第三十二話 私を忘れないで
私も何か言おうと思ったけど、ハオの言葉を待つことにした。
「有難う」
漸く出てきた言葉は、何処か嬉しかった。だけど、寂しかった。
「あたし、月にあるまじき行為だろうけれど、人間じゃなく、あんたのために、あんたの子孫のためだけに、世界を照らすから。それが、あたしに出来るお礼」
私は無言で首を振る。
お礼なら貰ったわ。空を、憎い空を倒してくれたもの。
「ハオ、私、空に轟く程の魔法使いになってみせるから」
「……うん。元気……で……やだな、これ、何?」
ハオの目から、光るものが零れた。それを堪えようと、ハオは目を押さえる。
で、次には顔を押さえる。
もう、何も言えない。
だって、次の言葉は、ばいばいになっちゃうから。
パイロンが苦笑して、自分より背丈のある姉の頭を撫でてやる。
「愚姉、人の子が笑って帰れんじゃろう、それでは」
「……っるさいわね、あた、あたし、だって、……!」
「……ヒノ」
グイが今度は口を開く。
グイはサングラスを持ち上げて、かけなおしながら、私の方を見て。
「……礼を言う。己はテメェが何も言わなかったら、兄弟同士で殺し合っていた」
「……私こそ、有難う。空が、貴方達が居るのなら、また空が好きになれる」
「……それなんじゃがな、人の子。新しい唄を考えてはくれぬか?」
「……え、ちょ、ちょっと待って!?」
「――いつまでも、あんな唄では、末っ子も苦しいじゃろう。末っ子の愛したお前さんが考える唄なら、皆納得する。少なくとも、空は、な」
「……作詞とかしたことないのに、そんな意地悪言う?」
「いやいやいや、意地悪ではない。真剣に言うてるのじゃ。どうかね」
「……私に選択肢なんて、ないじゃないの。馬鹿」
私は、息を吸って、歌ってみせる、即興で考えた奴だ。
今、聞かせないと、永遠に聞かせられないから。
楽しい 楽しい
楽しい 楽しい 不思議な予感。
太陽の子、不思議な予感感じて空を彷徨う
星の子、弟思い、眠っても頭を撫でる
雲の子、それ見て微笑み。
でも本当の不思議な予感は
太陽の子が愛した人の子
月の子、それを見て、にこり笑い
雲の子やっぱり微笑み
音痴なのは…判ってるわよ。センスがないのも、とっくに知ったわよ。
ジャオファ、何もそこまで苦い顔をしなくたっていいじゃない。
「ふむ。中々に良い唄じゃ。口伝が塗り替えられ、これになるといいな」
「……うん、そうだね」
「ユウコ、そろそろ行こう」
ジャオファが空気も読めず、そう急かす。それとも、空気が判ってて急かしているのかな。いつまでも、こうして此処にいると、歯止めがきかなくなるから。
「皆、大好きよ。有難う、空の子供」
「立派な魔法使いになりなさいよ!」
「うん!」
「もうテメェはシェイの祝福魔法がついてるから、物理攻撃だけに気をつけろ」
「うん!」
「人の子、愛しておったよ」
「う……!?」
パイロンを見遣ると、かかかと笑い、手を振っていた。
他の皆も、パイロンを見ていて、そしてハオがぼこぼこにする。
それをジャオファも笑って見つめてから、星に空が私たちを嫌うように頼む。
「……有難う、有難う、皆、有難う!」
皆の姿が遠くなっていく。雲がすり抜けていく。それでも、声は届くことを信じて。
「私、皆のお陰で強くなれたの! 皆に助けられたの! ねぇ、だから」
だから、だから、だから。
言葉は何も思いつかず、…その間にも段々と地上が見えてきて。
世界が見える。街が見える。私が住んでいた街が。…嗚呼、私の世界はこんなにも狭かったのだと、今思い知る。
「ユウコ、僕に捕まっていろ。トランクを離すな! 地上に降りる反動は、物凄い」
私は言われたとおり、ジャオファに抱えられて、地上に降りるのを待つ。
そして、思いついた言葉を、空に向かって。
「私を忘れないで!」
私は人間。いつかは風化するし、それにきっと死んだら火葬されるわ?
そして私を覚えている人間は減っていくでしょうね。
でも、でも、貴方達だけは、覚えていて。お願い。
貴方達と出会ったことを無にしたくないの。私の子孫にも語り継がせていくから。
涙が空に落ちる。嗚呼、何か、いつもと逆で面白いなぁって思ったり。
地上に降りると、地上は揺れて、地震が少し起きた。
私たちの降りた地面の周りは窪んでいて、クレーターみたいなのが、出来ていた。
私の足で降りてたら、私の足が砕けていただろう。
改めて、空を見上げる。
私の知らない、でも知り合いの、友達の、空を。
空はこんなにも、真っ黒い。
月だけが明るく、私を照らして、家への道を示していた。
帰らなきゃ。
帰って、ご飯を作ろう。
辛いみそ汁は作らない、べちょべちょのお米も炊かない。
ちゃんとした料理を作ろう。
世界は永遠に夜に満ちた。
だけど、私の心には朝が来ている。太陽が、上り詰めている。
さぁ、朝の息吹を浴びよう。




