幕間「カナリアの旋律」
途中からしっとりになりますが、オチはやっぱり“チャック”です。
―――少し前、歌の上手いカナリアを拾った。
◇◇◇
やっと邸に帰って来られた。
いつものことだが、宰相の仕事に加え、陛下から回された書類まで処理するのはなかなか疲れる。
やはり、邸……特に私室にいるときが一番落ち着く気がしますね。
「セドリック、今日は何かありましたか?」
この邸の執事であるセドリックに声を掛けた。
実家の伯爵家から連れて来たため、彼とはかなり長い付き合いだ。
伯爵家が女性ばかりなこともあって、私は彼をもう一人の父親のように思っている。
「本日も数件、縁談が来ております」
……聞かない方が良かったのかもしれない。
「またですか。今度はどこの家です?」
「こちらに」
セドリックから差し出された書類に目を通しす。
すぐに断れる縁談が二件と、あとは………実家からだ。
「…はぁ、母上達も懲りませんね」
これからの面倒を考えると溜息が漏れる。…仕事の方がマシだろう。
前当主である母と現当主である姉は、断っても断っても縁談を持って来る。
彼女達曰く、“もう良い歳なんだから、結婚しなさい”ということらしい。
「まあ、ギル坊ちゃんも“良いお歳”ですから」
………セドリック、あなたもですか。
「“坊ちゃん”は止めてください。……私は結婚する気などありません」
彼は、私を幼い頃のまま“ギル坊ちゃん”と呼ぶ。
いくらなんでも、この歳で呼ばれるのは抵抗がある呼び名だ。
「では、ギル坊ちゃんがご結婚されれば、旦那様とお呼びしましょう」
「………………」
“坊ちゃん”を強調するのは嫌味だろうか。
……彼も私を結婚させたいようだ。
にっこりと笑うセドリックを見ていると、雲行きが怪しくなって来た気がする。…話を変えよう。
「…だいたい、母上達なら私が縁談を受けない理由くらい知っているでしょう」
「もちろん知っておられるでしょうが……。もったいないですねぇ、美女揃いなのに」
「美女揃いだから、嫌なんです!」
私は美しい女性が苦手だ。……特に、自分の美貌をよく理解しているタイプが。
しかし、何故か私はそんなタイプの女性にばかり縁があるようだ。
縁談も断れば断るほど、美女ばかりになっていく。
………嫌がらせだろうか。
「“あの”母上達のような女性と結婚するくらいなら、一生独身でいる方がマシです」
“男は女に貢ぐもの”と言って憚らない、家族の顔が浮かぶ。
息子や弟も男にカウントされるのか、よく貢がされる。
何かある度に子供の頃のことでからかわれ、機嫌が良いときは猫撫で声で優しくするくせに、機嫌が悪いと八つ当たりされる。…理不尽だ。
真ん中の姉など、月に一回は機嫌が悪くなる。
あれは何かの病気だろうか。神殿でカウンセリングでも受けさせるべきなのか。
「それは偏見ですよ、ギル坊ちゃん。世の中は大奥様達のような女性ばかりではありません」
「少なくとも、私の周りにいるのはそういう女性です」
実家の伯爵家にしたって、邸も家具もすべて、歴代の当主達やその親族が貢がせたものである。
確か、領地も数代前の当主が当時の国王に貢がせたものだったはずだ。…それも、王都の隣のかなり豊かな土地を。
そんな女性達を近くに見ていて、夢など持てるはずがない。
「はぁ。では、こちらの縁談はお断りしておきますね」
「そうしてください」
「ご実家からの縁談も、今回は私の方で処理しましょう」
珍しいですね、いつもは私に断らせるのに。
…そして私が文句を言われる。
「ありがとうございます」
「いえ。スズメ様の話をさせて頂ければ、しばらくは縁談も来ないことでしょう」
「……?…どういうことですか?」
「いえいえ、何でもございませんよ。――それでは、私は失礼しますね」
スズメと実家からの縁談に何か関係があるのだろうか。
少し気になったが、セドリックは退出してしまった。…彼も忙しいのだろう。
そういえば、スズメはまだ起きているのでしょうか?
◇◇◇
歌が聴こえる。
初めて聴くが、彼女の故郷の歌だろうか。
しかし、彼女が私に気付くと歌は止まってしまった。
「あ、ギルバートさん。こんばんは」
そう言って、バルコニーに留まっているカナリアはお辞儀をした。
最近飛べるようになったらしく、夜はよくここで歌っている。
“元の世界では、子供に音楽を教えていた”と言うだけあって、かなり上手い。
「こんばんは。…まだ、眠らないのですか?」
「はい。ええと……何か、寝るのがもったいないので」
………嘘、でしょうね。
きっと眠れなかったのだろう。
自分がいた世界とは違う世界に来てしまった上、今は鳥の姿になってしまっている。…不安にならないはずがない。
しかし彼女がそう言うのなら、今夜は“寝るのがもったいないほどの夜”ということにしておこう。
「…そうですね。今日は良い月が出ていますから」
空を見上げると、青い月と白い月が輝いている。
何故か、いつもより美しい気がした。
「はい、すごく綺麗ですよね」
しばらく二人で月を眺めていると、彼女が話を切り出してきた。
「そういえば、元の世界の月とここの月って全然違うんです」
「ほう。あなたの世界の月はどんな月なのですか?」
「一個しかないし、どっちかっていうと黄色いです。違う色に見えるときもあるんですけどね」
まったく違う月を見て、彼女は何を想っていたのだろうか。
「スズメ」
「……?どうかしました?」
いきなり名を呼んだ所為か、彼女は驚いたように目を丸くした。
そんな仕草に、カナリアではなく人間としての彼女を感じる。
「歌ってくれませんか」
「え、あ…はい、もちろん。何の歌が良いですか?
この間神殿に行ったとき色んな歌を教えてもらったので、何でも言ってください」
彼女は誇らしげに胸を張る。…鳥の姿でも分かるほどに。
つい、笑みが漏れた。
「では、あなたの故郷の歌を」
「…私の、ですか?」
「ええ、お願いします」
彼女の歌声は夜の闇に美しい旋律となって溶けていった。
―――しかし、“兎美味し”とはどういうことなんでしょうか?
□とある文官達の会話□
文官3「閣下って、何で最近早く帰るんですかねー」
文官1「さあな」
文官2「えぇー。ラウルもエーリヒも知らねーの?」
文官3「ええっ!?グイドさんは知ってるんですか!?」
文官2「当たり前じゃん。……閣下、女の子囲ってるらしいよ」
文官3「えええ!?マジっすか!?」
文官1「そんな訳がないだろう。…グイド、ラウルに嘘を吹き込むな」
文官2「ちぇー。なーんだ、エーリヒ知ってたんだー」
文官3「エーリヒさん知ってたんですか?“さあな”って言ってたのにー」
文官1「閣下が早く帰る理由は知らん。俺が知ってるのは、“閣下が少し前に小鳥を拾った”ということだけだ」
文官3「ええっ!!閣下って、小鳥を囲ってるんですか!?」
文官1「……はぁ、誰がそう言ったんだ」
文官2「まあ、別にそれでも良いんじゃない?」
文官1「良くないだろうが」
補佐官「三人とも。まだ、帰らないのですか?」
文官2「げっ、補佐官」
文官1「もう帰ります」
文官3「も、もう帰ります」
補佐官「ええ、さようなら。…ああ、グイドは少し残りなさい」
文官2「ええぇー、何でオレだけー」
文官1・3「「……ドンマイ」」
―――彼らの誤解が解けるのは、もう少し先の話。