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19.賑わい

 東條和臣が桂木雪乃にプロポーズをした翌朝の東條家の別荘は、ここに滞在を初めて2週間になる佐藤麻衣子が驚くほどに慌ただしかった。いつもは優雅な食事を朝から供してくれるシェフも、淡々と家事を取り仕切っている使用人達も、皆慌てふためいてみえた。テーブルに並ぶカトラリーの数が合わない、温かいはずのものが冷めているなど、一般家庭なら驚かないが、東條家では有り得ないことがいくつも起こった。昨夜のどんちゃん騒ぎでくたびれた西園寺卓哉と醍醐奈津生が客間から起きてこないのは無理もない。彼らは和臣と三人で明け方まで祝杯をあげていたらしい。だとしても、不可解に麻衣子には思われた。昨日から彼氏になった野島優太が、その訳を朝食の席で教えてくれた。今朝はいつも雪乃の座る場所に優太がいて、この別荘では初めての2人だけの食事だった。


「今晩、ホームパーティをするらしいんだ。兄貴と雪乃の婚約披露だって。準備万端が過ぎるよな」

「それも卓哉さんの計画なの?」

「いや、それに関しては兄貴の雪乃へのサプライズなんだと。滞在中のプロポーズとパーティを企画したはいいけど、時間取れなくて、それ以外の計画を卓兄に丸投げしたみたい。聞いたら、結構な人数が集まるんだ。朝から屋敷中すったもんだしてるよ」

「私は部屋に引っ込んでればいいのかな?」

「身内だけって言ってたから麻衣子も数の内だろ。とりあえず俺達は午前中馬に乗ってればいいって言ってた。遠乗り行こうぜ!」

「いいの?」

「兄貴は忙しいから、卓兄に付き合って貰えってさ」


 その卓哉は二日酔いがひどいというので、結局調教師の馬場が付き合ってくれることになった。「坊ちゃんのご婚約」を大層喜ぶ馬場の見守る中、初めての遠乗りは本当に気持ちよかった。初めは怖かった馬上の景色も、慣れれば遠くまで見渡せて気持ちいい。風を肌に直に感じていられるのも、嬉しい。もう少し上達して思いきり早駆けを出来たらさらに素晴らしかったのに、とは思ったけれど、優太と並んで走れたのだから、良しとしよう。麻衣子に不満があったとすれば、2週間練習を積み重ねた彼女よりも、3日しか乗っていない優太の方が馬を乗りこなしていたことだった。麻衣子が馬場に訴えた。


「なんで私よりずっと後から始めた優太君が上手いんですか?!」

「優太さんは馬との意思疎通が出来てますからなぁ」

「麻衣子はどんくさいって、卓兄にも言われてたじゃん!」


 馬場には呑気に言われ、優太にはからかわれ、麻衣子は頬を思いきり膨らませて二人に笑われた。


 二人が乗馬を楽しんでいた午前中に、既に何人かの親戚が別荘に到着していた。その中に優太の両親と二日酔いの母を看病する醍醐奈津子がいた。


 麻衣子は優太の両親に「俺の彼女」と紹介され、驚き、慌て、そして照れた。かつて和臣の父、貴臣の秘書をしていたという優太の母親は明るい、溌剌とした美人で、笑顔が優太を思わせた。麻衣子は、彼氏の母親に会うというイベントに緊張しながらも、『こんな明るい人が不倫の末、未婚の母になるなんて、世の中、わかんないものだな』と考えていた。優太の面立ちは母親似であるようだったが、雰囲気は父親にそっくりだった。少し小太りで丸顔の優太の父はそこにいるだけで安心感を齎してくれそうな、温かい空気を纏った人だ。優太の母は、和臣の婚約に感激していた上に、弟の優太まで彼女を会わせてくれるという驚きに喜び、興奮し、話しているうちに感極まって泣き出してしまった。緊張していた麻衣子には有難かったが、話どころではなくなった。優太の父はおろおろしだすし、そこに雪乃が心配して寄ってきて、大騒ぎだ。漸くそれが収まった頃、醍醐奈津子が麻衣子に声を掛けた。


「佐藤さん、ごきげんよう」

「えっと、醍醐さん、ご、ごきげんよう」

「昨夜は母が大変お世話になったようで、ありがとう。わたくしと随分違っていて、驚かれたでしょう?」

「まぁ、うん。ビックリはしたけど。確かに、お母さんと似てないよね」

「わたくしは父似なの。皆さん母とは似てないと仰います。」

「そ、そっか」

「母がお詫びもかねて我が家へご招待をしたいと申していますの。是非またいらしてくださいな」

「ぎゃっ!」


『びっくりしたのは似てないことじゃなくて、もっと歳が若いと思ってたからなんだけどね。もうお茶会はこりごりだけど、ちょっと見てみたいかもしれない。薔薇園に立つ美魔女!あの薔薇のアーチの下に…嵌まり過ぎる…』


 どうやら、麻衣子は、優太が言っていたように、かなり清光学院に馴染んできているようだった。


 昼食は広い芝生にテントを立て、ビュッフェ式でいただいた。既に夜を待たずにパーティのようであった。大きなテーブルの上に所狭しと料理が並べられ好きなものを食べられた。食事を堪能する者、早くも酒を頂く者、甘い物を楽しむ者、と様々だ。麻衣子と優太が驚いたことに、その場に麻衣子の親友、相原希美と優太の親友、山岸透がいた。優太は「兄貴のリサーチ能力怖すぎるよ!」と叫んでいた。留学中の兄との話題はもっぱら雪乃のことで、学院の友人の話などした覚えはないという。希美は既に麻衣子と優太が付き合い始めたことを和臣から聞き出していて、二人の不義理を責め、根掘り葉掘り聞こうとした。恥ずかしくなった二人は早々に逃げ出したが、「食事を終えた透がいなくなった」という希美に再びつかまり、あちこち捜し、ようやく厩舎で発見されるという騒ぎもあった。獣医志望の彼がそこにいたことは当然と言えば当然か。透はここにいる馬がどれほど素晴らしいかを麻衣子達に力説したが、彼がこれ程喋るのを麻衣子は初めて目撃したのだった。


