7. お茶会
佐藤麻衣子と桂木雪乃は、VIPルームでお互いの距離を縮めた翌日から、二人の関係をクラスメートに隠さなくなった。楽しそうに内緒話をして、互いに雪乃ちゃん麻衣子ちゃんと呼び合っている。VIPルームのことを知っている野島優太すらも驚くほどの親しさだ。不審に思った彼は「何かあったの?」と麻衣子に尋ねてみたが、「仲よくすることにしたの。野島君のことも優太君って呼ばせてね」と宣言されてしまった。訳が分からない。ついには『雪乃の部屋』に麻衣子の親友の相原希美も巻き込んで、なにやら三人でこそこそしている。優太は蚊帳の外におかれて、『なんだよ、俺のテニスを観に来てるんじゃないのかよ』と、大いにむくれた。とはいえ、秘密の会合の実態は期末考査のテスト勉強だった。
雪乃と一緒に勉強をしたお蔭で、期末考査の結果は満足のいく結果だった。雪乃は僅差で1位を逃したが、希美は18位、麻衣子はランキングぎりぎりの20位だった。中間考査の結果からしたら大躍進だ。ランキング表の前で希美と手を取り合ってピョンピョンと飛び上がって喜んで、優太に白い目でみられてしまった。その彼は、今回10位の成績に概ね満足しているようだった。彼としてはそのあたりが順当なのだと希美が教えてくれた。以前から希美と麻衣子はコンビとして知られていたが、近ごろはそこにちょくちょく雪乃が参加する。カフェテリアでも三人で食事する姿が見掛けられた。テスト結果も手伝って、二人に対する周囲の関心がいやがうえにも高まっていた。
中等部に編入した時に雪乃と普通に接して反感をかった経験がある優太が心配して、嫌がらせをされていないか、言葉の暴力を受けていないかと度々聞いてきたが、とりあえずそんなことはなかった。希美にはそういう質問をしないらしいので雪乃が「やっぱり優ちゃんは麻衣子ちゃんのことを好きなのだと思うの!」と興奮していたが、しっかり者の希美に比べてそそっかしい自分は信用されていないだけだと返しておいた。内心では『もしかして、もしかしちゃう?』と妄想の虫はうずうずしていたが。そして、事件はついに起こった。
「佐藤麻衣子さん、わたくしの家でクラスのお友達を招いてお茶会をするのですけれど、おいでにならない?お友達の相原希美さんもお誘いして、ご一緒にいかがかしら」
『きたーーーっ!雪乃様親衛隊か、はたまた悪役令嬢か?』
雪乃が復帰するまではA組女子のドンだと麻衣子が見ていた醍醐奈津子に声を掛けられてしまった。体だけでなく顔つきもごつい感のある見た目だけに、威圧感が半端ない。心臓が縮み上がりそうだった。緊張すると挙動不審になるのはいつものことだが、記憶が曖昧な程に緊張したのは入学式以来か。今回はやらかしてしまったようだ。了承したつもりはなかったのにいつの間にか行くことになっていた。翌日には正式な招待状を渡されてしまった。会話の中身をよく思い出せないので文句を言うこともできなかった。
凝ったエンボス加工が施された封筒の中にお揃いの模様の入ったカード。未だかつて麻衣子が貰ったことのない、かなり本格的な招待状が希美の分と合わせて2通、VIPルームのテーブルに乗っている。それを睨みつけた後、希美がギロリと麻衣子を睨んだ。その目が怖かった麻衣子は、目を逸らして雪乃の方に声を掛けた。
「ねぇ、雪乃ちゃん、このRSVPって何?」
「Repondez s'il vous plait、ご返事下さいという意味よ」
「え、それ、何語?」
「フランス語よ」
「雪乃ちゃん、フランス語出来るの?なんかすごく発音カッコよかった!」
「麻衣子!」
ずっと麻衣子を睨み続けていた希美が我慢できずに声を荒げて呼んだので、麻衣子は堪らず「ひっ!」と声を上げ、肩をすくめてしまった。
