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第七話 幾度目の覚悟

 シェイは当然ながらも、痛い、痛いと、涙をこぼす。その声は、私にだけ、響き渡り、帰ったら手当してあげようと、思わせた。

「龍! ああ、私の可愛い天使! 何て綺麗な声で歌うのお前! …今までで、一番素敵な歌声よ」

 危ない。MASKに寄生されてるからか、元からなのか、判らないけれど、この人って危ない。

 お城では、そんな様子、微塵も見せなかったのに! ただの、儚げな美少女に見えたのに。

 ユーリ様は、シェイが叫んでその声に酔いしれてるかと思えば、…って、わわわ、シェイ、動かないで! 身の伸び縮みを、盛んにしないで!

 ……痛い、のは、判るけど、落ちるって、これ!

「私の天使を、奪わないで!」

 シェイが動いている間に、ユーリ様は更なる追い打ちをかけようと、刀を振り回す。

 ただの無駄な動きに見えるが、ユーリ様はまたしても口早に何かを唱えている。

 私の服が、何かが掠めたように少しづつ斬れているのに気づくと、今度は何の魔法だか、理解できた。小さな真空刃を手当たり次第にまき散らす、鎌鼬の魔法だ。

 彼女は、飛翔魔法といい、風系の魔法が得意のようだ。

 シェイは、鱗の強さを見せて、鼻の切っ先以外にはかすり傷程度しか見せてくれない。けれど、鼻の切っ先の傷を益々抉る形となる攻撃方法だった。

「シェイ、落ち着いて!帰ったら、手当してあげるから!」

“やだ! 消毒液やだ!”

「落ち着いて、まず体を伸ばして、一直線に、あの人から一番遠いところに尻尾を!」

“? あ! ……判った!”

 痛みに堪えて、ぐんと、伸ばす。そこから先は、もう判るだろう。勢いよく、体を曲げて、半回転して、ユーリ様を遠くへ叩き飛ばす!

 遠心力を利用してみた。どんな魔法でも、結局は自然の本当の力には勝てないんだ、と魔法使い志望の私が思うなんて、不思議な話。

 そして、遠くへ飛ばされ、丁度宙を舞ってるときに、ユーリ様の業は来た。

 重力がのしかかり、彼女は叫んで、地面に落ちていく。

 巧く着地が出来そうになかった、と思ったら、シェイが飛んでいき、尻尾の先をユーリ様に絡めて、ゆっくりと地へ横たわらせた。

 「どうして、助けるの? 殺そうとしていたのに」

“人間、殺しちゃいけない、皆に言われてる”

 …律儀というか、なんというか。あの攻撃は、じゃあ何なの、と聞くと、力は抜いたと答えられた。それでも、複雑骨折してると思うのだが。人間を殺しちゃいけないのなら、MASKはどうやって殺すんだ、と問うと、それはグイにしか判らないと答えが脳に返ってきた。

 それから、地上に降りて、シェイは人間に化けて――可哀想に、鼻筋に横に一直線で傷が入っている、鼻が真っ赤だ――、私を引っ張って、逃げた。




「っは、早速MASKを見つけるとは、結構結構。ご苦労じゃな、シェイ、人間」

 帰るなり、パイロンに報告すると、パイロンは人の姿になって扇を扇ぎながら、シェイと私を労う、言葉だけで。

 私は薬箱を引っ張り出し、幾つか薬を買い足さないとと思いながら、パイロンに目を向ける。シェイは真面目な顔で、パイロンに身振り手振りで話していた。

 鼻からの出血は、そのままで、パイロンも痛そうだと思ったのか、扇を持ってない手で、つついてみる。シェイは当然ながら、痛み悶え、痛みが声にならないのか黙ったまま転がる。

