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第十三話 魔法使いになれない

 ――ふと思ったんだけど、どうしてシェイがただの竜じゃなくて、太陽の子だと判ったのだろう。一瞬の疑問がわき上がる。

「太陽の子、違う」

 同じことしか言わないシェイに、ユーリ様は睨み付けて、赤い塊を指さす。

「それなら、どうして真っ先にあれに触ったの」

 シェイはびくりとも動かず、ユーリ様をじっと見つめる。

「あれは、竜の鱗よ。それも、空の子供に会ったことのある」

「……ジェネミー…?」

 ぽつりと漏らした言葉が耳元へ届いたのは、私だけじゃない。

 ユーリ様は、愉悦を浮かべた笑みを見せて、シェイに近づく。

「そう、そんな名前だったかもしれないわ」

「竜の言葉が判る? 人間が? ……冗談」

「でも、お前は判るでしょう? 人間の言葉が判るでしょう? 竜が人間の言葉が判って、人間が竜の言葉を判らない理由なんてないのよ」

「ボク、竜じゃないから、人間、言葉、判る」

「いい加減におし!」

 ユーリ様は、苛々として、シェイの足を蹴り上げた。座ったまま。

 なんと行儀の良いお姫様ですこと。なんて、苦笑している場合じゃなく、シェイは痛がって、飛び退く。

「ユーリ様、彼はどう見たって人間じゃないですか」

「貴方は黙っていて! 私には判るの! 竜の、私の可愛い竜の匂いがするもの! 体中が騒いでるもの、太陽の子を殺せって!」

「それは」

「夕子、言っちゃ駄目だよ! あれが逃げる!」

「あら、逃げる? 何が、逃げるの? 私は見ての通り、動けないわよ?」

 そういって、ユーリ様はにこりと頬笑む。私は慌てて口を押さえる。そうだった、これは空の子供の秘密なんだ。言えないもどかしさを感じつつ、私はユーリ様の前に立ちはだかり、シェイを隠すように、背中へ回す。それでも、シェイの方が頭が高いから、見下ろせちゃうんだろうけれど。

 私がそんな動作をすると、ユーリ様は嫉妬を顔に露わにして――何への嫉妬? シェイと一緒にいられること? 空の子供の秘密を知っていること?――、何事か口早に唱える。

唱えると同時に、シェイが、私の目を塞ぎ、私を抱き込む。

「ど、どうしたの?」

「駄目、あの子、闇の魔法使っている。見ちゃいけない世界だ。MASKに取り憑かれた人の症例で、よく出るんだ、闇の魔法」

 闇の魔法。そんな言葉初めて聞いた。今まで見てきたどの魔法辞典にも載ってない。

 知らないわ、そんな魔法、と言うと、それで当然というような声色の返事が返ってきた。

「人間が知ってはいけない魔法だから。どんなに偉くても」

「どんな魔法なの?」

「……言ったでしょう? 知っては、いけないと。知ったら、人間じゃなくなる。だから、あの子は使えるように、なってしまった、思う」

 そう苦しそうに呟いたかと思うと、次の瞬間、シェイの手が解け、ユーリ様の姿が私の目に映り込む。ユーリ様は、自分に光を宿し、なんとあの怪我だらけだった体を、回復、否、修復させてみせたのだ。

「あんな素敵な魔法を、人間じゃない、と言い切るなんて、酷く失礼な子供だ」

 後ろを振り返るとシェイは、ユーリ様とそっくりな顔を持つ男、ユーリ様のお兄さんに、羽交い締めにされていた。

 私はシェイを助けようとすると、何かが体に引っかかり、後ろに倒れた。ストールが体から抜け出して、するりと床に落ちていった。

 ひっかかったのは、私の喉にいつの間にか回った包帯。その包帯は少し血が滲んでいる。ユーリ様が回復するまで、使っていた包帯だということが、判った。

「兄様の邪魔はさせない」

 ユーリ様は、倒れた私を人でないものを見るような冷たい目で、見下ろし、それから、私の首に巻かれてる包帯と車いすを結んで繋ぐ。車いすは、従者が持っていて、居場所を確保して固定している。