「どうしてくれるのよ。私、着ていく服とか無いんだけど!」
「ああ、それは私もないから、安心して」
「麻衣子!あんたね!」
「ごめんなさい!」
聞けば、雪乃はお稽古事がどうしても外せない日なので既にお誘いを断ったのだという。一緒に行けばなんとかフォローしてもらえるはず、との当ては外れた。しかも、雪乃の告げた言葉に思わず二人とも顔が引きつってしまった。
「醍醐様のお屋敷はお庭が素晴らしくて、そこで本格的なアフタヌーンティーをいただくのよ。お味も器も素晴らしいけれど、それよりも雰囲気を楽しんでいらしてね。きっと、イギリスに行った気分を味わえると思うの。ご一緒できなくて残念だわ」
本格的なアフタヌーンティーというのは、『有名ホテルで体験できるとかいう、あの滅茶苦茶お値段の高いあれ?三段のお皿の乗った、鳥かごの形をした、あれ?』、そんなもの、庶民の麻衣子には縁もゆかりもない。ましてや、イギリスになんて行ったこともなければ、この先行く予定もない。雪乃に「奈津子ちゃんは親切で面倒見のいい方だから何も心配はいらない」と言われても、希美に「わざわざ家に呼んで嫌がらせをする酔狂な人間はいない」と言われても、不安は消えないどころか膨れ上がる一方だ。それでも、ドタキャンする方が余程失礼に当たると言われてしまえば、行かないという選択肢も選べない。
『もし、ドタキャンして相手の機嫌を損ねたら、どんな報復が待っているか知れないじゃない!無礼を働いた、とか言われて学院を追放されちゃう!』
あくまでも悪役令嬢の先入観から離れられない麻衣子だ。とりあえず、どんな服装が相応しいか、手土産にはどんなものが喜ばれるか、マナーも含めて雪乃にレクチャーしてもらい、覚悟を決めねば。
『決戦の時!いざ、鎌倉!って、この場合は、いざ、醍醐かな?……』
せっかく拳に込めた力も一気に抜けてしまった。
麻衣子が奈津子に抱いていたイメージとはかけ離れた、『ここは外国か』と思わせるような瀟洒な洋館が「醍醐様のお屋敷」だった。イギリス風の庭園には少女漫画で見たような薔薇のアーチまであった。『醍醐さんに薔薇って似合わない!』と麻衣子はつい失礼なことを思ってしまう。庭園の脇に設けられたテーブルにはレースがふんだんに使われたテーブルクロスやティーナプキンが乗っている。所狭しと並べられた茶器は繊細な曲線をもつ真っ白な磁器の上に色鮮やかな花柄が描かれ、所々金色に煌めいている。想像通りの三段の皿の乗った鳥籠もどきもあった。招待状もそうだったが、乙女チックな趣味が満載で、正直、くどい。
クラスの違う希美のために、お互いに簡単な自己紹介をすることからお茶会は幕を開けた。お茶会のメンバーは5人。醍醐奈津子に加えて、同じA組の九条院美月と綾小路弥生の二人が参加した。美月は「お狐様」、弥生は「お公家様」、というのが麻衣子の付けたあだ名だった。どちらも容姿を元に付けたが、我ながら姿形だけでなく性格や立ち居振る舞いも想像させるいいネーミングだと悦に入っている。本人に聞かせるわけにはいかないので、決して口に出せないのが残念な程だ。ちなみに奈津子のあだ名は「姉御」である。奈津子の雰囲気が庶民的であったので様をつけていなかったのだが、こんな大きなお屋敷をみてしまったら、あだ名を改めなければいけない気がしてきた。
『「姉御様」でいいかな。それとも「お館様」かな』
今秋予定されている学校行事のオペラ鑑賞について盛り上がるクラスメートの話を聞き流しながら、現実逃避気味に考えを巡らせてしまった。希美は意外に話についていっている。時には他の3人が知らない薀蓄まで披露している。伊達に3年間清光学院に通っていたわけではなさそうだ。
