秋宵《だれもいない》
あれっ。
やっぱりそうだ。
この家の娘だったんだ。初めて会った気がしないと思ってたの。わぁ、見違えちゃった。花がある、親御さん? ふふっ、そんな驚かなくたっていいじゃない、セルフお墓参りよ。うんうん、いわばおとなりさん。そうよ、これ。小さい頃に会ってるの、って覚えてないか。あんたはおじいちゃんっ子だったわね。あの頃から、綺麗な長い黒髪で。
長旅ご苦労さま。こないだは大変だったね、お互いに。若彦と瑞希は元気でやってるよ。お礼? 伝えとく。秋嘉も、きっとどこかでしっかりやってる。アザミとお鬼久も……って、あんたは知らなかったっけか。機会があったら紹介したげるね。あいつ? あいつは閻魔様のお裁きを待つ身だってさ。もう、他人のことより自分はどうなのよ。うらみ、晴らせた?
……そう。
そっか。
えっ、私はどうかって? ま、見ての通りかな。雰囲気変わったなんて言われてもね。しんみりしたいときだってあるの。センチメンタリストだから、私。なんでこんな所にって、それは。やだ、やめてよ。あぁ……気付いちゃった。いい星空。はぐらかしてないって。
わかったってば。言うわよ。言うから、しばらくは私とあんただけの秘密にしてて。いい?
あのね……私、わからなかった。
自分がなんなのか。どうして死んでて、なんでこんなことになっちゃってたのか、うらめしやーなんて呟いてみても、何が恨めしいか見当もつかない。それどころか自分がどこにいて誰だったのかも分かんない。覚えてたのはね、名前だけだった。笑っちゃうでしょ? 残ってた記憶がたった三文字。名前だけ覚えてても意味ないよって、なんか切なくなっちゃってね。たまたま出会った明治生まれのおばあちゃん幽霊に頼んで、服換えてもらったの。私だって元はかわいいカッコしてたんだから。でもね、それじゃ安心できなかったの。これなら誰が見ても幽霊じゃない。ああ私、お化けとしてここにいるんだって、すごく落ち着いた。
何年経ったんだろう。あちこちふらふらして、たまに見てくれる人がいたらおどかして。諦めてたんだよね。ただ幽霊であることだけ守れたら、もうそれでいいやって。へへっ、怖がってもらえるのは嬉しいしね。で、お盆に偶然訪れた白湖のある家で、若彦と運命の出会いを果たすのでしたー、ってなわけ。
若彦、普段は淡々として無愛想で、見かけもパッとしないけど、すごいんだよ。勇敢だし、タフだし。まっすぐでいい子なの。幽霊かばって死にそうになる人間なんていないでしょ?
危険が迫ったときはいつも決まって、自分よりも他の誰かを助けるの優先してた。あんたも知ってるわよね。特別意識せずともそういうことしちゃう子なの。
しかも、私みたいな騒がしいのとも仲良くしてくれてさ……嬉しい反面で、辛くなるときもあった。みんな生まれてから今日まで続く過去を持ってる。若彦にはお父さんとお母さんがいて、そのまたお父さんお母さんが――。私は生前の思い出なんか一切なくて、秋嘉とアザミの重くて苦しくて痛い記憶でさえ羨ましかった。最低でしょ。だから忘れる忘れないって話になるとズキッとした。私は記憶ゼロなのに、若彦はありえないような出来事全部を覚えてるんだよ? 不公平に思わなかったっていえば、嘘になっちゃうかな。性格ブス過ぎて超絶自己嫌悪。いや、薄々そうなる気はしてきてたからね。深入りする前に消えちゃおうと思ったの。
でもね、えへへ、引き止められちゃって。こんな私でも守ってくれて必要としてくれる人がいたなんてね。私が生きてた時にも、そんな素敵な人がいたのかな……? なんだろう、救われた気がした。だから私は若彦に憑いて尽くす幽霊になろうって決めたの。
恋? 恋じゃないわ。
もっとこう、別な種類の絆ね。ハッキリしなくてモヤモヤするでしょ? だから私も、アイツが来ないか見張ってる間、ひとりきりで考えた。そしたらね、ピーンとくるものがあって。うん。やっぱり運命って言いたくなるね。
墓石に刻んであるでしょ。
天野史織。
しかもほら、私が死んだ年に若彦が生まれてる。享年は二十歳じゃなかったけどね。意外と私、大人っぽいコだったんだねえ。
三文字が六文字になったって、これは大進歩だよ。こうして故郷思い出して辿り着けたのは、あんたとまた会えたからかな。全部片付いたんだしさ、これからは友達としてやってこうよ。
え?
そう。行っちゃうの。いいわよ。うん、じゃあね瑠璃歌。
私? 私は成仏しない。
思い出したいことはまだまだ沢山残ってるし、何より若彦への恩返しもしたりない。
未練たらたらで恨めしくってどうしようもないよ。
だって、本当の始まりはここからだもん。
ね?
(鬼の手borrower・地獄封じ編/終)