「パイロン!」

「何じゃ、人間」

「あからさまに痛いことしちゃ駄目でしょ! ……今、手当するんだから」

「……竜には手当など、不要じゃよ。竜の生命力を侮るな? 変に人間の薬で治療してみろ。自然治癒力が無くなる、下手したら」

 パイロンは私の言葉を鬱陶しそうに、掌でひらひらとしながら不服を申し立てた。

「……それでも、せめて、消毒ぐらいしないと。傷口からばい菌が入ったらどうするの?」

「そんときゃ、そん時じゃわい」

 弟に対して、なんて態度だろうか。……名ばかりの兄弟、の意味がわかった気がする。

 私はパイロンに鉄拳を喰らわせてから、シェイに向き直る。

「何するんじゃ人間!」

「冷たいからよ、馬鹿! シェイ、手当しよう?」

「……消毒液、染みる。厭。厭。厭」

「何も厭と三回言わなくても良いじゃない」

 私は苦笑して、自分の傷は服が少し裂けてかすり傷が出来たくらいなので――あの魔法、手慣れてないんだな……手慣れていたら、効果はもっと恐ろしいことになっていただろう――。

 先にシェイの傷を見てから、手当をしようと思って、てきぱきと手を動かす。

 シェイは消毒液に反応しながらも、パイロンと会話を続ける。

「グイ、呼べる?」

「――まずは、母上達に報告せねばなるまい。それからでないと、グイが来る許可は下りまい」

 パイロンは、私の力ない鉄拳を大げさに痛がりながら、扇を閉じて、腕を組む。

 そして、シェイを半目で見つめて、何事か考える。

「……グイが来たら、次に子供が来るのは数日後だな」

「……――ハオが、来る……」

 シェイが、嬉しさをひたすら隠したような憂いだ顔をする。

 声にもいつもの元気の良さはなく、雨が降ってる最中の花のようにしゅんとしている。

「ハオって誰?」

 ここでようやく、ハオについて聞いてもいいような気がした。

 いつもシェイが暗い顔をする、ハオという存在について、傷物に触れるみたいで聞けなかったけれど。

 今なら聞いても許されると思ったから。

「ハオは、年長者――空の子供第一子じゃよ」

「シェイとパイロンのお兄さん?」

「否、唯一の女児じゃ。まぁ、いつも男のような服装をしとるがなぁ」

「ハオって、誰の子?」

「……人間よ、質問の回数を決める気はないか?」

 うんざりとしたようにパイロンは、耳を小指でかきながら、扇の閉じた先を私に向ける。

 聞きたくなるのはしょうがないじゃない。それだけ気になってるんだから。

 でも、この言葉は、わざとシェイを傷つけない為に会話を変えたものだと、後日判った。 判ったところで、どうしようもないのだけれど。

「ハオが来ても良いのなら、オレぁ報告しに天に参り、グイを連れてくるが、どうするね。シェイ」

 パイロンはここで初めて、少しお兄ちゃんらしくシェイに意思を問いかけた。

 シェイは消毒液をつけ終わると、少しだけほっとした顔をして、自分で絆創膏を貼る。

 髪を変な風に一緒に巻き込んでいるので、その手を止めて、手伝ってあげた。

 「……パイ、ボク、何回目の覚悟をしなくちゃ駄目?」

「……――お前さんが、今回が確実だと思うのならば、それは確実じゃ。お前はMASKを見つけられる。オレには無い力だ」

「要は何?」

「この世界は誰次第?」

「……ボクら次第」

「住みよい環境を作りたいとは思わないかね? 母上父上に与えられた役目に、不服でも?」

 パイロンが柄の悪い目を細めると、迫力が増す。威厳があるというか、なんというか。

 でも、それでいて、何を考えているか読ませない不思議な奴だ。感情を隠すのが巧いなぁ、と、ふと思った。

「……判った。天に行って、グイを呼んできて」

 シェイは溜息混じりに、パイロンとは反対に感情のにじみ出やすい顔を、何かを覚悟したようなものに変化させて、頷いた。

 それを確かにその目で認識すると、パイロンは、窓から、白いトカゲ姿になって出て行く。

「……っさ、じゃあ、次は、夕子の手当の番だよ」

「え、私は……自分でやるから、気にしないで」

「ボクにだけ、痛い、させた?」

「いやいや、私だって、痛い思いをするから、大丈夫!」

 何が大丈夫なんだか。それでも、シェイは疑心の眼差しで私を見るので、最終手段、スケベと罵った。

 その言葉に、きょとんとして、次の瞬間には慌てた。

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