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2:危機的状況が重なりまして

2:危機的状況が重なりまして


 周囲に注意を払いながら、アリスは自分の荷物が転がっている場所を目指す。しかしその道は一筋縄とはいかなかった。


 ネズミはたいていの人間から害獣扱いを受けている。病を運ぶ悪しき動物と思われているのだ。なので、市街地で見かけたとなれば駆除の対象になる。大人に見つかれば箒で叩き潰されそうになり、幼児に見つかれば面白い玩具を得たとばかりに追いかけ回された。その都度アリスは物陰に隠れたり、人が入れそうにない細い隙間に逃げた。彼らはアリスの都合など知らないのだから仕方がない。


 障害になるのは人間だけではなかった。通りを走る馬車が水を跳ねてはそれを浴び、苦手な虫に遭遇したなら回避を忘れない。こんなに厄介だとは思いもしなかった。


「なんなのよ、もう……」


 景色が赤く染まりだす。陽が暮れはじめている証拠だ。かん高く鳥が鳴き、人々がざわざわと動き出す。夜を迎える準備がはじまったようだ。


 アリスは立ち止まると、塀や壁に囲まれて小さく区切られた空を見上げた。夕陽に照らされて、真っ白なはずの雲も暖かな色に染まっている。


 ――遅刻どころの騒ぎじゃなくなってるし……。


 あちこち走り回ったために、ただでさえ遠くなった道程が倍以上になっている。ネズミの視界というのは、まるで異世界に迷い込んだような感覚だ。そんな場所を一日中動き回ったせいでヘトヘトである。


 ――疲れた……。


 体力を消耗し疲弊しているそんなアリスに、一つの影が静かに忍び寄る。気配を察すると、残る体力を振り絞ってアリスは機敏に前方へと駆けた。


「ニャ」


 尻尾の一部を掠めたところで、襲ってきた野良猫を視界に入れる。


「……って」


 ネズミでも冷や汗は流れるものだろうか。アリスは後方に集う猫たちの姿に戦慄せんりつした。


 ――なんか集まってるしっ!


 運悪く猫のたまり場に迷いこんでしまったらしい。目をギラギラさせた猫たちが、アリスの姿を見て狙いを定めていた。


「言っておくけど、あたしを食べたら腹痛起こすんだからねっ!」


 威嚇いかくをしてみるも、野良猫たちには効果がないらしい。黙って距離をつめてきている。


 ――くうっ、この身体じゃなけりゃどうってことないのにっ!


 細く逃げ込めそうな場所を探すが、身を隠してやり過ごすことができそうなところは存在しない。壁に囲まれた小さな路地は、清掃が隅々まで行き届いていた。


 ――こうなったらっ!


 アリスは逃げるのを諦め、猫たちと対峙する。


「――火の使者よ、我に力を貸し与えたまえっ!」


 得意の火炎魔法。動物は炎が苦手だと聞いていたので、追い払うことさえできれば充分だ。焼き殺す必要はないので、火加減はいつも以上に弱めを設定している。


 ――せめて目眩ましくらいにはっ!


 呪文に呼応して紡ぎ出される魔法式。アリスに内包された魔力が解放され、炎を作り出す――ハズだった。


「って、あれ?」


 気の抜けた爆音。小さな煙が生じただけで、それもすぐに風に吹かれて消え去る。


 きょとんとするアリスに、手前にいた黒猫が跳びかかった。


 ――あーっ! 印を結べてないっ!


 二発目を放とうとして最大の欠点に気づき、アリスは急いで退避を選択する。魔法の発動に必要な印を、ネズミの前足では再現できないのだ。


 かろうじて黒猫の攻撃をかわせたが、なぶり殺しにされるのも時間の問題となりそうである。


 ――こんなところで死にたくないっ!


 そのときだ。


 アリスの視界が急激に変化した。上から猫たちを見下ろせるようになったのだ。


 ――へっ?


 元に戻ったのかと思えばそうではない。前足も後ろ足もネズミの姿のまま――それを確認して、アリスはやっと気づいた。


 ――身体が宙に浮いている?


 果敢にも追撃しようと跳躍する黒猫。しかしアリスの身体を掠めることさえなく、彼は落下していく。そして、黒猫たちは豆粒のように小さくなってゆき、やがて路地も遠くに離れていった。どんどんと上昇している。


 ――どういうこと……って!


 アリスはようやく状況を把握した。一羽の鷹に捕らえられ、茜空を飛翔しているのだ。


「ちょっ! 放しなさいっ! あたしは食べられないわよっ!」


 アリスは慌てて身をよじる。このままでは巣にでも連れて行かれて、美味しく食べられてしまう。たまったものではない。


「こら、おとなしくしてなさいっ!」


 焦るような低い声。


 アリスはその声に聞き覚えがあったような気がして、鷹の横顔を見やる。鷹に知り合いはいないが、その瞳に宿す蒼空と同じ色には見覚えがある。


「あなた……もしかして……?」


「話は王宮に入ってから聞きましょうか、アリス君」


「は、はいっ!」


 厳しく叱りつける声に、アリスは背筋をピンと伸ばす。この鷹の正体は最終面接で対面した王宮魔導師師範代ウラノスなのだ。


 ――見つけてくれたことには感謝だけど、これってかなり危機的状況じゃない?


 胸がドキドキする。それはこれから説教を受けるのではないかと身構えているがゆえの素直な反応。


 ――やだやだっ! どうしようっ!?


 祈るように両手ならぬ前足を合わせ、アリスは今後の展開に備えてあれこれ言い訳を考えるのだった。

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