第六羽
幕間が終わったので、これからは鈴芽ちゃん視点です。
今回、チャックでは全く出なかった魔法の説明があります。…軽くですが。
―――実は……飛べるようになったんです!…え、知ってた?何で!?
◇◇◇
いつものようにギルバートさんを見送ってから思う。
昨日は楽しかったなぁ。
私が思い出している“昨日”とは、昨日の夜のことだ。
最近、私が夜に歌っていると、ギルバートさんが聴きに来るようになった。
どうやら、私の歌を気に入ってくれたらしい。
………でも、アレは選曲ミスだったかも。
彼から“故郷の歌を”と言われて、真っ先に思い浮かんだのは、ちょうどこちらに来る前に学校で生徒達に教えていた歌だ。
故郷の歌といっても、私は都会生まれの都会育ちなので、山で兎を追い掛けたり、川で小鮒を釣ったりした覚えはない。
日本人ならだいたいの人が知っているであろう童謡を歌ったのだが、少し勘違いされてしまった。
まあ、間違って覚えてた子もいたんだけど。
“兎美味し”だの“小舟釣りし”だの、好き放題歌っていた教え子達を思い出す。
それと同時に“あなたの世界では主に兎肉を食べるんですか?”と真面目な顔で聞いてきた彼の顔が頭に浮かんだ。…ちょっと笑える。
“昔、兎を追い掛けたり、小鮒…小さな魚を釣って遊んだりした山や川、故郷を懐かしむ歌なんですよ”と教えると、彼は“そうなのですか”と少し感心したように言ったが、耳が赤かった。
素で間違えると恥ずかしいよね。………ちょっと可愛かったな。
年上の男性相手に思うことではないかもしれないが、気恥ずかしげにする彼は何だか可愛かった。
彼の意外な一面を見れたようで、少し嬉しい。
「スズメ様~、何か楽しいことでもありましたか~?」
ニヤニヤしている私を見て――といっても、鳥の姿だとあまり表情が分からないから、雰囲気で感じ取っているんだろう――ミルカちゃんが不思議そうな顔をしている。
「うん、すっごくね。…でも、内緒」
何故か、昨夜のことは誰にも言いたくなかった。
◇◇◇
この世界に来て二ヵ月が経った。
今までとの違いは……空を飛べるようになったことだろうか。
寝惚けて鳥籠から出て墜落する、庭を歩いていて犬に追いかけられる、邸内で行方不明になる………そういうことがなくなった。
だから、そろそろ良いと思う。
新たな期待を胸に、私はセドリックさんに声を掛けた。
「セドリックさん」
「おや、スズメ様。どうかなさいましたか?」
「私、仕事がしたいです」
穏やかに尋ねてきた彼に私はそう答えた。
思いも寄らなかったことだったようで、彼にしては珍しく目を丸くしている。
「……仕事ですか。何故、とお聞きしても?」
「はい。…いくら鳥だからって、ずっと何もしないでいるのは嫌なんです」
私がそう訴えると、セドリックさんは感心したように頷く。
「それは良いお心掛けだと思います」
「じゃあ…」
「しかし、私の一存では決められません。ギル坊ちゃんに相談されてはいかがでしょう?」
彼はギルバートさんのことを“ギル坊ちゃん”と呼ぶ。
私がこの邸に来たばかりの頃は“ギルバート様”と呼んでいたのだが…、彼とも打ち解けてきたということだろうか。
「分かりました。ギルバートさんに聞いてみますね」
「はい。では、今夜ギル坊ちゃんがお帰りになられたら、私の方からもお話しておきましょう」
彼は話を通しておいてくれるらしい。…この邸は親切な人ばかりだ。
ギルバートさんも優しい人だし、きっと私でも出来る仕事をくれるだろう。
「ありがとうございます。お願いします」
「いえいえ、たいしたことではございませんよ。…それに、ギル坊ちゃんの説得は大変でしょうから」
セドリックさん。………それ、どういう意味ですか?
