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第二十二話 そうしてプロローグに戻り、動く

「シェイ、心臓をあたしに刺された夕子ちゃんが見たい?」

「……ッどうすれば、どうすればいいの? 夕子には闇の魔法も、竜の生命力もない! 何も持ってない!」

 ――何も、持ってないのは、貴方の方よ、シェイ。

「ぼろぼろじゃない……」

「夕子! 駄目、喋らないで…!」

 ――本当は、貴方の方が痛いんでしょう? お腹から、血が大量に出てるわ。綺麗な民族衣装が台無しね。

 目も片目が閉じてて、あの優しい紫の瞳が一つしか見られなくて、残念。

「シェイ。気づいて」

「夕子?」

「シェイ。貴方は、思ったより愛されてるのよ」

「……夕子」

「……空は貴方が嫌いかもしれないけれど、空の子供は貴方を嫌ってない。皆、苦悩しているもの。貴方を殺すことについて、今まで悩んでいたもの」

「……嘘だ」

 小さく笑って、シェイは呆然としていた。

 小刻みに震えて、嫌、とまた小さく喚いた。

「本当。ねぇ、皆、大好きよ? 貴方が皆、大好きよ?……」

 駄目ね。貴方に触れようとしても、手が震えるだけで、伸ばせない。そんな私に、シェイの恐怖が追い打ちをかけるように、焦り出す。

「嘘だ! ハオ、僕を殺して良い! だけどその前に夕子を回復させて!」

「――大人しく、殺される?」

「MASKは、まだ体内に留まっている。殺すなら、今だよ」

「……なら、いいわ。早く、回復させなさい」

 多謝ありがとうと言って、シェイは何事か口早に唱える。嗚呼、何か気持ちいい。ハッカの飴が体中を巡っているようで、すーっとする。

「シェイ、厭よ。私は認めない。殺されちゃ、厭だよ」

 シェイは何も答えない。私をゆっくりと地面に下ろして、桜の下で、腕を広げる。

 ――何処からでもどうぞって言ってるの? やめてよ、酷い冗談。

 グイが何の躊躇いもなく、シェイの腹を刺した。もう、思ったほど出血の勢いはよくはなかった。同じ腹だから?

 「――MASK消去、完了」

 グイがそう呟き刀を引き抜くと、シェイの体がきらきらと光って、火柱のように揺らめく。

何かが叫ぶような声が聞こえた。MASKの断末魔だろう。…シェイの死期が近いことを知らせる、鐘の音でもある。

 シェイは痛いのも堪えて、必死に立っている。今度は、ハオの番だ。

 ハオは、苦虫を噛んだような顔をしながら、シェイに近づく。

 シェイは、息づかいが荒くなりつつも、ハオが刺してくれるのを待っていた。


 ――とすん。

 ハオの持っていた剣の切っ先は、地面に刺さった。

 ハオは、自分の顔を押さえて、膝から崩れた。

「できるわけないじゃない…………殺すなんてできるわけないじゃない! あたしだって、あたしだってシェイが好きなんだから! 偽善と言われようと、好きなもんは好きなのよ!」

「…………ハオ――」

 ハオの沈痛な叫びに私は胸が痛む。

「あたしは、何と言われようと、シェイが自慢の弟だって言える! 他の奴らは兄弟なんて言えないかもしれないけれど、シェイに抱いていた感情は、確かに兄弟愛だったって、言えるわ! …………初めての感情だった。そんなのを持たせたシェイを、殺せると、思う?」

「…………――ハオ」

 シェイの動きが止まる。

 桜の木々が風によりぶわわと広がり、感動的な今に相応しく、荘厳な光景だった。

「あんたが生まれた日を忘れた、あんたが懐いてくれた日を覚えてる。だから、誕生日だって覚えた。この桜が咲く季節よ。プレゼントは何にしようって毎年悩んだわ」

 桜が、そうだよ、とシェイが答える代わりに、風が吹いて、綺麗な桜吹雪を見せてくれた。今度は、紫だけの桜吹雪。

 ハオは空を見上げる。綺麗な満月に向かって叫ぶ。涙を堪えながら。震えて。

「母さま! 聞いて居るんでしょう!? 母さま、答えて! 本当に、あたしはシェイを殺さなくちゃいけないの!?」

 ハオの言葉に、月が応えた……月が、太陽のように光り輝いたのだ!

