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8.告白

 佐藤麻衣子と相原希美はいつも二人でおしゃべりをする駅前のハンバーガーショップに野島優太を呼び出した。クラスメートの醍醐奈津子の家で催されたお茶会で聞いた、『雪乃クラスの真実』の話を伝えることにした。VIPルームで桂木雪乃にも一緒に聞いて貰おうかとも思ったのだが、少々話し辛い所もあったので、後で優太からうまいこと話をしてくれと頼んだ。人間には関心の薄い山岸透はどうせ大した興味も示さないだろうから、後で掻い摘んで話せば充分だ。3人の話は、優太への誤解に満ちていたが、雪乃クラスのメンバーにとっては止むを得ないことだったかもしれない。醍醐家ばりの乙女チックな話であるが、そこは麻衣子と希美のせいでなく語り手に由来しているので、優太にも我慢して貰うしかない。話は初等部の頃に遡る。


 桂木雪乃は入学当初から有名人であった。幼稚舎から一緒のものは僅かだったから、新入生の数はそれなりにいたが、その全員に瞬く間に知られた。体は小さかったが可愛らしく聡明で注目を集めるのも当然とはいえ、何より彼女を目立たせたのは和兄様こと東條和臣の存在だった。彼は中等部1年にして既にその優秀さで全校に知られ、貴公子の如き容姿からも人気が高かった。冷ややかな和臣の雰囲気は人を寄せ付けなかったが、雪乃といる時には蕩けるような笑顔を浮かべ、彼女の方も満面の笑顔で返す。歳の離れた二人の仲睦まじい関係は清光学院の名物といってもいい程だった。


 4年生の夏に、学年途中で新城マリアという児童が雪乃のクラスに転入してきた。雪乃は親身になって接したが、雪乃の人気が気に食わないマリアは悉く反発した。雪乃の努力にも関わらず、関係は時間とともに徐々に悪化し、ついに、マリアは人気のない場所に雪乃を閉じ込めるという事件を起こした。運悪くその日はその年一番の寒波の訪れで、午後になって雪も降り始めた。雪乃の行方不明を知って激昂した和臣に問い詰められたマリアが居場所を告げた時には雪乃は肺炎を起こしていた。結局、マリアは転校という形で追い出されたが、雪乃は長期入院を余儀なくされ、学年が替わるまで学院に戻って来られなかった。そうして次の年度から雪乃クラスが生まれたのだ。この時の教訓が「異分子に気をつけろ」だったと奈津子は語った。


 中等部になっても雪乃クラスはそのままだろうと思われていたが、一人だけ今までにないメンバーが加わった。野島優太だった。和臣が海外に留学するため学院を去り、入れ替わりに入ってきた彼の異父弟。訳ありな異分子に雪乃クラスは警戒した。雪乃は和臣といた時のような笑顔を見せなくなっていた。無邪気な笑顔はなりを潜め、儚い微笑みは悲壮感さえ漂わせている。雪乃と優太が二人でいる時に雪乃が泣いている姿が何度も目撃された。優太は雪乃を「お前」呼ばわりし、「いい加減にしろ」と罵っている。異父兄との確執から憎んでいるに違いない。どこからか聞きつけた幼少時の迷子事件も曲解されて、不信感に輪をかけた。つまりは雪乃に害をなす「排除対象」と見做されていたのだ。麻衣子も当初は様子を見られていたが、害にはならないと警戒を解かれたらしい。麻衣子は『そうは見えなかったなぁ』と感じていたのだが。


『警戒心が無関心に見えるって、どういうこと?私だったら、怖いものがあったらビクビクして挙動不審になっちゃう。そっか、こういうのがポーカーフェイスって奴か!』


「野島にとっては普段通りの言葉だったろうけど、お坊ちゃんお嬢ちゃんは免疫なかったんだね。強く聞こえたみたい。雪乃クラスと編入生の交流がないもんだから、誤解が解けないまま3年間経っちゃったんだよ。こっちはこっちで、あっちは編入生を馬鹿にしてるって偏見もってたし」

「俺の3年間はなんだったんだ?!」


 呆然自失の優太だった。無理もないと麻衣子は同情したが、希美は容赦なかった。


「野島が自分のクラスでの立場を誤解したのが始まりじゃない!そのせいで、雪乃クラスと編入組の間に無駄に誤解や偏見が生まれたんだからね。反省して欲しいわ」

「俺のせいかよ?!」

「雪乃クラス唯一の編入生だったあんたはある意味編入生の代表だったの。テニスで目立ってもいた。それが苛められてるとなったら、編入生の方だって雪乃クラスに反感持つのよ。あんたがもっと自分から動いていれば誤解だって分かったんじゃないの?努力しないで放置したんだから、多少なりとも責任があったとは思わない?まぁ、あんたと雪乃さんの仲がいいことを知っていながら何もしなかった私と透も同罪だけどさ」

「まじか……」

「とりあえず醍醐さん達にはあんたは悪い奴じゃないって伝えたつもり。後は自分で頑張ってね。それと、膠着状態を解消するきっかけを作ってくれた麻衣子にせいぜい感謝することね」


