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第十六話 愛の危険性



 かつかつと足音をおおっぴらに、パイロンが近寄ってくる。

 扇を閉じて、その先を片手で受け止めぱしぱしと叩きながら無表情に。

 それから、…一瞬何が起きたか判らなかった。

 シェイに支えて貰わなかったら、私は倒れていただろう。

 ――口に鉄くさい味。殴られたのだ。拳骨で。

「な、何するの……」

「シェイに何を言った!? どんな甘いことを言った!?」

「え……」

「……こんなことになるのなら、関わらせなければ良かったと思ってしまうよ。どんなことを、末っ子に吹き込んだ?」

「夕子、ボクを愛してくれる、って言ったんだよ」

 にこにこ顔で、今の空気が読めずに、シェイはパイロンに報告する。

 パイロンはその言葉を聞くと、何とも言い難いしょっぱい顔をした。

 それから、口元を扇を開き隠す。

「愛? 愛じゃと? オレらには必要のないものじゃ、シェイ。そんな感情捨て去れ」

「何故? 厭、厭。ボク、初めて愛して貰った、愛せた。なのに、捨てるの厭」

「末っ子! 愛の厄介さは、お前さん、知っとるじゃろう? 今まで人間界をただ眺めていただけではあるまい」

「愛の何がいけないの!? お母さんにもお父さんにも愛されずに育ってしまう方が問題よ!」

 私が睨み付けるようにそう言うと、パイロンは扇で顔を隠した。

 それに私は少し腹が立って、扇をどけさせた。

「顔を隠さないで! 表情を隠さないでよ! 貴方だって、貴方だってシェイのこと思って居るんでしょう? シェイが可哀想だって思ってるんでしょう!? この子が一人で寂しがっているのを知って、それで私を巻き込んだんでしょう!?」

 扇でいつもは隠している表情が、露わになった。

 その表情は、――悲しみに満ちていた。悔しさにも似た表情が、其処にはあった。

 グイは何も反応しない。グイは空の子供「らしく」、興味は持たないみたいだ。

 パイロンは、扇を閉じて――露わになってしまった今、隠す必要はないと思ったのだろう――、私をまっすぐと見据える。

「愛は、一番教えてはならない感情なんじゃよ、人の子」

「何故よ」

「……愛の危険さを、知っているか? 裏切られたとき、人はとんでもない行動に走る。父上も母上も姉者もそれをよく知って居るから、一線を引いて居った。尤も姉者は引くのが遅かったが」

「でも、愛を知ることで得る素晴らしい世界もあるわ!」

「……お前さんは、自分が殺された後のことを責任は取れるのか?」

「は? 殺される? 唐突ね」

「其処まで唐突ではない。……そこな娘を殺された兄弟、お前さんを逆恨みしてないとは言い切れるか?」

 ユーリ様のお兄さんが、怒って私たちを、追いかけてこないとは、言い切れない。

 そして、その中で一番弱い私を殺そうとしてたら、何も出来ない私は、とてもじゃないけど対抗できないだろう。

 殺されるとする。そしたら、残されたシェイは?

 シェイは、また独り? ……パイロンが居るじゃない。大丈夫よ、きっと。

「貴方が、居る」

 そう言ったときの、パイロンの表情といったら。

 ぎょっとしていて、口を真一文字にしたまま、固まっていた。

 私は笑って、シェイの手と、パイロンの手をとって、握手させた。

「本来は、こうあるべきで、私が教える事じゃないのよ。貴方が、シェイに与えるべきなのよ。貴方は、きっと、兄弟の中で一番シェイを理解しているんだから」

 グイがくくくと笑いをかみ殺して、喉奥で笑っていた。

 それを睨み付けるパイロン。でも、何も反論はせず。ただ、黙って、その手を見つめていた。ぎこちない握手を。

 だが、それを拒否しだしたのは、シェイのほうだった。手をふりほどき、そっぽを向く。

「やだ、夕子死なないもん。ボク、守るもの。だから、パイが居なくても平気だもの」

「シェイ、私は人間よ。貴方達と違って、脆いの」

「厭だ、今から死ぬ話なんてしないで!」

 シェイは泣き出して、逃げ出す、この場から。

 追いかけろ、と顎で促すグイ。私は、一度パイロンを見遣ってから、追いかけた。

「判ったか、愛の危険性が。こうやって、何も見えなくなる」

 そんな言葉が、後ろから聞こえてきたような。



 この時から、何もかもが手遅れだと、パイロンは知っていたような気がする。



「シェイ、ねぇ、待って、シェイ!」

「厭だ、待たないッ」

 シェイが駆けていく、逃げていく、捕まえなきゃ、捕まえなきゃ。

 MASKがシェイに寄生されているから、とかじゃなくて、シェイを今捕まえなきゃずっとこのままお別れしそうな気がして。

 私は、何とかシェイを捕まえようと、必死に頭を酷使して、思いついたのが、よくあるパターン。

「あ、痛ッ……」

「え、夕子……?」

 私はその場にしゃがみこむ。すると、シェイが青ざめて、夕子!と、駆け寄ってくる。 そこで、私は舌を出して、えへへ、と笑い、シェイを抱きしめるのだ。

「捕まえたッ」

「……〜〜夕子! 心臓に悪い!」

 シェイは少し怒っていた。こんなことされるのは、生まれて初めてなんだろう。

 そして、こんな感情を抱くのも、きっと、初めて。

 私はそのまま、地面に座り込んで、シェイから離れる。シェイもつられて、地面に座り込んで、見合う形になる。

「シェイ、さっきのことは……」

「厭。聞きたくない」

「シェイ。そりゃね、見たくないこと、聞きたくないことはあるわよ、誰にだって。私だって、さっき泣いたとき、聞きたくなかったもの、魔法使いに向いてるなんて皮肉」

「皮肉なの、あれ?」

「……まぁ、それはともかく。だからね、誰にだってあるの。でも、それを受け止めないと、前に進めないでしょう? 私は、寿命が長くて八十年。貴方はいつまでも」

「……ボクだって、長命ってわけじゃない…――もしかしたら人よりも……」

「え、何? 何か言った?」

「……ううん、何でもない」

「とにかく、そんなとき、愛してくれる人が私だけじゃ、失ったときのショックは大きいと思うのよ」

「……でも、夕子が居れば、それでいい」

「私は、何時死ぬか判らない」

「……闇魔法使って、生き返らせる!」

「…人じゃなくなるのよ? いいの、貴方、それで。人でない、私と会って」

 顔を俯かせるシェイ。ぐっと何かを飲み込む表情。

「シェイ、私、貴方のこと、大好きよ? だからこそ、判って欲しいの。私は死ぬ。いつかは。そして、貴方達との別れも、いずれは来る」

「……厭、厭、厭!」

 シェイは、何を言っても、受け入れてはくれなかった。

 どんなに優しくしても、どんなに厳しくしても。

 ただ、首を振って、夕子と居たい、というだけ。ある意味これは幸せなのかもしれない。

 でも、私を失ったときのシェイのことを考えると、悲しくなる。

 だから、私は何時間もかけて、一寸ずつ説得することにした。

 結果は、まぁ、説得成功五割、納得いかない五割で済んだ。

 渋々としているシェイを連れて、グイとパイロンのところに戻る。

「説得は巧くいったかね?」

「さぁね」

「……まぁ、よい。問題は、シェイにMASKが寄生したことじゃ。ハオが知ったら、なんというか……」

 そこまで言われて、私はまだ月の子に会ってないことを思い出す。

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