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第一話 シェイとの出会い

 カーテンを開ければ、鬱屈な気分も晴れて、優しい日差しに目を細めてしまう。

 今日も天気がよくて、私は家事を済ませると、家にある大量の本を読み進める。

 読み進めてから、ふと気づく――嗚呼、今日は市場へ行かなきゃ。

 市場で魔物についての研究本が売ってるから買わなきゃいけないし、そうだ、食料も。

 街に行けば冒険者達に会えるかもしれない。

 冒険者に会ったら、色々聞きたいことがある。


 ――ヒノ・ユウコ。これでも魔法使い見習いです。


 幼い頃から魔法使いに憧れて育ってきました。

 何もかも、幼い頃から口ずさんできていた歌に憧れていたから。

 空の子供という歌があって、


 嫌な 嫌な

嫌な 嫌な 嫌な予感。


太陽の子、嫌な予感感じて

星の子、弟思い、嫌な予感殺しちゃう

雲の子、それ見て欠伸。


でも本当の嫌な予感は

太陽の子殺す月の子

月の子、血を浴びて、にこり笑い

雲の子やっぱり欠伸


 この歌の謎を解明したくてしょうがなかった。

 でも魔法使いになる方法なんて、私には到底判らなかった。

 だから、仕事を探しながら、魔法について勉強中の身です。

 今のところ、本屋さんでお手伝いをしているけれど、生活費のほとんどは魔術書を仕入れるのに使ってしまう。

 魔術書を読むことでしか判らない、魔法の勉強の仕方なんて。

 だから、冒険者に魔法の話を聞くのが大好きだった。

 街へ出て、煌びやかな衣装を着ている魔法使いに、目がいく。

 皆は口々に、賞金頸で一番高い魔物のジャオファの噂をしている。

 魔王ジャオファ――獣耳の白いレザーコートを着た美しい人型魔物。

 噂だけ聞くと、相当手強い魔物で、冒険者達は追いかける度に手酷い傷を負う。

 もう今では、ジャオファが現れたら逃げろとさえ、されている。

「ジェニー! 帰ってきていたのね!」

「ええ、酒場は人で溢れかえっていたから抜けてきたわ。皆、冒険の後の酒はうまいって」

 町中で買い物をしている時に出会った、いつも魔法の話を聞かせて貰っている魔法使いに出会う。

「魔法は上達した?」

「――え、ええ。今もね、空の子供に纏わる伝承を研究中でねっ」

「そんなの魔法じゃないわ、あれはただの伝承」

 ジェニーは、鼻で、ふっと嘲ると紫色のマントを翻して立ち去った。

 その背中には「貴方は一生魔法使いになれない」と書かれているようで、悔しかった!


 こんな気持ちのままで、魔術の勉強していられない。

 気持ちはすっかり落ち込んでしまう。


 ぼんやりと歩き慣れた帰り道を歩く。誰も居ない路地になってから、私の目から冷たいものが溢れた。

こぼれたって、知らない。拭わない。零れてきた理由なんて、言いたくもない。

 だって、どうすれば魔法が学べるか、なんて本当は判っている。

 魔法の学校通えばいいんでしょう?

 でもうちには、そんなお金はないもの。親に強請るわけにもいかず。


 人生が真っ暗な気がしてきた。

 道がなくなった、そんな感覚。歩いてきた道も、歩いていた道も、先の道もなくなって、落ちていくような錯覚がした。誰か私に、救いの手を教えて? 誰か、私に将来の行方を教えて?


 丁度、その時だった。

 路地裏を通り抜けて、町中を外れた空き地でぼんやりと考え込んでいた。

 目の前に、巨大な何かが降ってきて、心臓が爆発するかと思った。


 ドォオオオオン!


 ――ぎゃおおおおおおおおおおおおお!!


 大きな落下音と、耳を劈く鳴き声が聞こえた、かと思えば、腹に重い振動と少し飛び上がった体。一体どうしたんだ、今まで居なかった視界の中に、金にも銀にも見える龍がいる。

 空からふってきたのか、落ちていた。


 呆然として、混乱した。


 そして、次の瞬間には、覚えのない感情が胸に秘めていた。

 何? 何、これ? 何で、こんなにドキドキしてるの? 恋したみたい! でも、それは絶対に違うんだってことは、何となく判った。全身が、鳥肌が立つ。

 これって、知ってる、感動っていうんだ。

 だって、本でしか見たことの無い大きな大きな龍が、今、目の前に居る! それだけで感動の理由にならない?!

