騙す、冗談、どう違うの?」

「……悪意があるのが騙す、悪意がないのが冗談……かな? 境界線は難しいわね」

「……ボクの――」

「?」

「ボクの、お父さん、お母さん、幸せじゃない」

 私は、首をかしげて、次のシェイの言葉を待つ。また、質問の回数を決められたいか、と言われるのは厭だから。それに、あんまり、進んで聞いたら悪い気がする。…こんなシェイの辛そうな、今にも泣きそうな顔を見たら、誰でもそう思う。

「ボクのお父さん、お母さん、ボクと離れているから、幸せじゃない、思った。でも、夕子のお父さん、お母さん、夕子と離れていても幸せ。おかしい」

 シェイは今にも泣き出しそうな、けれど必死に堪えている表情だった。

 苦痛を味わい続けて、その苦痛を判って欲しいと、つらつらと表情が物語っている。

「……何で、シェイのお父さんお母さん、幸せじゃない? 人間より、ずっとずっと幸せであるべきなのに。お父さんも、お母さんも」

「……幸せって、人それぞれじゃないの?」

「それぞれ?」

「例えば、こうやって、私が貴方と話す。これだけで、私は幸せよ? 大好きな歌の人物と話せて居るんだから」

「……冗談、騙す、と一緒じゃない、それと一緒?」

 シェイの言葉は、舌足らずで、あんまりよくは判らない。

 だけど、多分この言葉の意味は、境界線が曖昧ってことを言いたいんだろう。

「そう、一緒。シェイは――お父さんとお母さんに幸せになって欲しいの?」

「……幸せになったら、ボク、傍にいていいかなぁ? ボク、MASK探しより、皆の傍にいたい」

「……普段は、皆と一緒じゃないの?」

 シェイは少しだけ遠くを、此処ではない、私ではない誰かを見つめるように、惚けてから、質問に気づいたのかびくりと動き、首をぶんぶんと横に振る。

「皆、役目あるもの。ボクがボクじゃないと出来ないことっていうのがあるように、皆がそれぞれ皆でないと出来ない、って。だから、いつもボクはお外に放りっぱなし。パイロンは時折、天に帰るのを許されてるけど、ボク、外に居なきゃ駄目。MASK、外の生き物」

 ――シェイは、寂しい子だ。

 シェイには悪いけれど、そう感じた。

 親の幸せを祈る。その理由は、親が幸せになったら、自分が傍に居られるかもしれないから。兄弟と両親と一緒にいたいから。

 なんて純粋で、清く、切ない願いなんだろう。言葉が単純だからこそ、その切なさは計り知れなく。

 この子は本当に、親からの愛情を貰えてるのか、ふと不安になった。

 さっきだって、父さんと母さんの写真を見せたら、初めて知るように触れていた。

 それは人間での父親と母親を見るからではない気がするのは、気のせいだろうか?

 シェイは……寂しい子だ。

「シェイ。本当のお父さん、お母さんっていうのはね、子供に役目を与える前に、愛してくれるんじゃないかな」

「……愛して、くれる?」

「うん。だって、子供は自分の分身だもの。……中には嫌う人もいるけど」

「……自分の、分身。でも、ボクは、太陽の形、してない。月の形、してない」

「…金色と銀色の鱗があるじゃない。それが、形の変わりなんじゃないの?」

 シェイはぱちりと瞬いて、少し私の言葉に期待したようだ。

「だからね、シェイ。私、貴方が嫌いで言うことじゃないのだけれど……。太陽達は、子供のことを完全に道具として、見てるんじゃないかな」

「……ッ違う。それ以上言ったら、夕子、殴るよ!?」

 期待したのに全く違う言葉をかけられたと思ったらしく、シェイは苛つきを露わにする。

 外の天気が悪くて、シェイの怒りに伴うように、雨がざぁざぁと降ってきた。

 ざぁざぁ降ってくる雨の中、私とシェイは部屋の中で沈黙を保つ。

「…シェイ」

「人間にだって、居るじゃないか! 役目を与えて、一切関わりがない親と子供。お、オウゾクだっけ? とにかく、夕子の視点だけで物を見ないでよ!」

「……ごめん」

「……うん」

 謝ると、少しだけ苛立っていたような、否、焦っていたようなシェイの興奮していた顔が、落ち着きの色を見せて、怒り肩も、なで肩になった。

 確かにね、私の見解だけでそう判断するってのも、問題だと思うわ?

だけど、……だけど。

「シェイ」

「……明白わかってる。ボクだって、何かがおかしいのは知っている。でも、でも、信じたい……ボクらは、愛されるために生まれてきたって。否、信じてるのは、ボクだけかもしれないけど…」

「うん、それは自然なこと。皆、そう思うわ。きっと」

「……ううん、パイもグイも……ハオも、思ってない。皆、それぞれ役目を果たしたい、思っている。それしか、見えてない」

 本当に、そうなのかな。私が研究したかった空の子供って、こんなに悲しい関係のままなのかな。

「……ボク、愛が欲しい」

 恥ずかしげもなく、こういう台詞を吐ける純真さに目眩がしそう

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