 そろそろパーティ用のドレスに着替えようとして部屋に戻った所で、雪乃に呼び止められた。彼女は着替えと休憩を兼ねて部屋にいるのだが、丁度自分の両親が部屋に来ているので紹介させてくれといわれ、彼女の部屋へ入った。雪乃の母、桂木綾乃は、明るく元気な人で、あまり雪乃に似ていなかった。


「和臣さんのお義母様だった雪江さんのこと、大好きだったわ。母方の従姉だから、貴臣さんより余程近しく感じていたし、お互いに子供が出来て、もしその子達が結婚したら楽しいでしょうねって話したこともあったのよ。あの方が亡くなってすぐ雪乃を授かったとわかったものだから、この子が生まれ変わりのような気がして。その雪江さんに見目の良く似た雪乃が、貴臣さんの息子の和臣さんと結ばれることは、わたしにとっても願っていた事なの」


 麻衣子にはややこしい親戚関係に思えたが、綾乃の父方の従兄が和臣の父、貴臣で、母方の従姉が義母、雪江だということだった。生まれた赤ん坊に雪江に因んだ雪乃という名前を付けたのは綾乃の実家の東條家の当時の当主、忠臣の父の東條勝臣だったという。東條家の誰もが儚く逝った雪江を偲び、その姿を雪乃に重ねているのだった。麻衣子にはかなり歳が離れて感じられる和臣と雪乃の間柄が彼らにとってさして違和感がなかったのも、その為だったようだ。それにしても今の自分達の年齢で6歳の違いは大きい。いつだったか卓哉が和臣をロリコンと呼んでいたけれど、和臣が留学を決めた時、雪乃はまだ小学生だったのだ。


『生まれた時から当たり前のように婚約者がいるのって、私には想像できないよ。今の私の歳のとき、9歳の相手だよね?信じらんない!やっぱりロリコン?!』


 とはいえ、雪乃と和臣の幸せそうな顔を見れば、二人が想い合っているのは分かるし、今はそこそこお似合いの年の差カップルだ。あと数年して結婚する頃には丁度よく思えるかもしれない。「ま、いっか」といつものように思考を停止した。突き詰めて考えるのは苦手な彼女だ。


 部屋に戻って、卓哉と買い物をした時に選んでもらったクリーム色のベアトップのドレスを身に着けた。改めて鏡に映った自分を見ながら、恥ずかしいな、と思う。あの時は優太や希美達に見せることなど考えもしなかった。露わな肩を隠すためにストールを羽織ってみたが、スカート丈も短いし、何をいわれるだろうか。とはいえ、他に着るものは考えられなかったし、優太に見てもらいたい気持ちもあった。覚悟を決めて部屋をでた。階段を降りたところに優太と希美、透が集まっていて、そこに入れて貰った。どうやら、3人で麻衣子が出てくるのを待っていたらしい。優太が、眼鏡の奥の細い目をさらに細くした透に小突かれ、冷やかされた。3人の出で立ちはというと、優太は着慣れないスーツに身を包み、希美と透は制服を着ている。希美は麻衣子の頭から足までを二、三度視線を上下させてチェックすると、片眉と口の片端を上げて意地の悪い顔をし、辛辣口調を炸裂させた。


「可愛いじゃない、麻衣子。お持ち帰りされちゃいそう。馬子にも衣装ね!」

「相原、お前もうちょっと他に言い方ないの?」

「そういう野島は七五三スーツよね。ビシッとスーツを着こなすお兄さんとは大違い」

「あのなぁ、エリートビジネスマンと一緒にすんなよ。お前こそもう少し色気のある恰好した方がいいんじゃないのか?」

「余計なお世話!学生の正装は制服よ。透、あんただってそう思うでしょ!」

「えー、僕はスーツ持ってないから制服着ただけだよー」


 透相手に制服の正当性を主張しだした希美を放置して麻衣子の横に真っ直ぐ立った優太が、顔を赤くして少し眉を顰めながら視線だけを彼女に寄越して、こっそり囁いた。


「凄く可愛いよ。卓兄が選んだってのが気に食わないけど」

「ありがと。優太君もカッコいいよ」

「無理すんなって。似合ってないのは分かってるよ。けど、兄貴みたいな本物と比べんなよ」

「和臣さんってまだ学生じゃないの?」

「麻衣子は知らなかったか?兄貴もう大学卒業したんだ。雪乃が心配で早く帰りたくて、急いで単位掻き集めたらしい。自分で留学決めといて、笑うよな」

「お仕事って、家の仕事の手伝いか何かかと思ってた!」

「仕事しながらパリかロンドンあたりでMBAっていうの?経営学修士、取りたいって言ってたから、当分忙しそうだ」

「凄すぎる!」

「そこ!いちゃいちゃしない!」


 麻衣子の声はいつの間にか大きくなっていたため、最後は希美に勢い良く指差されて咎められ、会話を邪魔されることになった。丁度その時、和臣の父、貴臣と祖父、忠臣が立て続けに到着し、パーティは本格的に始まった。


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