 捨て台詞を吐いて、希美は塾があるからと先に帰ってしまった。優太はこのまま帰るのでは気が済まないと思ったのか、言い訳せずにはいられなかったのか、麻衣子相手に悪態とも愚痴ともつかない告白を始めた。それを麻衣子は『もう少し大人になっていたら、お酒でも飲みながら話すんだろうな。優太君はきっとバリッとしたスーツで、私はどんなカッコしてるかな。バーのカウンターとかで、カクテルとか飲みながら?きゃっ!お洒落なデート?』と妄想しながら聞いた。


 優太の家庭は極々平凡な家庭だが、母は結婚前に和臣を産んでいた。父親に引き取られた和臣だったが、先方から母も優太も自由に会うことを許されているので、周りが考えるよりずっと親しくしている。和臣の父には従妹がおり、優太と同じ年の娘がいた。つまり和臣と雪乃は又従兄妹の関係なのだ。未熟児として生まれた雪乃は生まれた当初かなり小さかったそうだが、小さなその赤ん坊に和臣は誰よりも関心を示したという。


「障害ってほどじゃないけど、呼吸器官が弱くてさ。入院もしょっちゅうだった。その度に兄貴は心配して、甘やかしてさ。良くとばっちり受けたよ。雪乃と二人で迷子になった時なんか、俺のせいだと思ったのか、あやうく殴られるとこだった。俺、まだ小さかったけど、凄く怖かったから良く覚えてるんだ」


 和臣が留学することが決まり、雪乃のことを心配した東條家が、優太に、清光学院に入って雪乃を手助けしてやって欲しいと言ってきた。兄と違って優太は雪乃の親戚でもないし、断ってもよかったが、雪乃に親しみも持っていたし、費用も出してくれるという。いつか大きな会社を引き継ぐだろう兄を助けたい、との思いも手伝って引き受けたのだ。


「雪乃は俺に兄貴を重ねて甘えてくるんだけどさ、いくら頑張って兄貴みたいに振る舞おうとしたって所詮俺は同級生だし、弟だからね。泣き止まないんだ。それでいっつも泣かせてるみたいに見えたんだろうけど、泣いてる理由は兄貴がいないことなんだぜ?理不尽じゃない?」


 クラスメートに冷たく扱われても、雪乃の傍にいることを止めるわけにはいかなかった。雪乃が和臣の代わりを求めて優太に縋ってくるからだ。仕方なくクラスメートとは距離を置きながら雪乃を見守っていた。肝心の和臣は留学先からメールでウザいほどに雪乃の様子を尋ねてくる癖に、自分からは連絡を取ろうとせず、なんだか煮え切らない態度なのだ。


「結局兄貴のせいだろう?俺は被害者だ!」


 それまでウンウンと頷きながら聞いていた麻衣子だったが、最後のくだりだけは優太の知らない情報を持っていたので、思わず「ギャッ!」と声を上げそうになってしまった。実は雪乃と和臣の間で、優太の知らぬうちに進展があったのだ。雪乃は和臣に手紙を送って以来、彼とメールのやり取りを始めていて、麻衣子は時々その報告を受けて細かい経緯を知っていた。だが、「ふふっ。優ちゃんにはまだ内緒なの」と言っていた彼女の許可なく話してしまうのは良くない気がした。それに、優太が雪乃の事を気に掛けていると知っていながら彼に隠れてその話をしていたことに罪悪感もあったので、とりあえず今日は黙っておこうと決めた。『ごめんね!近いうちに話してあげるからね!』


 今まで胸の内に秘めていたものを吐き出して、すっきりしたのだろうか。優太は一つ深呼吸をすると、初めて会った時のような人懐っこい笑顔をみせてこう言いながら立ち上がった。


「遅くなっちゃったね、送るよ」


『きゃーきゃーきゃー!これよこれ!』麻衣子はすっかり舞い上がった。少女漫画に出てくるヒーローが女の子に良く告げるセリフだ。何でもない一言のようだが、麻衣子にとっては憧れのシチュエーションなのだ。


 和臣を見て育っているせいなのか、優太は紳士だった。「遅くまで引き留めたのは俺だから」と、わざわざ家まで送ってくれた。一緒に歩く道すがら、麻衣子は何を喋っていいのかさっぱり思いつかず、『私のバカバカバカ!こんな美味しい場面でなにか気の利いたこと言わないでどうするのよ?』と初めて会った時のように黙ったまま顔を様々に動かして百面相を繰り返していた。それを見て優太は出会いの時の事を思い出した。


「なんか俺、カッコ悪いよな。幼馴染の雪乃のことも、編入生仲間の佐藤さんのことも、手助けしたいと思ってるのに、なんだか何もできてない所か、迷惑かけてるみたいだ」

「そんなことないよ!優太君は優しいし、カッコいいし、私は大好きだよ!」

「えっ?」

「へ?」


 勢いでとんでもないことを言ってしまった。狼狽え、真っ赤になった麻衣子は、もう優太の顔を見ることも出来ず、何か言われる前に逃げ出すことにした。丁度家の前まで来ていたので、挨拶もそこそこに家の中に入ってしまったのだ。


「送ってくれてありがと!おやすみなさい!」


 暗闇の中、優太も真っ赤になっていた。実は麻衣子は「優太君と呼ばせてね」と告げて以来、一度も優太の名を呼んだことはなかったのだ。初めてのそれは唐突で、衝撃的で、温かかった。麻衣子の言葉が優太の心に幾度も響いた。


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