◇◇◇
ギルバートさんに“仕事がしたい”と伝えると猛反対され、説得にかなり時間がかかってしまった。
最後には折れてくれたが、結局、私の仕事が決まったのは言い出してから二週間近く経ってからだ。
昨日、ギルバートさんから仕事の説明を受けたので、今日から働くことになっている。
「スズメ。そろそろ、行きますよ」
緊張のあまり羽繕い――最近、行動が鳥っぽくなってきた気がする…――をしていると、ギルバートさんに声を掛けられた。
「はいっ!!」
昨日までは彼のお見送りだけだったが、今日からは一緒に王宮に行く。
何故なら、この世界での私の仕事が………伝書鳩ならぬ伝書カナリアだからだ。
◇◇◇
王宮に来るのは久しぶりだ。
とはいっても、ここに来たのは、ギルバートさんに連れられて陛下とレオン殿下に会いに来たときと、邸の人に頼まれてお遣いに来たときだけだが。
「一応、あなたに常駐してもらうのはこの部屋――宰相執務室になります」
そう言って、ギルバートさんが部屋に案内してくれた。
彼の言葉に“一応”とついているのは、私の仕事が特殊だからだろうか。
結構飛び回ることになりそうなので、この部屋にはあまりいられないのかもしれない。
「閣下」
部屋に入ると、穏やかそうな男性がギルバートさんを呼んだ。
彼はそのままこちらに近づいて来て続ける。
「彼女への説明ならば、私がしておきましょう」
もしかして、彼は見ただけで鳥の性別が分かるのだろうか。
いや、ギルバートさんが話しておいてくれたのだろう。
いくらこの世界が変だからといって、会う人がすべて変人な訳ではない……はずだ。
「…そうですね、お願いします。スズメ、この男は私の補佐官のローレンスです。
すみませんが、私は仕事がありますので、彼から説明を受けてください」
「分かりました。お願いします、ローレンスさん」
「ええ、ではこちらに」
そう言って、ローレンスさんは近くにある椅子…じゃなくてテーブルに案内してくれる。…ここに留まれってことだろう。
ちらりとギルバートさんの方を見ると、部屋の奥にある椅子に座って、もう書類を捌き始めていた。
「閣下はお忙しい方ですから。…今日は特に仕事が多いですし」
私の視線に気付いたのか、ローレンスさんが話してくれる。
なかなか大変な仕事のようだ。
「ええっと、私はキリモト・スズメと言います。これからよろしくお願いします」
自己紹介がまだだったので、とりあえず言っておく。…そういえば、この世界には名刺はないらしい。
ちょこん、とお辞儀らしきものをすると、彼は笑顔で応えてくれた。
「私は宰相補佐官のローレンスです。…“キリモト様”とお呼びしてもよろしいですか?」
何で様付けなんだろう。……彼は私の上司じゃないのか。
「いえ、“スズメ”でお願いします。…あと、様は付けないで欲しいです」
「では、“スズメ殿”とお呼びしましょう。
さて、仕事についての説明ですが…閣下からはどこまで聞いていますか?」
「ギルバートさんからは、王宮に着いてから教えることは道具についてだけだと言われています」
私がそう告げると、ローレンスさんは軽く頷いてから、何かの袋を取り出した。
「これは魔法具です」
………………。
だいじょうぶ、わたしこのせかいにだいぶなれたし。
まほうくらいしってるし。
……魔法具って、何。
「ああ、あなたの世界には魔法がないんでしたか。大丈夫ですよ、説明しますから」
この人は私の心が読めるんだろうか。
それとも、私が分かりやすいのか。…分かりやすい鳥って何だ。
「すみません…。魔法は見せてもらったことがあるんですけど、魔法具って何ですか?」
「簡単に言うと、魔法がかかった道具ですね。例えば、このペンだとインクが切れないようになっていますし、大掛かりな物…王宮には老朽化しない魔法がかけてあります」
このメルヘンな王宮も魔法をかけていないと老朽化するらしい。…夢が壊れた。
「すごいんですね。でも、そんなに便利な魔法があるなら、伝言や書類を届けたりするのも魔法でできるんじゃないですか?」
仕事を始める前から、まさかの失職の危機である。
「それは無理です。…いえ、できない訳ではありませんが、そういったものは転移魔法の範疇ですから」
「転移魔法?」
「ええ、転移魔法は“モノを別の場所に動かす”魔法です。しかし、日常的に使うには魔力も時間もかかり過ぎるので、使えません。魔法具にすることも無理ですね」
……うーん、ワープとかはできないってことだよね。
“日常的に”と言っているので、もしかしたら使うことがあるのかもしれないが、普段は使えないのだろう。…失職の危機は免れたようだ。
「少し話が逸れましたが、魔法具については分かりましたか?」
「はい。…その袋も魔法具なんですよね?」
「ええ、これには縮小と軽量の魔法がかかっています」
縮小と軽量の魔法がかかっていて、私でも持てそうな造りをしている……ということは。
「それに書類を入れるんですか?」
私が説明される前に聞くと、彼は正解というように微笑んだ。
「そうです。あなたにはこれを運んでもらうことになりますね。どこに運ぶかについてはその都度指示を出します。……説明は、これくらいでしょうか」
どうやら説明は終わったようだ。
たぶん、初めの方は道と部屋の位置を覚えるので精一杯だろう。
ここって王宮だから地図なんかないだろうし。…あっても読めないしね。
地図があろうとなかろうと、私には関係がない。
鳥の羽では、どうやっても地図を広げて読むなんてことはできないからだ。
「王宮の構造を覚えるのは大変でしょうから、初めは王宮案内図が貼ってある場所を覚えておくと良いですよ」
………あるんですか。
「……そうします」
「ああ、言い忘れていました。…“あなたの仕事の範囲は王宮に限ります”と閣下から伝言です」
異世界の宰相様は意外と過保護なようです。
“羽”用の拍手設置しました。
小話を載せているので、ぜひ羽根を拾ってみてください。
今週は、本編より拍手小話を書こうと思っています。