 目の前に、憧れの世界が広がっている感覚を覚える。

 でも、感動が染み渡るのと同時に、驚愕が言葉にならなくて。


「あ、あああああ、あああああ」


 言葉にならなかった。

 足が震えた。本で習った、龍にも人に優しいのは稀にいるだけで、あとは凶暴だと。

 そもそもこの世界の龍は悪者が多いから、大抵は冒険者に倒されて、賞金を貰うだけの為の存在だ。

 龍の肉は美味しいと、ジェニーが笑っていたのを思い出して、少し胸くそが悪かった。

 ――まずい、殺されるかもしれない。感動してる場合じゃなかった。逃げなきゃ。

 私はまだ何も出来ないのだから、抵抗なんて龍相手にできるわけない。それでも、動けなくて。足がまるで、地面に刺さったように固定されていて。感動で動けないのか、恐怖で動けないのか。


 龍の目がうっすらと開く。

 金か銀か判らない色の鱗が、動く。中には、アメジストよりも紫らしい綺麗な純色の紫があった。

 その眼差しはどこか、人に近いものを感じて私は彼が凶暴でないことを悟った。

 そしてよく見れば、首輪と足枷がついている。

 ぼろぼろで、刮目すると、腹部には大きな切り傷がある。尋常じゃない。驚いちゃっても、しょうがないでしょ?


「なッ……だ、大丈夫?! ええと、言葉は通じるかな……」

うん……”


 何ていえば良いんだろう。脳に直接呼びかけるような感覚で、声のようなものが聞こえた。

 でも、何語かは判らない。


「ええと、何語? ごめん、判らない……」

 戸惑いながら声をかけると、龍は身を少し捩る。


 そう言うと、一回、龍が瞬きをしてから、直接声のようなものが届いた。

 先ほどは脳内に届くようだったのに、今は普通に龍が人語を話している。


「……コレ、で、判、る?」

「う、うん!」

 今度は彼の口から言葉が紡がれ、耳に人語……世界共通語が入った。


 信じられない。私は今、龍とこの世界のことばで喋っている。


「誰……ええと、君は」

「私は人間。貴方、龍? ……ええと、何ていう種類なのかな」

 龍の種類は、本で見たのにこういう時に限って思い出せない。

 悔しい、目の前にこれだけ綺麗な龍がいるというのに!

「人の子が何ていうか知らないけれど、龍だよ。ただの龍。ボク、シェイって言うの。君は?」

「ヒノ・ユウコ。ユーコよ、判る?」

「ユウコ」

 龍は目をぱちくりと瞬いてから、小さな動作で頷いた。

「ユウコだね、判った。お願いがあるんだ。ボクをどこかにかくまって欲しい」

「貴方みたいに家並に……それ以上に大きいのをかくまえる場所なんて、ないわ」

「じゃあ、これで――どう?」


 シェイは急に光を太陽から奪い、輝いて――私はまぶしくて目を閉じる。

 眩しさが暫く続いたかと思うと、止んだ。その瞬間、暗く夜のような錯覚がした。

 目を開けたら……一人の中性的な男性が、龍の居た場所に座っていた。

 透けるような水色の髪に、少し銀と金が混ざっていて、太陽を反射してるのか吸収してるのか輝く。

 目は、やっぱり綺麗で、優しい光の大きな紫だった。

 輪郭は細い線で、彫刻の造形のように、整った顔立ちだった。背は私の頭一つ分、大きかった。

 少しだけ幼さを残した大きな紫の瞳の美青年。

 龍は美形なのか。

 というか、人になれたのね!!


 彼は両肩で荒く呼吸していて、少し気だるそうに私を見た。

 瞳の意味、それはさっき龍が、シェイが言っていたもの。

 “どこかへかくまって”


 うちは一人暮らしで誰も居ない。うちに連れて行こう。


 シェイとの出会いはここから始まった。これは仕組まれたこと? それとも偶然?


*


 大の大人を連れて行くのは乙女の腕じゃ疲れるし、人目も気になった。

 何でシェイに会ったときには居なかったのに、気づけば人がいるんだろう?

 家に着いて玄関に着くなり、彼を背からゆっくりと下ろした。

 背に乗せて運んでいたのだ。自分でもよく運べたと思った。だから、下ろしたときに、頑張った自分、と褒めてやった。


 ドサ、と床に転がるシェイは自分が歩いたわけじゃないのに、ハーハ―と息が荒かった。それだけ傷がやばい証拠。お腹に派手に赤い花が咲いている。


 「多謝ありがとう…」

「何言ってるか判らないけれど、やばいよ! 医者、医者を連れてくるね!」

「やめて、医者はやめて!」

「そうは言っても…」

 彼の青い顔をじっとみる、その目は拒否を映していて、困る。龍の目って、初めて見るんだけど、こんなに強い色をしているのね。

 「自分で何とか出来るから…」

「あーうん、じゃあ救急箱をもってくるね!!」

多謝ありがとう……本当に、有難う……」

 しばらくして、本当に彼は手馴れているようなのか、てきぱきと自分で手当てをした。

 そういえば、龍の生命力は強いって習ったな。本でよく読んだのは、龍は基本的に治癒力が強くて、自己回復を待つのが当たり前ということ。

 動物と同じってことかな?