『オペラなんて、行ったことないって言ってたくせに。この裏切り者!』
麻衣子が参加できない話題はあったものの、お茶会は思いの外和やかに進んでいた。このまま終わったら、なんのために招かれたのか分からないままかもしれないと思い始めた頃、主催者の奈津子が本題に触れた。
「お二人は雪乃様にとって本当に久しぶりの新しいお友達ですものね。雪乃様の為にも皆喜んでおりますわ。これからは是非わたくし達も仲良くさせて下さいな。」
「えっ、でも私たち編入生ですよ?いいんですか?」
奈津子におっとりと言われた言葉に、「編入生のくせにこれ以上雪乃に近づくな」と警告されると思っていた麻衣子は、つい警戒心を忘れて素で尋ねてしまった。美月が少し気を悪くしたらしく、このお茶会で初めて強い口調を使った。
「わたくし達は編入生の方々を偏見で見るような真似はいたしません!」
「でも、野島君はクラスに馴染めていないみたいにみえますよね。編入生だからかと思っていたのですけど違うのかしら」
「あの方は雪乃様を泣かせてばかりいる悪い方なのですもの」
希美の冷静な誘導に、弥生がため息まじりにつぶやいた。どうやら、何か大きな誤解があるようだ。希美はこの時とばかり優太に対する本音を突っ込んで聞くことにして、身を乗り出して質問を重ねていった。口を挟もうとする麻衣子には『あんたは黙ってなさい』と目で威嚇し、釘をさす。主に奈津子が、時に美月と弥生が補足しながら、質問に答えてくれた。奈津子は雪乃の言っていた通りの親切な人間らしく、希美があえて不躾な質問をしたりもしたが、嫌がらずに丁寧に答えを返してくれた。
麻衣子は希美の様子に舌を巻いていた。時に前後し、時に脱線する3人の話を修正し、繋ぎ合わせ、聞き出していく。その手腕は新聞記者のように鮮やかだ。彼女の情報収集能力が遺憾なく発揮されている感があった。麻衣子ではこうはいかない。
『ああ、希美ちゃんはこうやって情報を集めてるんだなぁ。噂話って勝手に耳に入ってくるもんじゃなかったんだ。皆の話に付いていってたのもそうだけと、私には出来ない芸当かも。雪乃ちゃんのお部屋で怒られたときは心が削られちゃったけど、それも無駄じゃなかったって思うことにしようっと』
4人の話に聞き入りながらも、普段から度々希美に駄目出しされる自分にやさぐれて、つい余所事を考えてしまう。希美に口出しさせてもらえないのも無理はなかった。
心を開いて雪乃と優太のことや学院のことを語り合ったおかげで、帰る頃にはお互いにすっかり打ち解けていた。帰り際、弥生が言い出したことには青くなったが。
「次の機会には雪乃様もご一緒に、我が家のお茶室においでいただきたいわ」
「弥生様のお点前は素晴らしいのよ。ね?奈津子様」
「ええ、美月様。お見事よね。弥生様、お茶室だけでなくお庭もご案内して差し上げてね。あのお庭は、静謐で奥深い味わいがあって、わたくしの憧れですの」
「あら、こんなに素敵なお庭をお持ちですのに」
「これは母の趣味なの。わたくしは弥生様が羨ましいわ」
奈津子はため息をつきながら母の趣味にうんざりといった顔をした。彼女の趣味ではないとも知らず、『醍醐さん、薔薇が似合わないなんて言ってごめんなさい!』と心で謝りながら、今度こそ丁重にお断りしなければと決意する麻衣子だった。京都のお寺にある日本庭園のような庭を眺めながら、丸い窓のある茶室で茶道など、正座も碌に出来ない自分に出来るわけがない。
それにしても、奈津子たちのことをどうして『悪役令嬢』のように思ってしまったのだろう。結局、希美が奈津子達から聞き出した『雪乃クラスの真実』は麻衣子達が考えていたこととは随分違っているようだった。『こんなにいい人たちだったのに。勘違いって怖い!』




