プロローグ――回想――
嫌な 嫌な
嫌な 嫌な 嫌な予感。
太陽の子、嫌な予感感じて
星の子、弟思い、嫌な予感殺しちゃう
雲の子、それ見て欠伸。
でも本当の嫌な予感は
太陽の子殺す月の子
月の子、血を浴びて、にこり笑い
雲の子やっぱり欠伸
――幼い頃から聞いているこの歌は。
とんでもない悲劇の歌だった。
目の前で惨劇が行われる、私には止める力すらない。
太陽の子も、
星の子も、
月の子も、
雲の子も苦しんでいる。
皆、空という親が与えた役目に苦しんで、それでも戦っている。
――とすん。
ハオの持っていた剣の切っ先は、地面に刺さった。
ハオは、自分の顔を押さえて、膝から崩れた。
「できるわけないじゃない……殺すなんてできるわけないじゃない! あたしだって、あたしだってシェイが好きなんだから! 偽善と言われようと、好きなもんは好きなのよ!」
「……ハオ――」
ハオの沈痛な叫びに私は胸が痛む。
「あたしは、何と言われようと、シェイが自慢の弟だって言える! 他の奴らは兄弟なんて言えないかもしれないけれど、シェイに抱いていた感情は、確かに兄弟愛だったって、言えるわ! ……初めての感情だった。そんなのを持たせたシェイを、殺せると、思う?」
「……――ハオ」
シェイの動きが止まる。
桜の木々が風によりぶわわと広がり、感動的な今に相応しく、荘厳な光景だった。
「あんたが生まれた日を忘れた、あんたが懐いてくれた日を覚えてる。だから、誕生日だって覚えた。この桜が咲く季節よ。プレゼントは何にしようって毎年悩んだわ」
桜が、そうだよ、とシェイが答える代わりに、風が吹いて、綺麗な桜吹雪を見せてくれた。今度は、紫だけの桜吹雪。
ハオは空を見上げる。綺麗な満月に向かって叫ぶ。涙を堪えながら。震えて。
「母さま! 聞いて居るんでしょう!? 母さま、答えて! 本当に、あたしはシェイを殺さなくちゃいけないの!?」
ハオの言葉に、月が応えた…月が、太陽のように光り輝いたのだ!
夜だったはずなのに、朝のような空になり、星は消え、雲はハッキリと。
“殺せ”
綺麗な空が放った言葉は、残酷で、淡泊だった。
「母さま、お願い、シェイを殺さずに済む方法を…」
“殺せ”
「母さま! …お願い…お願いよ…何で、シェイを殺さなきゃいけないの? MASKは消えたんだから、もういいじゃない……!」
“MASKは、取り憑いた者と同時に殺さねばならない”
泣き崩れるハオ。その顔に、出会った当初の強さなど、微塵にもなくて。
ただの女と化す。でも、それが本当の姿なんだろうと、どこかで私は嬉しくなっていた。
――ほら、愛されてるでしょう?
シェイの方を見遣ると、シェイはうずくまっていて、顔を俯かせている。
そして、しゃっくりを。泣いて居るんだ――。
「ハオ、……もういい」
「…え――」
「……もう、全部終わらせよう?」
「……シェイ?」
鼻水と涙がずるずるのまま、ハオは立ち上がったシェイを見上げた。シェイはハオの剣を手にしていて…それで、己の心臓を突き刺した!
光を浴びて、桜吹雪の中、血と涙に塗れた貴方はにこりと笑い――貴方はそうだ、月の子でもあるんだと、思い出していた。
「駄目! シェイ、シェイ!」
叫ぶハオは、止めようとしても遅くて。気づいたときには刺さっていて。シェイは、ただ打ち震え、俯き加減で、呟く。小さな声なのに、その声ははっきりと聞こえて。耳に余韻が残るようで、この静寂にぴったりな、悲しい声だった。声が悲しいのではない、ただそういう空気を纏っていた。だって、貴方の声は明るいもの。
「皆、大好き」
俯き加減だった顔が、正面を、皆の方を向いて、綺麗な顔を歪ませて頬笑んだ。貴方の顔、脂汗が伝いまくってるわ。ハオは息を飲んで口元を抑えて、グイは……何を考えているか、判らなかった。
「……シェイ……ッ」
「皆、パイも、グイも、ハオも好き」
にこにこと笑みを浮かべちゃって。何で、急にあの頃のような、出会った頃のような純粋な貴方に戻ってるの?
「夕子、愛してる」
「……何言ってるか、分かんないよ」
何が起こってるかも、分かんないよ。
ねぇ、シェイ、これって私の頭が悪い所為?
「ねぇ、春が見たいよ、夕子。もう一度、君とこの桜を愛でたい。…もう、どんな愛でもいい。ただ判ることは、君を誰よりも愛してることだけだ」
優しく、柔らかな微笑みを、慈愛の女神のような錯覚を起こさせる笑み。
桜吹雪が、その春が見たいという声に答えるように、ただざざぁと一番大きな吹雪を作り出して。私はただ目を見開いて、その笑みを脳裏に焼き付かせて。焼き付かせる? 何故? ――貴方が居なくなるから。もう、どうやったって、現実から目は離せない。この桜が散る前に貴方は居なくなる。貴方の見たい春は、来ない。
ぐらり。貴方の体が倒れる。
私が慌てて駆け寄る。
ハオが月だか太陽だか、空を睨み、罵声をあげる。
グイが刀をしまい、事の顛末を冷静に見届ける。
貴方が、私にごめんと謝る。
何故かと問うと、花見にはいけないと言われた。
貴方の瞳から光が無くなっていく。
貴方の体から、心音が途絶えていく。
貴方の目が、閉じていく。
ウォーアイニーと貴方が呟いた。……その数秒後、貴方が生きたい、と悔しそうに呟いた。
でも、その呟きは、数秒後に無効化された。
貴方がこの世から消えた。
涙が溢れる、涙が止まらない。貴方が最後の前に呟いた言葉の意味を知らない自分がもどかしい。悔しいの。
私の可愛い龍、おやすみなさい。