 これで、動けなくなってしまった。動いたら、死ぬ。

 シェイが、自分の身が危ないのにもかかわらず「夕子!」と、じたばたと暴れて、私の傍へ行こうとしたがる。

 それを見て、くすっとユーリ様は笑い、ユーリ様のお兄さんはにやにやとしている。

 「シェイというのね、太陽の子」

 シェイの頬をそのなめらかな手で撫でると、シェイはぶるっと震えて、首を横にぶんぶんと振った。そして、ユーリ様を睨み付ける。

「夕子、離せ! 夕子、殺したら噛みついてやる!」

「人間のお前がどうやって? それとも、やっぱり竜だって認める?」

「人間のまま、噛みつく!」

 シェイがそう言うと、ユーリ様が馬鹿笑いをして――それでも上品に見えるのは、一体何故だろう、育ちの差だろうか――、シェイの頬を思いっきりぶっ叩いた。

 何かが割れるような酷い音が鳴り響いた。

「…人間のお前には、用はないの。早く、兄様の用事が済んだら、私の所へおいでませ? 剥製にしてあげるわ…そうね、お前ほどの竜なら、ペットにしてもいいわ」

「誰が、ペットになんか…」

「あの女、殺しても良いのよ?」

 それを聞いた途端、シェイの顔色が変わった。

 青ざめて、一瞬にして怒気の含んだ赤色へ。

「シェイ、駄目! 駄目よ、元の姿になっちゃ!」

「夕子、でも……!」

「闇の魔法が、回復させる魔法なら無敵に近いわ! 攻撃するだけ、体力が減るわ!」

「……たった一度聞いただけで、そこまで判断できるのは、賢い事ね。貴方、魔法使いに向いてるんじゃない?」

 私はその言葉で、思わず身を起こして倒してやろうかと思ったが、身を起こす前に、首が絞められ、動くとより絞まることに気づき、睨み付けることしかできなかった。

 それを確認するように、私の反応に待ってましたと言わんばかりに、笑うユーリ様が憎らしくて。

 ユーリ様はきっと私の家庭を調べて、魔法を学べないと知っているんだ。

 皆が魔法に憧れることも――。

「何故笑う? 何故泣きそうになる? 夕子、魔法使いに向いてる、良いこと、夕子には」

「でも、この子は残念なことに、二度と魔法使いになれないのよ。家に余裕でもない限りはね、いえ余裕があっても今から学ぶのは遅いわ」

「……でも、でも、夕子の家、沢山、沢山魔法の本、あった! なれる、夕子、なれるよ!」

「シェイ……」

「お前、人間界のこと、本当に知らないのね。可愛い子。願うだけでは、叶わないのよ」

「願わないと叶わないこともある! 夕子、夕子、ねぇ、そうでしょ?」

「シェイ……願ってても、どうしようもないことがあるの……」

 この言葉を、自分が口にするのが悔しい。

 ――そりゃ、私だって、願いたい。誰よりも魔法使いになりたいって願いたいわ! でもね、見える現実の未来っていうのがあるのよ。怖いの。先が、魔法使いの魔の字もなくて、凄く怖いの。厭なの。諦めるしか……ないの。

 今にも泣きそうで、いや、もう滴はこぼれ落ちたから、泣いて居るんだ。

 この涙が、こんなに塩辛いものだとは、思わなかった。

 ――心の底で満ちていく、水。満杯になって、私はおぼれ死ぬ。苦しくて、苦しくて、もがいても、誰も助けてくれず。自ら助かる道も見つけられず。


“夕子…! …――夕子を、夕子を泣かせたぁ…”

 喋ることをやめて、脳に訴えるようなしゃべり方をするシェイ。

 駄目。駄目よ、竜に戻っては。

 私だったら、大丈夫だから。もう、諦めているから。こんなの、何でもないから。

 ――何でも、ないよ。

「シェイ、駄目よ」

“夕子、夕子、泣いちゃ厭だ。あいつらが泣かせた。許せない”

「シェイ、お願い、私は何でも……」


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