 そうして終わってから、シェイはニコリと微笑んだ。


「有難う! いやぁ、助かったよ!」

「別にいいけど大丈夫? 縫わなくて…」

「大丈夫、龍の回復力は凄いんだから。」

 どうだ、いいだろう、と言わんばかりのその自慢げな笑みに苦笑した。


「ユウコ、本当に有難う」

「夕子、よ。夕日の夕に子って書くの、本当はね。でも、どうして降ってきたの?」

 それを問うと、彼の顔が曇る。「しまった、どうしよう」――そんな物言いたげな顔だ。

 シェイは思ったことが表情に出やすいらしい。嘘が付けないタイプとみた。

 「ああと……それ言う、君危険……聞かないほうが、いい!」

 首をぶんぶんふって、あたふたとする。余計気になる言い方じゃない。

 私は問いかけようとする――が、それは遮られる。


 はははははは。


 窓辺から、声がした。泥棒が居たの?

 泥棒でもなきゃ、突然この家に現れたりしないじゃない。

 私は咄嗟に身構えたが、違うようで訳が分からない。


 声は、ゆっくりと私達に近寄って、いつのまにか、シェイの隣にいた。

 黒い短めの髪に、前髪だけ金髪。目つきはかなり悪くて、三白眼。

 彼が隣に居ると、謝が女に見えてくるくらい、男、を強調してるようだった。うん、男らしいってこういう感じなんだな、って思った。頼もしそうに見えた。

 背は私と変わらないくらい低いというのに。


 「誰?」と、問い掛けると、片手でひらりと、ふった。


「やぁ、すまんなあ、愚弟が面倒かけさせちまって」

「龍の兄弟?!」

「――違うな、オレは龍にはなれんしのう。オレがなれるのは、小さな白いトカゲじゃ。だから、愚弟とは言っても、名ばかりなんじゃ」

 くくく、と喉の奥で笑ってから、シェイへ目を細くして視線を移動させる。

 シェイは兄弟、を否定された時、一瞬見せた切なげな表情はすぐに消えて、強張った顔になっている。油断しないぞ、とでも意思表示してるような。その表寿を見て、現れた男は一瞬だけ切ない顔をして笑った。だがその顔もすぐに飄々とした表情に戻る。

「……いつもはさぼってるのに、こういう時はちゃんと見てるんだ」

「鼻が良いんじゃよ、オレぁ。そんな言い方駄目じゃろ? そんな態度駄目じゃろ? ここまで関わってしまった分、最後まで関わってもらわなきゃ」

「……パイ、まさか――!!」

「雲の子、それでも欠伸。オレにとっちゃ、どうでもいいことさね。誰が関わっていようが、奴を見つけるのは御前さんの役目であり、使命なんじゃ。いいじゃねぇか、今まで一人で頑張ってきたんだ。危険な目に、共にあってくれる奴の一人や二人作ったってよぅ」


 雲の子。


 雲の子?


 何処かで聞いた。


 懐かしい響き。


 “母さん、くもの子って、欠伸してばっかだね”

“夕飯前の夕子そっくりねぇ、そうねぇ”

“あ、ひどいー”


 そこで、私は気づいた。

 あの歌に。


 “太陽の子、嫌な予感感じて

星の子、弟思い、嫌な予感殺しちゃう

雲の子、それ見て欠伸”



 雲の子……――それが本当だとしたら。


「貴方、雲の子?! あの歌の登場人物?!」

 食いかかるように問うと――今日の私は食いかかるように問いかけてるばかりの気がする――、彼は少し考える。

 男は、けらけらと笑い、頷いた。そして、友好の意、握手をしようと手を差し出してくる。私は素直に受け取るべきか否か、躊躇いつつも、手を軽く握って、すぐに離した。

「ああ、そうじゃよ。オレらは空の子供、人の子よ、初めまして。わしは雲と星の子のパイロン」

「パイ! 駄目、駄目だったら!」

「駄目といわれても、もう話しちまった。ふふふ、これで秘密共有。御前さんにゃ味方が出来たわけじゃ」

 二人の会話が耳を素通りする。


 まさか、そんな、え?


 雲の子と星の子。確かにお母さんお父さんは要るけれど、子供を作るには。

 でも、雲の子はずっと、雲だけの子供だと思ってた。

 じゃあ、シェイは?シェイは何の子?


「シェイ……」

 私は期待を込めて、シェイを見つめる。

「夕子……い、今の、聞かなかったことに」

「駄目。知ってしまったもの。好奇心は抑えられない。ましてや、いつも口ずさんでる歌ならば。貴方は誰の子?」

 私が必死にお願いすると、シェイは諦めたように項垂れて、ぽつりと言った。


 太陽と月の子、世間では太陽の子と呼ばれている、と。


 太陽の子!!

 全ての始まりの太陽の子!!


「じゃあ、嫌な予感っていうのは……」

「MASK」


 マスク?


 「ますく……――」


 必死に脳内の記憶を巡らせ考えるが、それが何なのか判らない。


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