 夜だったはずなのに、朝のような空になり、星は消え、雲はハッキリと。

 “殺せ”

 綺麗な空が放った言葉は、残酷で、淡泊だった。

「母さま、お願い、シェイを殺さずに済む方法を……」

“殺せ”

「母さま! ……お願い……お願いよ……何で、シェイを殺さなきゃいけないの? MASKは消えたんだから、もういいじゃない…………!」

“MASKは、取り憑いた者と同時に殺さねばならない”

 泣き崩れるハオ。その顔に、出会った当初の強さなど、微塵にもなくて。

 ただの女と化す。でも、それが本当の姿なんだろうと、どこかで私は嬉しくなっていた。

 ――ほら、愛されてるでしょう?

 シェイの方を見遣ると、シェイはうずくまっていて、顔を俯かせている。

 そして、しゃっくりを。泣いて居るんだ――。

「ハオ、…………もういい」

「……え――」

「…………もう、全部終わらせよう?」

「…………シェイ?」

 鼻水と涙がずるずるのまま、ハオは立ち上がったシェイを見上げた。シェイはハオの剣を手にしていて……それで、己の心臓を突き刺した!

 光を浴びて、桜吹雪の中、血と涙に塗れた貴方はにこりと笑い――貴方はそうだ、月の子でもあるんだと、思い出していた。

「駄目! シェイ、シェイ!」

 叫ぶハオは、止めようとしても遅くて。気づいたときには刺さっていて。シェイは、ただ打ち震え、俯き加減で、呟く。小さな声なのに、その声ははっきりと聞こえて。耳に余韻が残るようで、この静寂にぴったりな、悲しい声だった。声が悲しいのではない、ただそういう空気を纏っていた。だって、貴方の声は明るいもの。


「皆、大好き」


 俯き加減だった顔が、正面を、皆の方を向いて、綺麗な顔を歪ませて頬笑んだ。貴方の顔、脂汗が伝いまくってるわ。ハオは息を飲んで口元を抑えて、グイは…………何を考えているか、判らなかった。

「…………シェイ…………ッ」

「皆、パイも、グイも、ハオも好き」

 にこにこと笑みを浮かべちゃって。何で、急にあの頃のような、出会った頃のような純粋な貴方に戻ってるの?

「夕子、愛してる」

「…………何言ってるか、分かんないよ」

 何が起こってるかも、分かんないよ。

 ねぇ、シェイ、これって私の頭が悪い所為?

「ねぇ、春が見たいよ、夕子。もう一度、君とこの桜を愛でたい。……もう、どんな愛でもいい。ただ判ることは、君を誰よりも愛してることだけだ」

 優しく、柔らかな微笑みを、慈愛の女神のような錯覚を起こさせる笑み。

桜吹雪が、その春が見たいという声に答えるように、ただざざぁと一番大きな吹雪を作り出して。私はただ目を見開いて、その笑みを脳裏に焼き付かせて。焼き付かせる? 何故? ――貴方が居なくなるから。もう、どうやったって、現実から目は離せない。この桜が散る前に貴方は居なくなる。貴方の見たい春は、来ない。

 ぐらり。貴方の体が倒れる。

 私が慌てて駆け寄る。

 ハオが月だか太陽だか、空を睨み、罵声をあげる。

 グイが刀をしまい、事の顛末を冷静に見届ける。

 貴方が、私にごめんと謝る。

 何故かと問うと、花見にはいけないと言われた。

 貴方の瞳から光が無くなっていく。

 貴方の体から、心音が途絶えていく。

 貴方の目が、閉じていく。


 ウォーアイニーと貴方が呟いた。…………その数秒後、貴方が生きたい、と悔しそうに呟いた。

 でも、その呟きは、数秒後に無効化された。


 貴方がこの世から消えた。


 涙が溢れる、涙が止まらない。貴方が最後の前に呟いた言葉の意味を知らない自分がもどかしい。悔しいの。



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